9. 迷路と落とし穴 一
「あのね……みいな」
にいなが冷たい床に座ったまま、もじもじと足を動かしました。
「どうしたの?」
みいなは聞きます。
「あのね、私……私、トイレに行きたい」
にいなは恥ずかしそうに言いました。
「ええ、こんな所にトイレなんてないよ」
みいなはあたりを見渡しました。相変わらず、暗くて狭い道が続いています。
「でもここってダンジョンなんでしょう? ダンジョンにトイレはないの?」
にいなは期待するようにみいなを見つめました。
「ええ……ダンジョンにトイレがあるなんて、私聞いたことないよ」
戸惑ったようにみいなは答えます。
「でも、みいな、ずっとダンジョンにこもってなかった? この前、すごい大変だって言ってたじゃない」
「この前のダンジョンはすごく大変だった。クリアするのに一か月かかったから」
みいなは今プレイしているゲームを思い返しながら、しみじみと答えました。
「そしたらさ、トイレだってあるはずだよ。だって中に入っている人たちだって、トイレには行きたくなるでしょう?」
「それはそうかもしれないけど……」
さらに戸惑うように、みいなは言います。
確かに、にいなの言い分はわかりますが、みいながプレイしているのはゲームです。トイレに行きたくなったら、ゲームをポーズして、家のトイレに行けばいい話です。ゲームの中の人がトイレに行くかなんて、考えたこともありませんでした。
にいなはさらに続けます。
「だって、ダンジョンで傷ついたときって、ポーションを飲んだりするんでしょう? それに、スタミナがつくような食べ物を食べたりするんじゃないの? 休憩だってするでしょう? 飲んだり食べたりするんだもん。だったらトイレだってあるはずだよ」
にいなは自信満々に言い切ります。
そう言われてしまえば、みいなもそんな気がしないでも、なくなってきます。
でも……
「でもここのマップも持ってないし、トイレの場所なんて、私わかんないよ」
「デパートみたいにトイレのマークはついてないの?」
二人が思い浮かべたのは、デパートのトイレに付いている、赤と青の人の絵が描かれているマークです。近くにトイレがなくても、上の方を見ればトイレのマークと矢印が描かれた標識がぶら下がっているから、その通りに進めばトイレに辿り着くことができます。
二人は考え込んでしまいました。
「……とりあえず、ここからは動いた方がいいと思う。扉が開いちゃうかもしれないし、また、ヘビが襲ってくるかもしれないから」
みいなは立ち上がろうとしました。ですが、にいなは座り込んだままです。みいなはにいなを見ながら、首を傾げました。
「うん、それは分かってるんだけど、あのね、足に力が入らなくて」
「それ、腰が抜けるって言うんだよ」
みいなは物知りです。本をたくさん読むから、にいなが知らない言葉をたくさん知っています。
「へえ。腰って抜けるんだ。じゃあこれ、どうしたら治るの?」
「そんなこと私に聞かれてもわかんないよ」
「ええ、だめじゃん。なんて言うか知ってても、どうしたらいいかわかんなかったら、どうにもならないじゃん」
にいながふくれながら言いました。
「そんなこと言ったって、」
二人がけんかをしそうになると、「にゃーん」と猫が鳴きました。
猫は仰向けになって、毛糸の玉ほどの大きさの光の玉をお腹に抱きしめながら遊んでいます。
「ね、猫ちゃん。トイレがどこにあるか知ってる?」
みいなは聞きました。
すると猫は「知ってる!」と言わんばかりに、また「にゃあ」と鳴きました。




