12. 暖炉の部屋 一
「カティア、ありがとう」
みいなは目に涙をためながら、カティアが消えていった壁に向かってお礼を言いました。
さみしいけれど、カティアとはまたゲームの中で会える。
今度は空を自由に飛び回ろう。
心の中でカティアと約束をして、みいなは目を閉じました。
にいなはまだ、こほこほと小さく咳をしています。みいなはにいなの背中をさすりながら、にいなが息を整えている間に、あたりを見渡しました。
みいなたちが座っているのは、温かい色の絨毯の上に敷き詰められたふかふかのクッションの上でした。どのクッションにもカラフルな刺繍がしてあります。
光の玉が塞いだ穴の前には大きな革張りのソファーがあり、隣にはコーヒーテーブルが置いてあります。二人が座っているクッションは、そのソファーより部屋の奥のところです。
パチパチと木の燃える音がするのは、二人の前に暖炉があるからです。おばあちゃんの家にあるような、れんが造りの暖炉です。暖炉の上にはろうそくが乗った燭台と、小人の形をしたオーナメントが飾ってあります。壁には睡蓮の絵画が掛かっています。暖炉には木がくべられていて、赤い炎がゆらゆらと揺れています。この部屋はリビングでしょうか。暖炉の明かりにほっと安心して、みいなは詰めていた息を吐きました。
「くしゅん」
にいなはくしゃみをしました。
「にいな、もっと暖炉に近づいた方がいいよ。髪の毛も拭いてあげるから。ほら」
暖炉の脇のテーブルには、清潔な白いタオルが何枚か置いてありました。みいなはそれを手に取って、鼻を近づけて匂いを嗅いでみます。家で使っているのと同じ柔軟剤の匂いがしました。みいなはにいなを暖炉の正面まで連れて行くと、にいなの髪の毛をガシガシと拭きました。
ぼうっとされるがままになっていたにいなは、ぽろぽろと泣き出しました。安心したら、今までのことがどんどん怖くなってきたのです。
「ええん、怖かったよ」
にいなはぽろぽろと涙をこぼしました。
冷たい水に流されたこと。
どれだけ腕と脚を動かしても、どんどん水に沈んでいったこと。
みいなと離れ離れになってしまったこと。
暖炉の炎の近くに来て初めて、にいなは自分の体がどれだけ冷たくなっていたかを実感しました。
「よく頑張ったね。偉い、偉い」
いつもママが褒めてくれるように、みいなはにいなを褒めてくれます。
そう、私がんばったの。みいな、もっと褒めて。
にいなは甘えるようにみいなに抱きつきました。
「ほら、ちょっと離れて。前のほうが拭けないでしょう」
みいなは優しくにいなに言います。
でもにいなはイヤイヤするように、もっとみいなに抱きつきました。
「もう。しょうがないなあ。それにしてもにいな、溺れてたのによく無事だったね。息できなかったでしょう?」
そういえば、とにいなは頭をみいなに擦り付けるのをやめて、考えました。
たしか、あのときは。
「うーんとね、光の玉が顔の周りにぎゅーって集まってきてくれてね、息できた」
「そうなんだ。よかった。でもカティアが引き上げたとき、にいな気を失ってなかった?」
あ! とにいなは顔を上げました。
「なんか! おっきなヘビみたいな、トカゲみたいなやつが! 口をがばって開けて、私のこと食べようとしたの! がんばって逃げようとしたら、顔をね、がんっ! て多分、壁にぶつけた……?」
びっくりしたので細かいことはよく覚えていません。でも、鼻のてっぺんが痛いのは、ぜったいにそのせいです。
「ね、私の鼻、潰れてない? 血出てない? すっごく痛かったの!」
にいなはずいっとみいなに顔を近づけました。
本当は鼻のことなんてどうでもいいけれど、にいなはみいなにかまってもらいたいのです。
だってこんな大変な目にあったのです。にいなの今までの人生の中で、三本指に入るくらい、しょうげき的な出来事です。これはもっと褒めてもらわないと。
そう思って、みいなの顔ぎりぎりまで、自分の顔を近づけました。勢い余って、思わずおでことおでこがぶつかりそうになります。みいなはのけぞってにいなの顔をしげしげと見ました。
「血は出てないよ。うーん、ちょっと赤くはなってるけど。大丈夫だよ」
みいなはにいなの鼻の頭をそっとさすりました。




