18. 世界を作る 七
「溶けちゃったね」
にいなはしまったという顔をしてみいなを見ました。
「溶けちゃったよ。本当に。これ、どうするの ?」
みいなは怒ったような顔をして腕を組みました。
にいなはそうっとビーカーを揺らしてみました。
ビーカーの縁ぎりぎりまで黒い液体が飛び出てきたので、にいなは慌てて手を引っ込めました。
みいなはこわごわビーカーをつかむと、底をのぞいてみました。黒い玉はもう跡形もなくなっています。完全に溶けてしまったようです。底の方はどろりとしていて、お砂糖が溶け残った跡みたいだなとみいなは思いました。
「お嬢さん方! 大丈夫ですか? 息できますかっ?」
平助が部屋の端から叫びます。
マスクをしている二人には、匂いはよくわかりません。
でも、目がツンとするような感じもしないし、ビーカーは熱くもありません。
ゆらゆらとビーカーの中を泳ぐ闇の色は神秘的です。湖の日陰の暗いところで、黒い大きな魚がゆったりと泳いでいる光景とでも言いましょうか。姿かたちはぼんやりとしか見えないけど、確かに何かが動いている。そんな感じがするのです。
「えっと、黒い玉は溶けちゃったけど……でも、でもこれがきっと闇だよね!」
みいなが怒ってるかもしれないと思ったにいなは、慌てて言いました。
「そうだね。黒いもんね。これが闇かなあ」
黒い玉が溶けてしまったことを残念に思いましたが、闇を作る材料になるなら仕方がありません。みいなはちょっと目線を落としました。
すると、ゆらっと光の玉がひとつ、みいなの手元へやってきました。他の光の玉も、どんどんみいなの周りに集まってきます。また攻撃されるのかと身を固くしたみいなですが、光の玉は楽しそうにみいなの周りを舞っています。
「えっと……?」
みいなは戸惑ったように光の玉を見つめました。
「光の玉、なんか嬉しそうだね」
にいなは近寄ってきて光の玉を触ります。
二人を囲った光の玉たちは、きらきらと踊りはじめました。
みいなは光の玉をそっと一つ触ってみました。光の玉は逃げることなく、嬉しそうに浮かんでいます。「もっと撫でて」と言わんばかりに、みいなの手にぐりぐりと近寄ってきます。そして、「私も!」「私も!」と、次々と光の玉がみいなの手に集まってきました。
みいなはそれがどうしようもなく嬉しくて、ポツリとこぼしました。
「私、嫌われてるんじゃないのかな……?」
「嫌われてるわけないじゃん! だって、みいなだよ? みんな、みいなのこと大好きだよ!」
にいなは笑顔で答えました。
「そんなことないよ。私、周りから嫌われてるの知ってるし……」
時々、クラスの子全員に無視される夢を見ることがあるのです。そういう夜は悲しくて、寂しくて、泣きながら眠りにつくこともあります。
「私はみいな、大好きだよ。ママもパパも、前のところのお友達も、みんなみいなのこと大好きだよ。光の玉だってね、みいなのこと大好きだよね?」
にいなの声に答えるように、光の玉たちはきらきらと輝きを増します。
「でも、じゃあなんでさっきまであんなに嫌がられてたんだろう?」
戸惑うようにみいなは光の玉を見ました。
「あのう……多分そいつは、あの邪悪な黒い玉のせいだとあっしは思うんですぜえ」
平助が恐る恐るといった風に、木の机の端に留まりました。
「あの黒い玉……? そんなに悪い子じゃないと思うんだけどなあ」
みいな首を傾げました。
「いやあ、あいつはなんていうか、まさに闇っつー感じで、あっしは怖くて近寄れなかったんでございやす。というか、みいなさんは大丈夫なんですかい? なんかこう、すごい落ち込んだりとか、悪いことをしてやろうっていう気持ちになったりとか、しなかったんですかい? あんなものを持っていて」
平助はぶるっと身を震わせました。
みいなはさて? と考えました。
どうだろう? 確かにちょっとイライラするなという気はしたけど。でも結構いっつもイライラしてるからなあ。みいなは改めて自分の体を確認しました。
「そういえば、体がちょっと軽いかもしれない」
みいなはぴょんぴょんとジャンプしてみました。
ずっとちりちりと感じていたささくれ立った気持ちも、すっきりしました。
「よかった。嫌われてたんじゃなくて……」
もしかして、とみいなは闇の色に染まった液体をじっと見ました。
あの黒い玉が、私の闇の部分を吸い取っていってくれたのかもしれない。
もしかして、クラスの子全員にも、嫌われているわけじゃないのかもしれない。
そう思えるくらい、みいなの気持ちは明るくなっていました。
「ありがとう。黒い玉」
みいなは闇色ビーカーをそっと撫でました。
「よし! じゃあ続きをするよ。にいな、平助」
みいなは気持ちを切り替えるように、しっかりとした声で言いました。




