2. 罠を仕掛ける 四
パチクリと瞬きをしたにいなですが、『五分後』という言葉を思い出して、急いで支度をします。
パジャマを脱いで、明日着るために枕元に準備しておいたお洋服を着ます。布団には、大きなクマのぬいぐるみを入れておきます。こんもりとふくれたお布団を見れば、ママはにいなが眠っていると思うでしょう。(こういう絵本を読んだことがあるのです。)
それから、部屋の扉をそうっと閉めて、足音を立てないように階段を下りました。みいなの言うとおりに、玄関の横にあるウォークインクローゼットから一番温かいコートを取り出します。
にいなはそれをいつものように、はおりました。
ですが、暗い中で着るのは思ったより難しくて、袖を戸棚にぶつけてしまいました。袖のボタンがバチンと木にぶつかる音がします。その勢いでボタンが取れて、コロコロと廊下に転がりました。
夜中の廊下は音がよく響きます。
にいなはとっさに、ママとパパの寝室の方を見上げました。そのまま息を止めます。
どきどき、どきどき
耳元で心臓の音がします。びっくりして、心臓が耳まで動いてしまったのかもしれません。
一、二、三……
浅く息をスーハーしながら、心の中でゆっくりと十秒間カウントします。
相変わらず、廊下はしんとしたままです。
にいなはふぅぅぅと息を吐き出しました。
たぶん大丈夫。
にいなは廊下に転がった金色のボタンをポケットに突っ込みました。そして、みいなに言われたように、運動靴を履いて外に出ました。
外に出たとたんに、冷たい北風がにいなの顔に当たりました。痛いくらいの冷たさです。鼻の奥がツンとして、目がうるうるとしてきます。
にいなは鼻にシワを寄せました。
でもこうしてばかりもいられません。
にいなは開けた時より、ことさらゆっくりと扉を閉めました。この扉は閉じるときにキーっと音が鳴るのです。
キィィィィ
ぱたん
ドアはきちんと閉まりました。
にいなはしゃがんで運動靴の靴ひもをキュッと縛り直します。吐き出す息は真っ白で、『ハァ』とするたびにまつ毛に水滴がつきます。
にいなは立ち上がって、左隣にある、みいなのお家を見ました。
みいな、来てくれるかな?
にいなはキョロキョロと辺りを見渡しました。
「遅い」
思っていたより近いところから、みいなの声がしました。
みいなは腕を組んで立っています。みいなのほっぺは、りんごのように真っ赤です。鼻先も同じ色に染まっています。
「ごめん」
そう謝りながらも、にいなは笑顔になりました。
「何笑ってんのよ」
みいなは不機嫌な声を出しました。
「えっとね、本当に来てくれて嬉しいなあって。あ! みいながうそつきとか、そういうんじゃないよ!」
「仕方がないでしょう。さっさと行って、さっさと戻るよ。カラスはどこに行ったの?」
「えっとね……」
にいなは空を見渡しました。
お隣さんの、そのまたお隣さんの屋根の上に、きらっと光るものがあります。
「あ! あそこ!」
カラスはたこ糸を取ろうとして羽をばたつかせています。せっかくにいなが取ってあげたたこ糸が、また絡まってしまったようです。
「行くよ!」
「うん!」
カラスは走って近づいてきた二人に気づきました。
カァ! と苦しそうに鳴くと、カラスはよろよろと羽ばたき始めます。たこ糸を絡ませたまま小さく羽を動かして、カラスは飛んでいきます。
二人は上を見上げて、カラスを追いながら走りました。ご近所さんの通りを抜けて、小道に進みます。
こんなに寒い夜は、誰も外に出たくないのでしょう。人っ子一人いません。
カラスは小山の方へ飛んで行きます。
二人は小山に続くせまい道の手前で止まって、顔を見合わせました。