オーディション
劇団星ノ尾の配役は団長と、副団長。それと各班のリーダーの意見で決まる。
一日を使って演技はもちろん、歌唱、ダンス、個別面接による本人の熱意を見るのだ。主役はいつだって激戦で、良い成績を残せれば主役を外れたとしても重要な役を任されることが多い。
『KINGFISCHER GIRL』の劇団内オーディションの日。海里は父親とは別に、練習スタジオへと向かっていた。最後の最後で親子の縁を理由にされたくない。
集合時間よりも早く向かったと思っていたが、練習スタジオにはすでに海咲の姿があった。海咲は海里が扉を開けた音にも気づかないほどに集中していた。イヤホンからは挿入歌のメロディーがわずかに漏れている。そうして海咲の口から紡がれる歌は、細く高く、身体から絞り出すような気合が込められていた。緊張を通り越して、どこか鬼気迫るような歌声だった。
「おはようございます、海咲さん。」
海里が海咲の気分を解すように、わざと大きな声で挨拶をする。
「! 海里ちゃん。」
海咲は驚いて目を丸くして、そしてイヤホンを外した。ふっと空気を和らげて海里を見る。
「おはよう。」
「早いですね。何時から来てるんですか?」
んー、と海咲は呟きながら壁の掛け時計を仰いだ。
「八時ごろかな。」
告げられた時間は、海里がスタジオに訪れる一時間前。オーディションが始まるのは午前十時からなので、海咲は二時間前からスタジオ入りしていると言うことになる。
「昨日も、帰りの鍵当番を買って出たんですよね。」
「そう。その流れで朝一に来ちゃった。」
海咲はそう言うと、ぺろりと舌を出した。
「大丈夫ですか?疲れていたり…しませんか。」
海里が心配して問う。連日、海咲は誰よりも居残って、誰よりも早く練習をしにスタジオに訪れていた。緊張や高揚感で疲れを感じていないにせよ、その埋め合わせは必ず訪れるものだ。
「平気、平気。今なら、何でもできる気がするから。」
手をひらひらと振って海咲は答え、再びイヤホンを耳にしようとする。海里はその答えを聞いてより一層、不安を煽られた。思わず、海咲の手を取って稽古を中断させる。
「美咲さん、ちょっと休んで下さい。このままだと演技に支障が、」
「海里ちゃん。」
海咲は一瞬表情を失くすように真顔になって、そして目を細めて笑った。
「海里ちゃんは、本当に感情表現が豊かになったよね。」
「そう、ですか?」
戸惑う海里を見て、うん、と海咲は頷く。
「役者としても、人間としてもすごく魅力的になった。正直、今回だって勝てる気がしない。でも、だからって私は頑張ることを忘れたくないの。」
海里の肩をそっと押し戻す。それは一瞬の決別を意味していた。
「オーディションまでは、別々で稽古をしよう。」
「…はい。」
海咲の決意に、海里は頷くことしかできなかった。
やがて午前十時になる頃、続々と他の役者やスタッフたちがスタジオに訪れた。最後に海里の父親、劇団の団長が現れてオーディションの開始を告げる。
「これから、『KINGFISCHER GIRL』の役を決めるオーディションを始めます。前日にくじで決めた順番で呼ぶので、該当者はステージに上がってください。」
はい、と役者たちの緊張が満ちた声が重なった。その中にはもちろん海里、海咲の声も含まれている。いつまでたっても配役を決めるこのオーディションは慣れない。心臓が早く脈打って、落ち着け、と願わずにいられなかった。
公開方式のオーディションが進む中、人々の視線をかっさらった役者が二人いた。海里と海咲だ。海里が繊細で丁寧な演技をすれば、海咲は伸びやかで艶やかな歌声を披露する。
「今回の主役は、一ノ瀬さんと斉藤さんの一騎打ちかな。」
「どっちだと思う?斉藤さん、最近めきめきと上達してきたとは思うけれど。」
ひそひそと役者の中で囁き声が漏れる。それほどまでに二人は自らを高め続けていた。そうしてオーディションは進み、面接を終えて一時間の選考時間に入った。この間、海里と海咲に会話は無かった。今か今かと、結果を待ち受ける役者の質の目の前にようやく団長と副団長が現れた。スタジオ内はしんと静まり返り、団長の言葉を待つ。
「まずはオーディション、お疲れさまでした。早速、主役のカワセミの少女役から発表していきます。」
一瞬の間が、とてつもなく長く感じられた。
「カワセミの少女―…、斉藤海咲。」




