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〇2 レイパード伯爵家。



 レイパード伯爵家は、猫系の容姿が強く表れる家系だ。

 私は、白豹の獣人。

 母と兄は、豹の獣人。弟は、白い猫の獣人。

 父は、白の虎の獣人だった。


 伯爵邸の夕食時、父がおもむろに口を開いた。


「また王太子殿下にお会いしたのか?」


 視線は、咎めている。厳しい眼差しにも、もう慣れたものだ。

 家族まで、私は王太子殿下に陶酔して付きまとっていると思っている。

 私がいつそんな素振りをしたと言うのだろう。何度王城の図書室に向かうついでに礼儀として挨拶していると言い訳しても、信じない。もう諦めた。


「あと30回したら、終わります」


 ポロッと本音を零してしまった。

 それはいい加減な返しだと思ったのか。

「すぐやめなさい」と、呆れたため息を吐かれた。


「いい加減にしてほしいわ、ミューラン。あなたのせいで、我が家は白い目で見られるのよ」


 母も呆れている。

 白い目で見られるべきは、花瓶をぶん投げて来た王太子殿下だろうけれど、不敬罪になるから、私はその言葉を呑み込むしかない。


「私が何をしたと言うのですか? 王城に足を踏み入れる日だけ、挨拶をしているだけではないですか」


 それでもガス抜きは必要だから、言い返してしまう。


「罵倒を受けて、花瓶を顔の横に投げられている私に、非があるのですか」


 淡々と冷たく吐く。


「はぁ。お前は変わってしまったよな。王太子殿下に会ってからだ」


 兄が一瞬気付いてしまったのかと思ったが、違った。


「なんてバカな妹なんだ」


 結局、恋に溺れてしまっていると思い込まれたまま。

 気付かれるのは、厄介だ。どうせ、説得されるのだ。

 わかっているから、私は何も言わない。


「お父様とお母様に、後日サインをしていただきたいものがあります」


 私が話題を変えたことに眉をひそめた二人。


「サインだと? なんだ?」

「私をレイパード家の籍から抜く書類ですわ」


 どよっと動揺する空気の中、切り取ったステーキを口に運ぶ。

 バンッと、テーブルを叩いたのは、母だ。シャーッと牙を剥き出しにして、豹模様の尻尾も立てた。


「あなた!! 何がしたいの!!」


 気の強い母は、激怒。

 その隣で、10歳の弟はビクビクと震え上がっている。それを見つめてから、母に目を向けた。


「タイラーが驚いています、やめてあげてください」

「あなたのせいでしょ! ミューラン!!」

「落ち着かないか、おまえ」


 父が、母の手を押さえて宥める。フーフーッと鼻息を荒くしながら、睨みつけてきた。


「何故そんな書類が必要なんだ? ミューラン」

「私は、もうすぐ家を出ます」

「誰の許可を得て?」

「家出には、許可は要らないでしょう。むしろ、書類があった方がいいと思ったのですけど」

「だからなんで家出をする必要があるという!」


 しれっと語る私に、だんだんと声を荒げる父。



「王太子殿下に挨拶するだけ、罵倒されては花瓶を投げつけられ、付きまとっているなんて悪い噂を立てられる娘なんぞ要らないでしょう? お捨てください」



 ハッと、冷笑で言い放つ。


「バカバカしい! 何を自棄になっているんだ!! そうやって構って欲しいのか!? そんなことをしても、お膳立てなんてしてやらないからな!!」


 騎士を務めている兄は、一体どうお膳立てするつもりなのだろうか。知りたくはないので聞かないが。

 ブンブンと尻尾を荒々しく振り回して、兄は食堂をあとにした。

 私も部屋に戻ろう。ごちそうさま。


「言っておきますが、お膳立てなんて必要ありません。私は王太子殿下と親しくなりたいなど、毛ほども思っておりませんから」


 立ち上がると同時に放ったその発言に、父も母もわからないと怪訝な顔をした。

 もっと早く、真剣に尋ねてくれれば、私も相談したものだが……。

 もう、手遅れだ。私の覚悟は揺らがない。


 食堂をあとにして、廊下を歩いていれば、トタトタと足音が耳に届いたので振り返る。

 弟のタイラーだ。


「お姉様っ」


 涙を浮かべた彼と視線を合わせようとしゃがもうとしたら。


「謝ってくださいっ」


 と、言われてしまった。


「何故?」と静かに尋ねる。


「だって、お姉様が悪いからっ」

「どうして私が悪いと思うの? お父様もお母様も、そしてお兄様も怒っていらっしゃるから?」

「はい!」

「それだけで、どうして私が悪いと言うの?」


 どうして? その問いを淡々と重ねると、タイラーは困惑いっぱいの顔になった。


「もっと真剣に考えなさい、タイラー。一方が怒っているから、それだけで悪と決めつけて、それは正しいことなの?」


 おろおろと視線は泳ぎ、心細そうに白い猫耳はぺシャンと垂れる。


「私はこの家を出ていくわ。ううん。この王国から出ていくの。それまでなるべく一緒に過ごしたかったけれど……やめておきましょう」

「お姉様……?」

「大好きよ。タイラー。あなたは悪くない」


 まだ小さな身体を抱き締めて、頭をそっと撫でた。

 あなたは悪くない。


 私も、悪くないわ。



 でも、だからといって、この王国を騒がせることになるのだから、居座るつもりはない。

 私はこの家からも、この王国からも出ていく。

 決して向き合っても、味方になってもくれなかった家族とも、決別をする。

 私の覚悟は、揺るがない。



 それから三日と空けずに、王城へ足を運び、騎士団に交じって朝の鍛錬に向かおうとする王太子殿下に挨拶。目を合わせて、お辞儀。

 機嫌がよければ、無視する形で素通りされる。

 機嫌が悪ければ「またお前か」と、八つ当たりに罵られる。

 それが人目につこうが、お構いなしだ。

 周囲には笑われて、蔑みの目を向ける。主に私がつきまとっていることに、だ。


 指折り数えて、待つ。

 解放される時を――――。



 一週間前から、心地が悪くなった。落ち着きがない。

 何度も王国外に出るルートを確認して、亡命先の再確認をして、一息つく。

 籍を抜く書類は、サインがなくとも、当主が勝手に出来るから、絶対必要とも言えない。ただのけじめだ。


 何度、深呼吸しただろう。何度、胸の上をさすっただろう。



 ――――そして、333日目。


 いつも通りと言い聞かせて、緊張で強張る身体を動かした。爪の先まで、ビンと伸びるようだ。

 ドレスの下で、尻尾も下にビーンと伸ばしておく。毛がぼわんと逆立ってしまうので、ちょっとむず痒い。

 定位置になってしまった訓練場への道の脇で、白銀髪の髪を靡かせる王太子殿下が来たところで、声をかける。必死に声が裏返らないように制御した。


「白銀の輝きの王太子殿下に、ご挨拶を申し上げます」


 今日は機嫌がいいらしく、一瞥するだけで無言で目の前を横切っていく。

 これで最後だ。

 これで最後――――そう、目を閉じて、カーテシーをした。



 もしかしたら、それだけではカウントされないかもしれない。

 そんな不安にドキドキハラハラしながら、夜まで待った。行動を起こすのは、日付が変わる直前が好ましい。


 夜が更けた時間帯。バルコニーで両手を組んで、神に祈った。


「『番解消』を願います」


 ただそれだけの祈り。意志を届けた。


 途端。

 ――――切れた。


 繋がりが切れた感覚。


 私は『運命の番』ではなくなった瞬間だ。

 ポロッと、瞳から涙が零れ落ちた。

 それは喪失の虚しさと、解放の喜びからだろう。


 私は紛れもなく、『運命の番』という存在を失った。

 それは安堵する事実だった。


 胸を押さえて、ここずっとの緊張から解放された反動で、泥のように眠った。



 朝から騒がしくて、長くは眠れなかった。



 王太子殿下の宝玉の輝きが失われた――――。



 その騒動で伯爵家もてんやわんやだった。


 ついに来たか。私の選択の結果。


 王太子殿下の宝玉の輝きが失われた。つまりは、出会っているはずの『運命の番』を失い、神様に見放されたということ。

 王太子殿下は自覚していないから、意味がわからないと、上を下への大騒ぎ状態。

 次期国王が資格を失った事実に、激震が走っている。


 私はバタバタする家族をしり目に朝食をゆっくり済ませて、部屋で荷造りを仕上げた。


 簡易なドレスに着替えて、トランクも持った。

 父が一時帰宅したというので、書類を持って、部屋を訪ねた。

 母に進展状況を報告に戻るついでに、昼食を摂りに来たらしい。


「お父様、失礼します。お母様も、私をレイパード家の籍から抜く書類にサインしていただければ、提出で済みます」

「何をバカなことを言っているんだ!!」


 怒声を飛ばされた。


「王太子殿下が危機なのよ!? それでも想っているの!?」

「私は王太子殿下を想ったことなど、一瞬たりともありませんよ」


 金切り声を上げる母に、キッパリと返すと面食らった顔をされる。


「国家の危機だぞ!! そんなことをしている暇があるなら、王太子殿下の宝玉が輝きを失った原因を解明するべきだろ!!!」

「愚妹にもほどがある!!」


 父と兄も、怒鳴り散らす。

 こちらの言い分も聞かない。真ん中の子どもは蔑ろにしがちだとは聞くが、私はまさにそうだったと、ここ数年でようやく自覚した。

 放っておかれるように自由に育った。だから、意見は聞いてもらえない。聞こうとすらしてもらえない。

 それが、私の現状だ。


 私は拳を振り上げて、大理石のテーブルを魔力を込めて叩き割った。


「な、何をっ……!」

「国家の危機に、娘が血迷ったとして勘当でも何でもしてくださいよ。もう私は出ていきます。前回言った通り、30回は済ませましたので、王太子殿下とも会いません。この家にも、この王国にも、二度と戻るつもりはありません。お世話になりました」


 青い顔して絶句する家族に、そう簡潔に告げる。


「30回!? なんの話だ!? 王太子殿下にもう会うも何も…………ハッ!」


 父が、息を呑んだ。

 王太子殿下にもう会うも何も。王太子殿下に会える状況ではない。

 そう言いかけて、止まった。


「父上?」

「あなた?」


 白に近い真っ青な色になってプルプルと震える父を、兄も母も不思議がって見る。

 父は、気付いたようだ。やっと。


「旦那様! 失礼します! 王家から緊急招集の使いがいらしています! 早急に王城に登城するようにとのことです!」


 家令が食堂に、すっ飛んで入ってきた。

 顔色悪く、私を凝視している。指名されているのは、私だろう。


「あら……思ったよりも早く、特定したのですね」


 出来れば、私はそのまま王国を出ていきたかったが、それは虫が良すぎたか。

 混乱を残したままよりはいいだろう。

 しっかり決着をつけないといけない。


「なんだ? ミューラン。何かしたのか!?」


 兄が責め立てる。掴みかかろうと迫ろうとしたが、父が腕を掴んで止めた。



「……ミューラン、お前…………()()()()()()()殿()()()()()()()()?」


「「「――――!」」」



 父の慎重に身構えた問いに、家族だけではなく、騒ぎを聞きつけた使用人一同も、息を呑んだ。


()()()3()3()3()()()()


 淡々と答えると、父は先に崩れ落ちる。

 母もまた、父の腕を握って、膝を突いた。


「緊急招集です、行きましょう。……タイラー。さようなら」


 王家からの馬車が来ているだろうから、私は理解が追い付いていない弟に最後の別れを告げて、トランクを両手に持って向かった。


 決別をするために――――。



 

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