12. 暖炉の部屋 四
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二人の髪の毛と洋服がすっかり乾いた頃、 にいなはスンと鼻を動かしました。
「なんかいい匂いがする」
半分眠りながら、にいなはつぶやきました。
初めは夢かと思いましたが、スンスンと何度も鼻を動かしているうちに、どんどん目が覚めてきました。
「ねえ、みいな起きて。なんかいい匂いがするよ」
目を開けないまま、にいなは隣で横になっているみいなの肩を揺らしました。
「うーん、ちょっと、揺らさないでよ。眠いんだから」
みいなはうっとうしそうに、にいなの手を払い抜けました。
「でもみいな。なんか、ぜったい美味しそうな匂いがする。起きて」
「そんなの、自分が起きなよ」
みいなが反対を向いて丸くなったので、にいなはみいなの丸くなった背中にぐりぐりと頭をこすりつけました。
「ちょっと! やめてよ! って本当だ。いい匂いがするね」
二人は匂いの元をたどろうと、頭をぐるりと一周させました。そして、扉の方をじっと見つめました。部屋の左奥にある扉です。
このまま眠っていたい気持ちと、美味しい匂いを突き止めたい好奇心が、二人の中でせめぎ合います。
だって、ほんとうに美味しそうな匂いがするのです。
「ハンバーグの匂いだね」
にいなは横になったまま、両手を扉の方へ伸ばします。遠くて届かないことはわかっているのですが、もしかしたら届くかもと、うーんと背伸びをしました。
「ええ。シチューだよ」
みいなはとろんとした目のまま言いました。
「ぜったいハンバーグ」
「ぜったいシチューだし」
意見が分かれたことで、二人は目をぱっちりと開けました。
みいなが何か言い始める前に、にいなは素早く起きあがります。そして、ぜったいハンバーグだもんと思いながら、そうっと扉の方に近づきました。いきなり扉を開けたらまたみいなが怒るかもしれないと思ったので、扉に耳をぴったりとつけてみました。
しばらく聞き耳を立てます。
「なんか音する?」
みいなはまだごろごろと絨毯の上を転がりながら聞いてきます。
にいなはそれを「しーっ!」と黙らせました。
くぐもっていてよくわかりませんが、何やらカチャカチャと、食器のようなものが動く音がします。
食器が動く音がするのは、キッチンか、リビングか、レストランです。
にいなは今いる部屋を見ました。
ここはリビング。でもご飯を食べるテーブルはない。
じゃあ隣はきっと、ご飯を食べるところか、作るところ。
「隣でご飯が食べられるよ」
にいなは自信満々に言いました。ご飯のことを考えたら、口の中によだれがあふれてきました。
「ええ、ダンジョンで、ご飯?」
疑わしそうにみいなが言います。
「きっとご飯の時間なんだよ」
「ええ、こんな時間に?」
みいなはさすがに気になったので、むくりと起き上がりました。そして部屋をぐるりと見渡してみます。時計を探そうとしたのです。ですが時計は見つかりません。
暖炉の前では猫が丸くなっています。みいなが猫の方を見たからか、猫はむくりと頭を上げると、あくびをしながら背伸びをしました。それからトコトコとにいなのいる扉までやってきます。
二人はその様子をじっと見つめました。
猫ちゃんが動いたってことは、やっぱり。
二人の予想通り、猫は扉の前まで来ると、扉を前足でカリカリと掻いて、「にゃーん」と鳴きました。
「ほら! 猫ちゃんもこっち行ってみようよって言ってる」
にいなはぴょんと飛び跳ねました。
「でもなんか音がするんでしょ。音がするってことは、誰かいるかもしれないよ」
みいなは眉間にしわを寄せました。
うーんと二人は考え込みました。
今までこのダンジョンの中で出会ったのは、光の玉と猫ちゃん。どちらも二人の味方です。きっと大丈夫なんじゃないかという気がします。
でも、危ない目にもあってきました。
扉を開けた方がいいのか、開けない方がいいのか。
二人は今はもう完全に塞がれている壁を見ました。
「……あっちの壁の方にはもう行きたくないよね」
「うん、行きたくない。いま壁が壊れちゃったら、きっと水がどばって入ってくるよ」
水に流されて二人が滑り込んでから、壁はぴっちりと閉まってうんともすんとも言いません。他には、扉も窓もありません。
前に進むには、目の前にある扉を開けなければいけません。
じゃあ行くかとにいなが扉のノブに手をかけると、みいながストップをかけました。
また!? 今度はなに!?
にいなは振り返ってみいなを見ました。
みいなは呆れた顔をして、にいなのコートとビーカーを無言で見せました。
「忘れてないよ! 取りに行こうと思ってた!」
みいなが口を開く前に、にいなは早口でそう言うと、みいなからコートとビーカーを受け取りました。
きちんとコートを着て、ビーカーをお腹のところに詰め込みます。隣でみいなが「だからわたしが持つって言ってるのに」と視線を寄越してきますが、それには気づかないふりをします。
にいなだってビーカーくらいちゃんとに持てます。だってにいなはもう小学三年生です。何でもかんでもお姉ちゃんに持ってもらうわけにはいきません。
よし。
二人は目を見合わせて頷くと、扉をそーっと開けました。
――ギィ、ギーギーギー……
しばらく使われていなかったのか、扉は錆びついた音を立てて少しづつ開いていきます。隙間ができた途端、美味しそうな匂いが二人の鼻に飛び込んできました。




