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●4 『番解消』の理由。


三人称。




 レイパード伯爵邸。

 重苦しい空気の中、談話室のソファーに腰を落としていた長男・シュイラーは、パズルを解くようにじわじわと事態を理解しつつあった。


 王太子殿下に付きまとう恥知らずの妹。

 それを何度か否定する妹。


 挨拶をしているだけだと。恋などしていないと。

 白々しい言い訳をしているミューランを、自分は罵った。

 疎ましくて堪らなかったのだ。


 正直、ミューランに投げた言葉を全ては覚えていない。

 その回数も、覚えてなどいなかった。

 その時に、苛立って湧いてきた言葉を吐いただけだった。


 妹・ミューランは、どう受け止めたのだろう。

 想像が出来ない。想像することを、頭が抵抗する。


「お兄様……」


 ハッとして顔を上げると、幼い弟が不安げな顔で目の前に立っていた。


「どうした、タイラー」


 なんとか笑顔を繕うシュイラー。


「ミューランお姉様が、さようならって……」


 ヒュッ、と息を呑む。

 ミューランは、本気だろうか。質素なワンピースドレスのまま、父と登城してしまった。トランクまで持って。

 籍を抜いて欲しいと、書類まで置いていった。それにサインがなくとも、もう家を出ていける。


「それは、その……」と、言葉に詰まっている兄に、自分の白い尻尾を握り締めていたタイラーは、続けた。


「お姉様。僕は悪くないって言ってた」

「え……?」

「僕は悪くないってギュッとしてくれた」


 不安げな幼いタイラーは、ただ肯定してほしいのだろう。

 痛いほどに喉も胸の奥も締め付けられたシュイラーは、無理矢理笑顔を見せた。


「ああ、タイラーは、悪くないぞ」


 そう声をかけて抱き締める。


「お前は悪くはない」


 せめて、妹にもこの言葉をかけられれば。

 そう思っていても、彼が妹に会うことは二度となかった。


 悪い彼が、どの面下げて、その言葉をかければいいのか。

 一生わかりっこなかったのだ。





 王城の大会議室にて。

 娘を一人悩ませて、とんでもない決断をさせた父のレイパード伯爵に、責め立てる非難の目が突き刺さる中、ミューランは許可を得て物申させてもらった。


 リュド王太子殿下の『運命の番』だったミューランの主張だ。


「私には『番解消』の権利があって、『番宣言』をせず、『救済措置』を取りました。16歳の顔合わせから、二年近く、悩み続けました。私一人の問題ではないのですから。毎日毎日、本当にこの決断でいいのか。何か代案はないかと、王城図書室で『運命の番』について調べながら、悩み続けました」


 そこで言葉を止めると、冷たい眼差しで、目の前の大人達を一瞥した。


「それで、あなた方はどうなのですか?」


 冷ややかな問いに、すぐには意図がわからず、国王達は困惑を顔に浮かべる。


「あくまで『運命の番』だった者として発言させていただきます。王太子殿下は次期国王として相応しい方だったのですか?」


 衝撃が走った発言。


「不敬な!」とあちこちで飛ぶが、ミューランは動じない。


「最初から恋慕すら抱いていない私が、何故『番解消』を選んだか、考えないのですか?」


 切り返す問いに、一同は考えた。

 ミューランは、王太子殿下につきまとっていたと言われたが、違う。

 最初から恋心はなかったと主張している。

 あの美貌の王太子殿下が『運命の番』であることに舞い上がらない令嬢がいるのか?

 いや、それは、前の不敬極まりない発言に繋がるのだろう。


 ミューラン・レイパードは、王太子殿下が次期国王として相応しくないから、『番解消』の決断を下した。


「あなたになんの権利があってっ……!!」


 掠れた悲鳴を上げるのは、王妃だ。涙に濡れた目でミューランを睨む。

 その涙の理由は、『番』を失った息子への悲観だろう。


「私には『番解消』の権利しかありませんでした。一介の伯爵令嬢には、国王夫妻のように王太子殿下の傲慢な振る舞いを諫めることなど出来ません」


 冷酷であろうとも、ミューランはもう一度告げる。

 王太子の次期国王の資格を問う発言の次は、国王夫妻への苦言。


 重鎮達は開いた口が塞がらない。

 そんな彼らにも、ミューランは矛先を向ける。


「一介の伯爵令嬢よりも、もっと立場ある重鎮の方々はどうでしょうか? 私に対する王太子殿下の振る舞いを見た方もいらっしゃるようですよね。あの振る舞いは次期国王になる者として、よしとするお考えだったのですよね? 誰も、王太子殿下の振る舞いを咎めることはなかったので、今の彼があるのでしょう」


 全員の顔色が悪くなった。

 リュド王太子殿下の性格の問題は、唯一悪い点ではあったと、皆が思っている。

 しかし、咎めた者はいない。咎めようとした者も、親である国王夫妻も含めていないのだ。


「窘めるべき親が窘めなかったから、あの傲慢さは増長したのだろうと考えました」

「だから、だからって……!」


 ぎしりと扇子をへし折るように握り締める王妃。

 自分の非が認められず、でもミューランを責め立てたい気持ちを必死に堪えている。


 ミューランは、淡々と、平たんに、言い聞かせるように続けた。


「使用人に無理難題を押し付け、感謝も敬意も示さない者が、人の上に立っていいとお思いですか。能力があるからと驕り、人を見下し、貶すような者が、人の上に立っていいとお思いですか。民を思いやれる国王となれましょうか。皆様がそうお思いでも」


 一度目を閉じたが、開いた時、揺らがないほど固い意志を宿した瞳で見据えて、告げる。



「『運命の番』だった私は、それをいいとは思いませんでした」



 それが全てなのだ。


 次期国王の王太子殿下の『運命の番』が許さなかった。

 誰もが咎めない傲慢な王太子殿下を、国王にしないために。

 一介の伯爵令嬢が、王国を揺るがす決断。


 王城に足を踏み入れる者なら、王太子の暴力的な振る舞いも見たことがある。

 それなりの年齢の貴族の者でも、噂に聞く。

 国王夫妻の前では控えても、傲岸不遜な態度による行為は耳に入っていた。


 優秀だから。それだけで、咎めなかった。

 この場にいる誰もが、傲岸不遜の王太子をよしとした。

 『運命の番』だったミューランだけがよしとしなかった。

 それが、この結果なのだ。


 痛いほどに静まり返り、重たい沈黙が降る大会議室の扉が開かれた。

 入ってきたのは、話題の人であるリュド王太子。


 蒼白の顔でよろめいて、ミューランに近付こうとした。

 一同に緊張が走る。


 しかし、その中の一部の愚かな者達は、希望を抱く。

 もしかしたら、万事解決するのではないか、と。


「みゅ、ミューラン……」


 恐る恐ると声をかけるリュドを無感情に見たミューランは、いつも通り、カーテシーをして挨拶を述べる。

 淡々と、淡泊に。それには感情は乗っていない。ましてや、恋なんて色はなかった。


 リュドは、今更知る。

 ミューランが、自分を欠片も想ってなどいない、と。

 胸が引き裂かれるほどの痛みを覚える。


「ど、どうしてだ……どうしてなんだ」

「リュド。やめろ、部屋に戻るんだ」


 国王の制止の声は、最早聞こえていなかった。

 縋りつこうとする手が伸びるが、その場から動けないでいるリュドの手は届かない。

 リュドを見つめ返すのは、温度のない眼差しだ。


「冷たくして悪かった、すまなかった。知らなかったんだ! 頼む! 取り消してくれ! ミューラン!」


 切羽詰まってまくし立てるように頼み込む。


「知らなかったから許してくれ? 『運命の番』でなければ、挨拶だけをする相手を罵倒してもいいのですか? 礼儀もなく無視をしてもいいのですか? 当てなくとも、花瓶を投げつけたり、木剣も投げていいと?」

「ヒュッ」


 先程と変わらず、声を荒げることなく、淡々と、平たんに、言い聞かせるようにミューランは告げる。

 大きく喉を鳴らすリュドは、嫌な汗を噴き出して、胸元を握り締めた。


「私が初めて王太子殿下を見た時、あなたは飛竜の横っ面を蹴り飛ばしていました。なんて酷いお方なのだと思いました。使用人が“またか”と話していた通り、その場限りの光景ではありませんでした。そのあと、顔合わせをして『運命の番』だと理解しましたが、どうしてそんな行為が出来るあなたに恋慕出来ましょう」


 言外に、『運命の番』だと認識しても恋などしなかったと告げられて、リュドはヒューヒューとか細い呼吸をするしかない。


「直接暴力を振るわれた使用人はいませんが、だからと言って飛竜への暴力は許されるべきでしょうか。尊き竜の血を宿す種族でもあるのに。ぶつかってしまっただけの下位の貴族令息をいじめたことがありましたね。加虐性が強く、あなたは恐ろしい方です」

「ちが……」

「多くの方が王太子殿下を恐れています。強すぎる力がいつ自分に向けられるかと、使用人達が怯えながら働いていることをご存じなかったのでしょうか。弱い貴族達もまた、そうです」

「ち、ちが、ちがうんだっ」


 否定の言葉はあまりにも小さく意味をなさない。



「自分の能力の高さに驕り、他者への配慮も感謝もしない傲岸不遜で暴力的な王太子殿下。それが333日の間、私が見てきたあなたです」



「あ……あぁ……っ」


 ミューランの。『運命の番』の目に映る自分。

 それを聞かされて、リュドは絶望する。

 オロオロとせわしなく泳ぐ目は、必死に言葉を探す。それでも見つからず、その場にへたり込む。


「そんな王太子が次期国王では、多くの民が苦しみかねません。何より……私がそんな方の伴侶になど――――」


 全ては言い終えなかったのは、せめてもの情け。

 竜人にとって、それは鋭利な刃が突き刺さる言葉だった。


 「リュドを部屋に戻せ」と国王の命令で、リュドは近衛騎士に引きずられて、退室。


「待ってくれ! ミューラン! 頼む! お願いだ! オレを捨てないでくれ! ミューラン!!」


 我に返ったリュドはジタバタともがいたが、まともに立つことも出来ないまま、引きずられるだけ。

 無情にもミューランは、なんの反応もしない。

 とっくに覚悟を決めたのだ。揺らぎはしない。


 『運命の番』だったミューラン。

 そして『番』を失った状態のリュド。


 現実を受け止めないといけないと、国王は呻きを堪えた。


「こちら、『運命の番』に関しての書物の書き留めでございます。私が調べた限り、『運命の番』を失くした竜人の末路を変える方法は見つかりませんでしたが、学者ならば何か希望はあるかもしれません」


 ミューランはそう言って、会議室のテーブルに紙を置く。


「私は、もうこの王国を出ます。次期国王の資格を奪った私は王国には留まれません。あとは、皆様がどうにかする番でしょう」


 あとは国王達が何とかする番だ。

 ミューランが王国を出ることに、意見する者はいなかった。

 『運命の番』に戻れ、と言うのはタブーだ。

 そもそも、そんな方法を知らない。


 父親ですら、王国から出て行くなとは言えなかった。

 王国を揺るがしたミューランが、今後ここにいて無事で済むとは思えない。




 決断は下される。

 『運命の番』を失い、獣神様から王族の証さえも剥奪されたリュドは、王太子ではなくなり、離宮に閉じ込められることとなった。

 罪人扱いではない。番を失って儚くなる運命にあるリュドへのせめてもの処遇だった。


 新たな王太子は、すでに王位継承権を手放していた元王弟殿下である公爵だ。

 儀式を行うと、新たな宝玉が生まれて輝いた。



 リュドが『運命の番』を失くした事実は、公表された。

 ミューランに非はないと知らせるためにも、大まかな経緯も明かした。

 全ては親である国王夫妻が責任を取ると、元公爵夫妻である王太子夫妻の準備が整い次第、玉座を明け渡すとのこと。


 『番』を失ったリュドのその後については触れられなかったが、長くはないだろうと、国民は考えた。

 獣人族は伴侶である『番』を失うと、皆が弱るが、竜人は特に弱りが激しく、儚くなるのも早いと、幼子さえも知っている事実だった。



 


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次回、クズ王太子視点。


2024/02/03

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