006)インターミッション(2)
「緒野さんは、伊津さんとは交流があるの?伊津さんは派遣社員だから、あまり話す機会がないのかしら」
秋河さんは言いながら、伊津さんの名前を指差した。
派遣社員とは話す機会が無いと思っているのは、秋河さんだけだと思った。
秋河さんは正社員と派遣社員をハッキリと線引きしてる人だから。
派遣社員時代の私も、秋河さんの意識の中に自分が存在してないのは感じてた。
私の席がある四階の事務室は女子の割合が低いせいもあって、女子同士は正社員、派遣社員の区別なくコミュニケーションが取れてるほう。
私のように、派遣社員から正社員になった事務員も多くて、みんなそんなこと意識してないと思う。
いつも不機嫌なイメージのある伊津さんは、印象通り、常に何かに怒ってる。
でも怒ってる内容をよく聞いてみると、伊津さんの中で、かなり屈折して被害を受けた側へ出来事を捉えてるように思う。
例えば伊津さんに、事務用品の置き場を間違えて伝えてしまったとする。
ただのミスなのに、伊津さんには意地悪されたと受け取られてしまう。
深い考えの無い、何気無い一言でも、伊津さんの中では悪意をぶつけられた、悪口を言われたと変換される。
伊津さんに言わせると、人はいつも悪気の上に言葉を発してることになってしまう。
正直、伊津さんにはいつも言葉に気を遣う。
ただ、伊津さんの腹立ちが尤もだと思うこともある。
「少し前、田乃崎君に腹を立ててました」
伊津さんは、動きはおっとりとしてるのに、話し始めると止まらない人。
確か健康診断の最中に聞かされた話だから、あれは六月頃だった。
「私はちゃんと田乃崎君に助言したのよ。階段の床を支える柱が必要だって。なのにあいつ、設計要項に記載が無いから必要ないって。偉そうに。私が今までどれだけの物件データを、工場へ送ってきたと思っているのよ」
伊津さんは柏居さんと私を前にして憤慨してた。
柏居さんはもう何度も聞いてる話なのか、少しだけ口元に笑みを浮かべてるだけだったから、私が質問した。
「結局どうしたんですか?」
「あいつの言う通りに、柱は入力しないで送ってやったわよ。そしたら、やっぱり、すぐに工場の担当者から連絡が来たわ。柱が未入力ですって」
「伊津さんが正しかったんですね。田乃崎君は何て言ってました?」
「それが更にヒドイのよ。私が忠告したことなんて、すっかり忘れてるの。と言うか、無かったことにしたの。僕のチェック漏れでしたなんて、夏原さんにしおらしく報告したりして。柱の未入力は私のミスで、それを自分が気付かなかったことにするなんて、何重にも失礼じゃない?許せないわ、あいつ」
本当に忘れたのか、本当は覚えてるけど、伊津さんの忠告を聞き入れなかったことを知られたくなくて、そんな風に話を作ったのか、田乃崎君ならどっちも有りそう。
「後で、夏原さんには真相を話しておいたけどね」
伊津さんは鼻息を撒き散らしながら、やってやった感を顔に出してた。
「他は?他の人に対しては、何か聞いてない?」
熱心に話を聞いてた様子の秋河さんだったけど、話が終わるとあっさりと次を要求してきた。
「伊津さんは社員より出過ぎないように、とても気を使ってると思います。それがストレスになっているかもしれません。不満は溜まってると思います」
語尾が、思いますばかりになってしまう。
伊津さんはとにかく、常に満たされない想いを抱えてる人で、田乃崎君のことは、たくさんある出来事の一つ。
雪下課長や家永課長代理のこと、その人達以外でも言い出したらキリが無い。
人に対することに限らず、物事や社内の体制にまで不満は及ぶ。
「ただ、夏原さんのことだけは、とても信頼されてるのが伝わってきます」
「その夏原さんに裏切られたとか、そういう誤解をしたらどうかしら」
秋河さんが敏感に反応したような気がした。
確かに、依存する気持ちが強い場合、裏切られたと感じた時は、憎しみへ変わるとDr.ディアスも言ってる。
自分だけが夏原さんに信頼されてると、思い込んでる場合も同じことが考えられるだろう。
「伊津さんには、いろいろありそうね」
伊津さんの名前を睨みながら、女帝は腕を組んだ。
〔007 へ続く〕