8. ガラスの部屋 六
――ガッシャン!
――キィィィ!
扉の向こう側から、今までにないくらい大きな音がしました。続いてヘビの悔しがるような鳴き声が聞こえてきます。
戸がカタカタと震えます。ガラスの破片が戸にぶつかっている音です。それから、ヘビが戸に体当たりする振動がビシバシと伝わってきます。
「扉が壊れちゃったらどうしよう!」
「しっかり押さえて!」
二人は暴れる戸を両手で押さえました。
しばらくすると音は止みました。二人は戸に体重をかけたまま、中の様子に耳を澄ませました。最後にパリンと小さな音がして、部屋の中は静まり返りました。
「びっくりしたあ」
にいなは尻餅をつきました。コトリと何かがコートの中から滑り落ちる音がしました。にいなは慌ててコートの前を開けました。にいなはそうっとビーカーを取り出して、ほっと息をつきました。
部屋から逃げるときに、コートの中にビーカーを入れておいたのです。
「よかった。壊れてない」
光の玉たちがふわふわと浮かんで、二人を照らしています。二人が部屋の外へ逃げ出すときに、一緒についてきてくれたのです。
光の玉はビーカーに興味があるらしく、楽しそうにビーカーをつついたり、中に入ってみたりしています。
隣でみいなも、力が抜けたようにしゃがみ込みました。すかさず猫がみいなの膝の上に乗ります。みいなはぼうっとしながら、猫の背中を撫でました。
「……ごめん、にいな。私がもう一つ取っちゃったから、ガラスの部屋が怒ったんだと思う。一つしか取っちゃダメみたいなことが、書いてあったから……」
みいなはにいなの顔を見ることができませんでした。猫の背中だけを見て、猫を撫で続けます。
猫はぐるぐると喉を鳴らしながら、されるがままになっています。
「びっくりしたよ。どうしたの? 透明なガラスなんていらないって言ってたのに」
「あのね、ママがこの前、一輪挿しを割っちゃったんだ。だから私もお土産に持って帰ろうかと思って……」
みいなはお腹がぎゅっと重くなりました。
今日の放課後、学校から帰ってから、みいなはママとけんかをしてしまったのです。
学校に遅刻したこと。
先生に反抗的な態度を取ったこと。
みいなの『ごめんなさい』には心がこもっていないと担任の先生に言われたこと。
それをママに叱られたのです。
「でも、だって、にいなが」そう続けようとしたみいなのことを、ママは叱りました。
『みいなはお姉ちゃんなんだからしっかりしなさい』と。
みいなは悔しくて、悲しくて、いつもなら絶対に言わないことを、ママに言ってしまいました。
『ママとにいなママが普通の人だったら、私だってこんなにいじめられることもなかったのに! 全部ママたちのせいなんだから!』
ママはとても悲しそうな顔をしました。それを見て、みいなはさらに悲しくなりました。ママが言葉を続けようとしたのを無理やり遮って、みいなは自分の部屋に篭りました。
ベッドに顔を押し付けて、みいなはわんわん泣きました。
私の気持ちなんて誰もわかってくれない。
みんな、私のことなんてどうでもいいんだ。
いっつも、にいな、にいなって!
私は損なお姉ちゃんの役割ばっかり。
ママなんて、大嫌い!
みいなは泣き疲れて、そのまま眠ってしまいました。
日が落ちてから、みいなはママに起こされて、遅めの夜ご飯を食べました。
みいなはほとんど話をしませんでした。
でも、ママの悲しそうな顔がずっと心に残っています。
ママにごめんなさいをしたい。
でも、なんて言ったらいいか、わからない。
だから、にいなみたいに私もママに一輪挿しをあげたい。
みいなはにいなにそう話しました。
それを聞いて、にいなは「そっか。じゃあしょうがないね」とみいなの手を握りました。
「……怒ってないの?」
「うん。だってママとけんかしたら早く仲直りしたいもんね。それに、私が先に選んじゃったから、みいな、言えなかったんでしょう?」
「……うん。ごめんね」
「私もごめん。ママに怒られたの、私のせいだよね」
にいなはうつむきました。
「ううん。時間がわからなくなってたのは、私も同じだから」
みいなは首を振りました。
「みいな、いつもありがと」
にいなは顔を上げると、みいなに向かって笑いかけました。
みいなも笑いました。
「えへへへ」
なんとなく気恥ずかしくなって、二人は声を上げて笑いました。




