E-3 湖畔のフーヴェル 回想3
「ふむ、儂はひとりゆえ、それも真実よな」
カスタジェ様はヒゲを撫でた。
「ほれ、では今度は低いところからじゃの」
そう言ってカスタジェ様は私を抱えたまま小岩から下りて、
水辺の草地で私を降ろした。
カスタジェ様はうつ伏せの姿勢で顔だけ湖面に向けた。
私も同じようにうつ伏せになって湖面の向こうを見た。
カスタジェ様はうめき声にしか聞こえない声で
「どうじゃ、なんか違うかの?
儂、よう見えんのよ、いかんわ」
私は大樹を見たけど、やっぱり白い鳥は見えなかった。
「カスタジェ様、白い鳥は見えません
さっきは見えてたけど、ここからだと見当たりません」
カスタジェ様の方を見ると、顔が赤黒くなってたから
慌てて起きてカスタジェ様を転がして仰向けにした。
「お水汲んでくるのでじっとしててくださいね」
青い湖面まで走って、手酌で水を掬った。
カスタジェ様のところへ行って手酌の両手の隙間から
僅かに開いた口に水を流し込んだ。
カスタジェ様はゲホゲホしながら横を向いて
"息出来なくて死んじゃうよ儂"って言ってた。
成長した現在のフーヴェルは座った小岩の上で
膝に頭を埋める。
ー私、全部覚えてる
ーカスタジェ様の声も
ーしてくれた昔話も
ー少しワインの匂いのする口も
ーゴワゴワの髭の感触も
ーあの日見た大樹と白い鳥も
今日も白い鳥はいなかった。
あれは偶然か見間違い?
でもカスタジェ様と見たあの日の大樹は
もっと大きかった。
フーヴェルは冷たい感触に顔をあげて
空を見上げた。
黒ずんだ雲が支配する空が雨粒を降らせている。
フーヴェルは両手を胸の前で手を組み、
感謝の祈りを捧げた。
カスタジェの祈りは
昨日終わったから。