2. 罠を仕掛ける 三
きらきら光る腕輪は、まだカラスの体にぶら下がったままです。その先には、透明な水晶がゆらゆらと揺れています。
「どうしよう……いなくなっちゃう!」
にいなは、持っていた虫取り網で、お隣さんのみいなの窓ガラスをコンコンと叩きました。
「みいな! 起きて! みいな、大変なの!」
にいなは小声でみいなを呼びます。
「何なの? うるさい」
寝起きの不機嫌なみいなが顔を出しました。
「ごめん、みいな! でも 今、カラスが罠にかかったんだけど、おばあちゃんの水晶を持って行っちゃったの」
「水晶? 何の話? どうせ変な夢でも見たんでしょ」
顔に張り付いた髪の毛をうっとうしそうにかきあげながら、みいなは言いました。
「違う! 夢じゃないの! 今朝、私のきらきら石を持って行っちゃったカラスに、罠をかけたの。そしたら引っかかったの。で、あとちょっとで捕まえられそうだったのに、飛んで行っちゃったの。あそこ見て、あの光ってるの。見えるでしょう? あれ、夏に買ってもらったきらきら光る腕輪だよ。みいなも持ってるでしょ?」
にいなは一生けんめい説明しますが、みいなは大きく口を開けてあくびをしています。
みいなはにいなが指差すほうにゆっくりと顔を向けて、「ほんとだ。なんか光ってるね」とつまらなそうに言いました。
返事が返ってきたことに励まされ、にいなは続けます。
「水晶は腕輪にくっついてるの。ね、追いかけに行こう!」
「いやだよ。寒いし、暗いし。夜は外に出て行っちゃいけないってママに言われてるでしょう。今日、にいなのせいでママにすごく怒られたんだから。私が一緒に居るのになんで学校に遅刻したの? って。私のほうが一歳お姉ちゃんなんだから、にいなの面倒を見てあげなきゃダメじゃないって。いっつも、いっつも、私ばっかり、お姉ちゃんだから、お姉ちゃんだからって! もう、にいなになんて付き合ってらんない!」
話しているうちに昼間のことを思い出したのか、みいなの声はどんどん大きくなります。
みいなはとうとう窓に背を向けてしまいました。
「みいな……」
にいなは悲しくなりました。
みいながにいなの唯一のお友達なのに……
「ごめん……」
小さい声で絞り出した声が、みいなに届いているかどうかは分かりません。
返事はありません。
「わかった。私一人で行くね」
にいなは窓を閉めようとしました。
「ちょっと! 一人で行くってどういうこと?」
みいなが振り向いて、にいなをにらみます。
「だって、みいなはついてきてくれないんでしょう? 私、どうしても今朝取られたきらきら石を取り戻したいし。それにあの水晶だって、ママがおばあちゃんにもらったんだって。私、お友達にあげるってママに嘘ついちゃったから、ぜったいに取り戻さないと」
「だから、夜はお外に出ちゃいけないってママに言われてるでしょう!」
みいなは窓枠に身を乗り出して怒ります。
「でも、しょうがないじゃん! あの腕輪は朝になったら光が消えちゃうし、早く追いかけないとカラスがどっかに行っちゃう」
にいなも負けじと言い返します。
「ああ、もう!」
みいなは髪の毛をかきむしりました。
そしてにいなをにらみながら言います。
「パジャマのまま外に出るつもりなんでしょう? だめだよ。今は冬なんだから。寒いんだからね。風邪ひいちゃうんだからね。着替えて、コートを着て、ママとパパに気付かれないようにそっと家を出なさい。いい? ちゃんとに走れる運動靴を履くのよ」
「うん、でも……」
いきなりいろいろ言われて、にいなはタジタジになります。
「五分後に下に集合。わかった?」
「うん、でも……」
「なに?」
みいなは低い声で聞きました。
「みいな、一緒に来てくれるの?」
「……しょうがないじゃん。ママに、にいなの面倒を見てあげなさいって言われてるんだから。にいながケガをしたら、私がママに怒られちゃう。早くして。五分経っても来なかったら、私知らないからね」
そう言って、みいなはにいなの返事を聞かずに窓を閉めました。