19. 世界の鍵 二
みいなは鼻歌まじりに塩をもう少し加えていきます。
さらに液体がもったりしてきたような気がします。
「あっしは結構辛いものが好きなんで、ちょっと唐辛子を加えていただけないでしょうか?」
平助のリクエストで、唐辛子を一本加えました。
「おいらはカリカリしたものが好きだから、コーンフレークを入れたいぞ」
ふっくんのリクエストで、プレーン味のコーンフレークも加えます。
中身が多くなったので、かき混ぜるのがどんどん難しくなってきました。
カスタードクリームを作る過程に似ています。
牛乳と砂糖と卵と薄力粉を合わせて火にかけながら混ぜると、さらさらだった液体がとろっとしてきます。そこからさらにがんばって混ぜていくと、もったりとしてくるのです。
「ね。なんか量が減ってきてない?」
みいなが汗をかきながら混ぜるのを横で見ていたみいなは、ビーカーを指差しました。
「ほんとだね。私、もうかき混ぜられないよ。腕がぱんぱん。にいな、代わって」
二人は交互に世界をかき混ぜ続けました。なんとなく、かき混ぜるのをやめてしまってはいけないような気がしたからです。
液体はどんどん少なくなり、やがてビーカーの半分くらいの量になりました。
にゃーん。
それまで宝箱の上でまったりしていた猫が、急に机の上に飛び乗ってきました。そして前足を上げて、ビーカーの中を覗き込みます。
「猫ちゃん。今ね、おいしい世界を作ってるの。おいしいかどうかわからないけど。ね、これ、おいしいのかな?」
にいなはじっとビーカーの世界を見つめました。
猫はビーカーの周りをぐるぐると回ると、しきりにクンクンと鼻を鳴らしています。猫の好物の鰹節を目の前にしたような食らいつきぶりに、にいなの興味がそそられます。
おいしいのかどうか、どうしても気になったにいなは、付けていたマスクを外しました。いつのまにか、部屋の中は甘くて美味しそうな匂いでいっぱいでした。まるで、にいなの好物が一つの部屋に集まったような匂いがします。
こんなにいい匂いがするのです。きっと、他の部屋にも匂いが溢れていっているにちがいない、とにいなは考えました。学校でも、給食室から教室に、給食のいい匂いが漂ってくることがあります。あれと同じです。
フルアーマーさんにも届いてるかなあ。
そんなことを考えながら、にいなはビーカーに手を入れて、世界を人差し指でちょっとだけすくってみました。出来立てのカスタードクリームのようにつんとつのが立つのが面白くて、にいなはつい世界を口に入れてみました。
「ああ! 盗み食いしちゃだめでしょ!」
それをしっかり見ていたみいなは、にいなを叱りました。まったく、目を離すとにいなはいっつもこうなんだから! とみいなはぷんぷんと怒りました。
「でもみいな、これ、すごくおいしいよ」
にいなはきらきらした目でみいなを見ます。
みいなは一瞬考えました。食べてみたい。だってマスクをしてもわかるくらい、世界からはおいしそう匂いがただよってくるのです。
でも……ふっくんに変なものは食べちゃいけないって言われてるし、ママにも言われてるし、それに平助も、変なものを食べて痛い目にあってきたって言ってるし……
そう思いつつも、みいなもマスクを外します。直接嗅ぐ世界の匂いは、さらに美味しそうです。
みいなの目は、世界のビーカーに釘付けです。そっぽを向いてみても、どうしてもまたビーカーを見てしまいます。
みいなが迷っているうちに、にいなはもう一度ビーカーの中に手を入れようとします。
「だめ。そんなに食べたら世界がなくなっちゃうでしょう」
みいなはにいなをの手をぱしんと跳ね退けました。そして、ついでと言わんばかりに、自分も人差し指でほんのちょっとだけ世界を掬って、舐めてみました。
それは、初めて食べた味でした。
虹色の味というものが存在するなら、きっとこんな味ではないかとみいなは思いました。
甘くて、しょっぱくて、ちょっとぴりっとして、サクサクとして。
アイスクリームのような、シュークリームのような。それでいて、ポテトチップスのような気もするし、お肉のような気もするし、ママが時々焼いてくれる手作りのパンのような味もします。




