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魂の半身

門限があると言う海里のために、海水浴は夕方には終えることになった。

「うわー、砂でじゃりじゃりだなあ。」

喜一が海の家で借りたシャワールームで、温水で身体を流しながら呟く。

「本当ですね。きちんと落とさないと、レンタカーの人に嫌がられそう。」

時生も頷いて、いつもより丁寧にシャワーを浴びた。水が肌を伝う感覚にぞわと粟立つ。

「…八尾くん。何かあった?」

「え?」

ふっと顔を上げると、喜一がシャワールームの曇りガラスの扉に影を作っていた。

「なんでもないですよ、そんな。」

「そう?」

喜一の優しく深い声色が時生の冷えていた心を温かく包む。

「うーん、と。ですね…、」

だけど、心に残る海里のことをどこまで話していいものかがわからない。

「双子の人って、片割れがいなくなったらどんな気分になるのかなってふと思うことがあって。」

海里の名前を伏せて告白すると、喜一はシャワールームの外で首を傾げているようだった。

「そうだなあ…。まあ喪失感は多大だよね。」

彼らは魂の半身が最初から一緒に生まれてきたものだから、と喜一は言葉を紡ぐ。

「聖書の話ですね。上田さんは詳しいんですか?」

「その話だけ印象的で覚えてただけさ。」

コックを捻って水を止め、時生はシャワールームを出た。喜一から差し出されたタオルを、礼を言って受けとる。

「自分の半分が切り取られる苦痛は、どれほどのものなんだろう。」

時生の問いにも似た呟きを拾った喜一も、考え込んだ。

「一生乾くことの無い傷にはなり得るだろうね。」

海咲と海里の身支度を待って、四人は車に乗り込む。行きのにぎやか雰囲気とは一転して、帰りは疲れが出たのだろう。とても静かな車内だった。運転手の喜一が寝ないようにと付けたラジオが流れていた。海里はこくりと舟を漕いで、夢現の狭間を漂っている。夜の帳が下りる頃に、四人が乗った車が街に辿り着いた。住宅街を行き、海里の自宅へと近づく。

「海里、海里ー?もうすぐ着くよー。」

時生は海里の肩を小さく揺らして、覚醒を促した。海里は幼い子どものように目をぱちぱちと瞬かせて、ぼんやりと時生を見た。

「おはよ。夜だけど。」

「おはよぅー…。」

舌足らずな声ではあるものの、海里は目覚めたようだった。海咲が小さく笑って、助手席から振り返った。

「海里ちゃん。団長には、私が挨拶に行くから安心してね。」

「助かります。」

海咲の言葉に、男二人は頭を下げるのだった。友人とはいえ男に大事な娘が送り届けられるのは、父親としていい気持ちはしないだろう。

やがて滑らかに車は海里の自宅前に止まる。海里と海咲が自動車を出ようとシートベルトを外し始めた。そして扉を開けようとする刹那、時生は海里の手に触れた。

「海里。」

海里は驚いたように、振り返る。

「今日は、ありがとう。色々と話せてよかった。」

「え?いえ、こちらこそ。ありがとうございました。楽しかったです。あの、上田さんも。」

運転席のミラー越しに喜一も微笑んで応えた。

「じゃあ…、おやすみなさい。」

そう言って頭を下げると、先に自宅前で団長と談笑している海咲の元へと海里は駆けて行った。海里の姿を見た団長は嬉しそうに彼女を迎え入れて、車内に残る時生と喜一に頭を下げたのだった。

送るのは駅までで良いと言う海咲を、駅前で降ろして時生たちはかぜよみ荘に戻る。古く、狭い階段前で喜一と別れてようやく時生は一人になった。

荷物を下ろして、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して一気に煽る。冷たいお茶が喉の内側を伝って胃に落ちていく感覚が気持ちよかった。

「…。」

ふう、と溜息を吐く。思い出すのは、海里の表情。海に浸かりながら、海里は涙を零しながら笑っていた。そして言うのだ、ごめんなさい、と。

『生まれてきたのが、私で、ごめんなさい。』

中学時代にいじめられ、無視をされ、孤立した過去は海里の口から次の言葉で聞いた。

『私なんかいてもいなくても変わらないのに。なのに、私が生まれてきてしまった。…私の片割れは首にへその緒が絡まっていて、窒息していたらしいです。』

辛い記憶そのものが、海里の存在意義を奪っていった。彼女はこれから先、絶望することが起こる度に自らの生に疑問を抱くのだろうと思うと時生の胸は張り裂けそうだった。

苦しかっただろうな、と苦しそうに海里は言う。

『前に、死体は愛しく感じると話しましたよね。あれには補足があるんです。私の最初の記憶は…、片割れの死体を抱いていたことです。』

海里にとって、死体と言う存在は片割れの兄か弟そのものなのだ。愛しく、慈しみ、微笑ましい存在。きっと祖母の遺体も洩れなくそのイメージと重なったのだと思う。だから、泣けなかった。

補足があると言ったが、補足なら僕にだってある。誰だって本当のことを全て話すだなんてことは、酷く難しい。

彼女の生きづらさを理解して、時生自身の生について話していいものかと迷う。迷いつつ、時が過ぎ八月中旬。季節はお盆を迎えるのだった。


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