013)インターミッション(5)
「容疑者としての柏居さんは、緒野さんから見てどうかしら?」
秋河さんはホワイトボードへ柏居さんの名前を書き足した。
柏居さんは、どうやったら自分の魅力が引き出せるか、引き出した魅力をどうやって人に気付かせるかに、人生の比重を傾けてる人だと思う。
ある意味とても分かりやすい人。
「例えば、自分よりモテる人が許せないとか」
そう言った秋河さんに、私は苦笑してしまった。
あまりにも柏居さんのことを分かっていないと思った。
柏居さんの関心は常に自分自身だけ。
他人の評価を下げるとか、目障りな人物を排除しようとか、そういったことに時間を掛けるなんて、柏居さんという人物像からズレてる。
「柏居さんの場合、自分を裏切った相手とか、自分に振り向かなかった相手なら、攻撃するってことはあるかもしれません」
会社内で、一番仲の良い子を悪人に仕立てるのは気が引けて、あくまでも、もしの話ですよと付け加えた。
待ち合わせに遅れて来た彼氏をボコった話は、柏居さんから何度も聞いてきた。
自分が第一優先というのが、柏居さんの行動原理なのだと思う。
そして自分が一番輝いているのが当然だから、他人に嫉妬なんてしない。
だけど、彼氏を殴った後はいつも後悔して、自分にはDVの傾向があると、落ち込んでいるのを知ってる。
心のケアは必要かもしれないけど、根は悪い子じゃない。
自分のことしか考えていないように見えて優しいところもある。
夏原さんのような気が利く優しさじゃないけど、人のダメなところを包み込んでくれるような優しさだ。
そういうところも、モテる理由なんだろうけど、ダメ男も呼び寄せてしまいそう。
付き合っては別れてを繰り返しているのは、それが原因かもしれない。
「でも設計課内に、柏居さんの恋愛対象はいないと思います」
だから柏居さんが、自分を傷付けた相手を襲うというシチュエーションが成立しない。
「柏居さんのことを好きな人なら、いるかもしれませんけど」
ワンチャン狙いの男が社内に大勢いると、工事課の人達が話してるのを聞いたことがある。
セクハラだ。
柏居さんに振り向いてもらえない男が、柏居さんを襲う可能性はあるかもしれない。
だけど、柏居さんは今回の被害者じゃない。
この事件に柏居さんは関係ないと思う。
「なるほど。緒野さんから見て、柏居さんには加害者としての動機が無さそうなのね」
しきりと頷く秋河さんを見て、私の話を聞くまで秋河さんの中では、柏居さん容疑者説が高めだったのかなと思った。
〔014 へ続く〕