N-5 アルテタとクープラン 密談と神官
騎士アルテタは余計なことは喋るな、
という命を守り、語らず黙してただ待っていた。
暫くして、ドアがノックされドア外より声が掛けられた
「ゼマン様、お茶をお持ちしました」
ゼマンは立ち上がり、ドアに向かった。
彼がドアを開けると、トレーを持った修道衣の女性が現れた。
年の頃25〜30くらいであろう修道服の女性は王子に一礼、
アルテタにも一礼してから室内に入り、
テーブル前で膝をつき、ソーサーとカップを並べ、
ポットから紅茶をゆっくりと注いだ。
金属製のスプーンをソーサーに添えてから
テーブルの中央におそらくミルクと砂糖と思われる瓶を置き、
膝を起こして立ち上がり、ゼマンに向かって声を掛けた
「他にご用はございますか?」
ゼマンは顔を起こして修道女に答えた
「ありがとう。何かあればまたお願いします。
少し長くなりそうですので、そう思っておいてください」
修道女は口に手を当てて、
「まぁ、またチェスのお話ですか?
ほどほどになさいませ、
神に仕える神官が戦争ごっこに興じるのは
外聞も宜しくありませんよ」
そう言って意地悪そうにクスクスと笑った。
「神々も戦争をしましたよ、
それに人は襲われれば戦うのです。
ひとりでは勝てない戦いに技術は必要なことです」
修道女は口角を上げて笑う
「ゼマン様っていつもこうなんですよ
言い訳ばっかりして、この前なんて
礼拝時間忘れてたんですよ?」
ゼマンは咳を詰まらせながら、ひとつ咳払いをして言った
「シスターレヴィーネ、美味しそうな紅茶をありがとう、
もう下がってください」
シスターレヴィーネは片足を引いてゼマンに一礼し、
王子とアルテタにもそれぞれ一礼してから、ドアから出ていった。
足音が遠ざかるのを確認してから、
ゼマンは咳払いをして言う
「そろそろ宜しいですか?」
「そうだね」
王子は窓枠に立てていた腕をぐいっと伸ばしてから部屋隅へ向かい
そこにあった椅子を二つ持ち上げてゼマンの事務机の手前に置いた
王子はアルテタを見てから、椅子を指さして頷いた後、椅子に掛けた。
促されたアルテタも椅子に掛けた。
ゼマンが口を開く
「では手順を確認しましょう」
「わかった」
王子はゼマンを見て答えた。
アルテタは擬視感を覚えた。
”これは・・・まるで王子が王城で講義を受けていた時のような・・・"
アルテタはゼマンの評価を補佐官級以上だと断定した。
クープラン王子は愚者の話に耳を傾けない。
ゼマンは続ける
「日暮れ前、夕刻に出立して貰います。
表通りを避け、細工通りの裏道を抜けて貧民街に向かいます
どこに出るかわかりますね?」
ゼマンは王子に問いかける。
王子は机を見ながら顔を上げずに
「大丈夫、わかる」
とこたえた。
ゼマンはさらに続ける
「貧民街の入り口にひとり少年がいます。
得をした話なら進んで下さい
損をした話だったら中止です、
王子は貧民街の土地勘はありますか?」
王子は顔を前に出してゼマンに答える
「たぶん大丈夫」
アルテタは息を吸って上を向き
口を出かかった言葉を飲み込んだ。
ゼマンの説明は続く
「入り口から入ったらすぐ十字路になります。
右路地手前に一人いますが、彼は監視役です。
彼が煙草を吸っていたら右路地へ進んで下さい。
吸っていなかったら左路地へ、
入ったところで目を付けられた場合、彼が対処します」
「わかった」
「右路地は進むとドアひとつの行き止まりです。
ここに誘拐役がいます。
左路地は出来れば避けたいのですが、
こちらは入ってすぐの家のドアを開けておきますので
そこに入って下さい」
「わかった、問題ない」
アルテタは思わずまた上を向いて
言葉を飲みんだ。
ゼマンはアルテタに目を向けてから、王子に目を戻し
王子に聞いた
「さて、お連れになったこちらの方は?」
王子はアルテタの顔を見た。
アルテタと目が合うがアルテタは何故見たか疑問の様子だった。
「彼は・・・イグノ。
信用していいし、アテにしていいよ」
ゼマンはアルテタに向かって言った
「ではイグノさん、あなたには先回りして誘拐先で隠れて貰います。
案内役をひとりつけます、説明は道中に彼がします、
すぐに出て貰います」
アルテタは思わず声が出る
「しかし、それでは私は」
そう言って王子を見ると、王子は真剣な顔で頷いた。
ゼマンの声に淀みはない
「お金のご用意は?」
「ナーゲン金貨で50枚ある、足りるかな?」
「大丈夫でしょう」
「余った分はは寄付するよ」
「助かります」
王子は両手を胸の前で組み少し上を向きながら口を開く、
「エレムの加護の元、飢える者にパンと笑顔がありますよう」
ゼマンも胸の前で手を組み、王子を向いて
「エレムはそれを聞き届けるでしょう」
少しの間をおいてふたりが笑う。
アルテタからは本当の師弟のように見えた。
「あっ、そうだ」
王子が思い出したように声を出し、ゼマンを見る
「なんでしょう?」
ゼマンは表情を変えずに返答した。
「この間の勝負、僕が勝ったから金貨2枚は僕のね」
ゼマンは眉間に皺を寄せながらこたえる。
「これは既に・・・」
ゼマンが言い終わる前に王子は楽しそうに続ける
「ここで神様の名前は出さない方がいいよ、
神様のお金を賭博で浪費したことになっちゃう」
もうゼマンの眉間は眉が繋がりそうだった、
「わかりました、事が済んだ後にもう一度相談しましょう」
王子は楽しそうに「いいよ」と答え、
ゼマンは眉に皺を寄せながら頭を前後に揺らしている。
アルテタはある疑いを持った
”ゼマンの薄毛の原因は王子ではないか” と