表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

006)インターミッション(2)

緒野おのさんは、伊津(いづ)さんとは交流があるの?伊津さんは派遣社員だから、あまり話す機会がないのかしら」

秋河(あきかわ)さんは言いながら、伊津さんの名前を指差した。


派遣社員とは話す機会が無いと思っているのは、秋河さんだけだと思った。

秋河さんは正社員と派遣社員をハッキリと線引きしてる人だから。

派遣社員時代の私も、秋河さんの意識の中に自分が存在してないのは感じてた。


私の席がある四階の事務室は女子の割合が低いせいもあって、女子同士は正社員、派遣社員の区別なくコミュニケーションが取れてるほう。

私のように、派遣社員から正社員になった事務員も多くて、みんなそんなこと意識してないと思う。


いつも不機嫌なイメージのある伊津さんは、印象通り、常に何かに怒ってる。

でも怒ってる内容をよく聞いてみると、伊津さんの中で、かなり屈折して被害を受けた側へ出来事を捉えてるように思う。


例えば伊津さんに、事務用品の置き場を間違えて伝えてしまったとする。

ただのミスなのに、伊津さんには意地悪されたと受け取られてしまう。

深い考えの無い、何気無い一言でも、伊津さんの中では悪意をぶつけられた、悪口を言われたと変換される。

伊津さんに言わせると、人はいつも悪気の上に言葉を発してることになってしまう。


正直、伊津さんにはいつも言葉に気を遣う。


ただ、伊津さんの腹立ちが尤もだと思うこともある。

「少し前、田乃崎(たのさき)君に腹を立ててました」


伊津さんは、動きはおっとりとしてるのに、話し始めると止まらない人。

確か健康診断の最中に聞かされた話だから、あれは六月頃だった。


「私はちゃんと田乃崎君に助言したのよ。階段の床を支える柱が必要だって。なのにあいつ、設計要項に記載が無いから必要ないって。偉そうに。私が今までどれだけの物件データを、工場へ送ってきたと思っているのよ」

伊津さんは柏居(かしわい)さんと私を前にして憤慨してた。


柏居さんはもう何度も聞いてる話なのか、少しだけ口元に笑みを浮かべてるだけだったから、私が質問した。

「結局どうしたんですか?」


「あいつの言う通りに、柱は入力しないで送ってやったわよ。そしたら、やっぱり、すぐに工場の担当者から連絡が来たわ。柱が未入力ですって」

「伊津さんが正しかったんですね。田乃崎君は何て言ってました?」


「それが更にヒドイのよ。私が忠告したことなんて、すっかり忘れてるの。と言うか、無かったことにしたの。僕のチェック漏れでしたなんて、夏原(なつはら)さんにしおらしく報告したりして。柱の未入力は私のミスで、それを自分が気付かなかったことにするなんて、何重にも失礼じゃない?許せないわ、あいつ」


本当に忘れたのか、本当は覚えてるけど、伊津さんの忠告を聞き入れなかったことを知られたくなくて、そんな風に話を作ったのか、田乃崎君ならどっちも有りそう。


「後で、夏原さんには真相を話しておいたけどね」

伊津さんは鼻息を撒き散らしながら、やってやった感を顔に出してた。


「他は?他の人に対しては、何か聞いてない?」

熱心に話を聞いてた様子の秋河さんだったけど、話が終わるとあっさりと次を要求してきた。


「伊津さんは社員より出過ぎないように、とても気を使ってると思います。それがストレスになっているかもしれません。不満は溜まってると思います」


語尾が、思いますばかりになってしまう。

伊津さんはとにかく、常に満たされない想いを抱えてる人で、田乃崎君のことは、たくさんある出来事の一つ。


雪下(ゆきした)課長や家永(いえなが)課長代理のこと、その人達以外でも言い出したらキリが無い。

人に対することに限らず、物事や社内の体制にまで不満は及ぶ。


「ただ、夏原さんのことだけは、とても信頼されてるのが伝わってきます」

「その夏原さんに裏切られたとか、そういう誤解をしたらどうかしら」

秋河さんが敏感に反応したような気がした。


確かに、依存する気持ちが強い場合、裏切られたと感じた時は、憎しみへ変わるとDr.ディアスも言ってる。

自分だけが夏原さんに信頼されてると、思い込んでる場合も同じことが考えられるだろう。


「伊津さんには、いろいろありそうね」

伊津さんの名前を睨みながら、女帝は腕を組んだ。


〔007 へ続く〕

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ