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エルブの森  作者: 秋乃 志摩
予兆
22/67

E-6 里の守護者テンゼルフィーは泉に向かう


青い月の照らす森の中、走るテンゼルフィーの速度は落ちない。

足が土を踏む、葉が揺れる。

小動物の足音のように僅かな音だけを残してテンゼルフィーは動く。


テンゼルフィーが足を止め、左手を太い幹に手をついて支えながら泉を見た時、

泉の上には黄色く光る魚が泳いでいた。

彼はそのまま水面のすぐ上にのったりと漂う黄色い魚を見つめた

非常の光景に目を奪われた中、静かに笑う声に気づいて視線を動かすと

フーヴェルはそれを見上げて嬉しそうに笑っていた。


テンゼルフィーは左手を木から離し、来た道に向き直して、逆の手をその幹についた。

腕を曲げてついた手を伸ばす反動で歩み去る、はずだった。


テンゼルフィーの顔面は崩れ、歪んだ。

木に触れた手は、力一杯の握力で太い幹を掴んだ。

爪が剥げ、指骨が折れると感じるほどに。


パキリ、パキリ

硬い木の外皮が割れる音が出ても、テンゼルフィーの手は掴むのを止めなかった。



「誰かいるの?」


フーヴェルの声が聞こえた。


ゆっくりと手を幹から離し、テンゼルフィーは息を整えた。

息を整えながら見た、その右の手のひらは酷く赤黒くなっていた。



「ああ、私です」

そう言いながらテンゼルフィーは泉に姿を現した。

平静ないつもの自分で己を覆って、


「精霊と月見とはなんともエルフらしいよ、フーヴェル」

テンゼルフィーは右手をあげてフーヴェルに挨拶をした。


フーヴェルも手を上げて声を上げた

「少し仲良くなれたみたいなの、こっち座って」

そう言って自分の座った横の草地を2度叩いた。


テンゼルフィーの視界は少し揺らいでいたが、

彼女のいる場所に向かって歩き。

フーヴェルの隣に半メートルほど離れて腰を下ろした。


テンゼルフィーは泉を見つめた。

泉の上に漂う黄色い魚は精霊たちだ。


テンゼルフィーは魚を見ながら溢す

「祈りの守人らしくなったな、精霊が戯れを見せるとは」


フーヴェルも魚を見つめながらこたえた

「ううん、違う、この子たちはカスタジェ様の知り合いなの」


「そうか、さすがカスタジェ様だな」

「そうよ、全然かなわないもの」


静寂がある


フーヴェルはテンゼルフィーに向いて言う

「ねえ、精霊もお酒が好きだったりするかな?」


テンゼルフィーは笑った

「そうなら君じゃ、カスタジェ様には敵わない」


フーヴェルも嬉しそうに笑った



泉には静寂が戻った



そのままの月夜の時間が少しだけ流れた後

テンゼルフィーは口を開いた

「フーヴェル、この里は好きか?」


フーヴェルはテンゼルフィーの顔を不思議そうに見た、

それから泉に向き直り

「好きよ、他の里を知らないけど

 カスタジェ様がいて、あなたがいて、

 私を育ててくれた、森も、里も、動物たちも、みんな」


「そうか」

テンゼルフィーは立ち上がった。

そのまま

「次のカスタジェ様の祈りが始まったら、

 長老の家に来てくれ、話がある

 カスタジェ様には内密に頼む」


「わかった」


「私は先に戻る、用事の途中だったんだ」

テンゼルフィーは背を向けて歩き出した。

歩きながら見た、左の手はずっと固く握られたまま

既に握力を失って震えていた。



「一緒に月見してくれてありがとう、楽しかったわ」

不意に遠く、泉から掛けられた言葉にテンゼルフィーは停止した。


そして後ろを向いたまま、手を振った。

そのまま歩き出したテンゼルフィーは掠れてしまった微かな声で呟いた

「私もだよ、フーヴェル」


速度を上げながらテンゼルフィーの視界は涙で歪んだ。

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