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〇1 白豹の令嬢は貫く。


自力で現状打破する令嬢シリーズ第二弾!

テーマ『運命の番』





「今日もか! ミューラン・レイパード!!」


 罵声とともに投げつけられたのは、わざと外した花瓶。中身は散乱して、私の顔を水が濡らし、花が落ちる。

 パリンと、後ろの方で、花瓶は砕けた。

 長い尻尾が逆立たないように気を鎮めて、見据える。


「隙あらば、このオレにすり寄って気色悪い! いつになったら懲りるんだ!」


 神秘的な清らかな白銀の髪と黄金色の竜人の瞳を持つ、ゾッとするほどに美しい顔立ちの青年は、今日は黒のふわふわした長い髪と丸い耳をつけたご令嬢の腰を抱き寄せている。


「いい加減思い知れ! お前は、『番』でもなければ、オレのお気に入りの女にもならないとな!」


 罵倒して、ご令嬢と嘲る彼は、この獣人王国の王太子だ。

 花瓶を投げつけるという暴力を行使しても、咎める者がいない。

 王太子、だから。


 私は、ただ無言で頭を下げた。

「惨めなヤツ!」と嗤う王太子殿下が離れるまで、下げ続けながら、私は決意を改める。



 私はあなたのお気に入りの女になどならない。

 そして――――『番』にすらならない。

 あなたのお望み通り。


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 顔を上げた私は、『運命の番』である王太子殿下の背中を冷たく一瞥した。


「片付けてくださり、ありがとうございます。お怪我をしないよう、お気をつけて」

「は、はい。レイパード伯爵令嬢も、お怪我はありませんか?」


 心配してくれる使用人に、微笑んで大丈夫と答えておく。


 王城の使用人達も、王太子殿下の傲慢さには辟易しているのだ。

 無理難題は吹っ掛けるし、暴力的で物は壊すし、傲岸不遜な態度を崩さない。感謝の言葉など言われた日には、槍が降るだろう。それくらい、傲慢王太子なのだ。


「失礼ですが……レイパード伯爵令嬢は、どうして毎日のようにあの仕打ちを受けるのですか?」


 不可思議そうに使用人の一人に尋ねられた。


「……事情があるのです」


 そう陰る笑みで、それだけを答える。


 あの傲慢さが許されるのは、ひとえに彼が唯一の王子であると同時に、類まれなる優れた竜人だからだ。


 ドラグラーン王家は、代々竜人の血を濃く受け継いできた。


 リュド・ドラグラーン王太子殿下は、中でも魔力も身体的能力も優れたお方。頭脳明晰で、周辺国の言語も習得済み。能力に於いて、何一つ欠点がないのだ。だから、彼が次期国王になることに異議を唱える者は、少ない。

 ゼロではないのは、彼の性格が原因だ。


 あまりにも、傲慢。それは能力あってこその態度だろう。

 だが、あまりにも他人を思いやらない。感謝を伝えない。気遣わない。自分本位だ。


 親の片方が竜人であれば必ず子は竜人として生まれるほどに、遺伝子の強い種族。

 竜人は、優秀すぎると『番感知』が乏しくなるという。


 だからこそ、王族は特に、獣人族の平均でちゃんと『番感知』が出来る歳である16歳から、見合いをかねた顔合わせが行われる。それでも見つからない場合、相性がいい者を伴侶に選ぶという。現国王夫妻がそうだ。


 竜人には『運命の番』という、特別な『番』が存在することがある。

 獣人族が崇める神、獣神(じゅうしん)様が導く『番』を指し示す。


 不幸なことに、私がその『運命の番』だ。


 幸いなことに、王太子殿下は『番感知』が乏しいせいで、未だに気付いていない。

 本当に、不幸中の幸いだ。認識など、されたくもない。


 『運命の番』という神聖な響きと反して、私には嫌悪が満ちていた。


 竜人の『運命の番』の存在は、さらなる繁栄をもたらす吉兆でもあるのだ。

 正直、家臣達は期待している。優秀が故に、獣人王国に新たな時代を迎えさせてくれるのではないか、と。

 冗談じゃない。

 私はそれなりに、いや、それ相応に、いいや、それ以上に葛藤した。それでも、私は結局『番解消』の手段をとることを決意したのだ。


 『運命の番』は神様の采配と言われ、歴史を振り返っても竜人に深く愛されていたと言い伝えられている。

 無条件で愛し愛される絆のある二人。それが『運命の番』だと書かれている。


 しかし、ちゃんと救済措置もあるのだ。

 例えば、すでに心に決めた相手がいる場合、その相手を『番宣言』することで『運命の番』は別の者に割り当てられるとか。それは本人達が知らぬ間に成立される。


 または、なんらかの理由で『番』になれない、なりたくない場合。

 それが『333日の猶予』である。


 333回会っても、その気持ちが変わらなければ、『番宣言』をしないまま、解消を願うと叶うらしい。

 竜人側は『運命の番』に気付けないのだから、解消を引き起こすのは、その相手となる。

 そして、その竜人はたいていが王族だ。

 王族の、特に王太子という立場となれば、なおのこと『運命の番』からの拒絶は、あってはならないことである。

 つまり、私が拒絶することになれば、彼は王太子という立場を失う。

 それ以上に、『番』を失う竜人は、自分の半身を失くしたかのように、狂い、弱り、儚くなる。

 前者とは違い、後者の救済措置は、『運命の番』が代わるのではなく、失うことだ。


 それは私だけでもないが、彼の場合、あまりにも多くのものを失う。王太子の座も、命もだ。


 しかし、私は100回も会わないうちに、冷酷な判断を下すことになった。



 リュド・ドラグラーン王太子殿下は、王国を背負う人格を持ち合わせていない。

 何より、私は彼と添い遂げるなど、不可能だった。

 それが、全ての答えだったのだ。


 ――――あんな王太子と『運命の番』だなんて、冗談じゃない。




 持ってきてもらったタオルで頭の上の耳を拭い、顔も拭き終えて、使用人にあとは任せて、通ったばかりの帰路を行く。

 馬車に向かう道で、足を止めて振り返る。


 王城の天辺には、鳥かごのようなガラスがあり、その中には王族の宝玉が輝いている。一番上で大きく光り輝くのは、現国王のもの。斜め下が王妃様のもの。そして、一番下のダイヤモンドのような宝玉が、王太子殿下のものだ。


 あの光は、獣人王国の神・獣神様が認めた王族の証。


 何か罪を犯せば、光は失われる。例えば、罪なき者の命を奪えば、王族の資格は剥奪したと示すように光は失われるという。

 そして『運命の番』に見放された場合も、あの光は消えることになる。

 過去に一人。とある王弟殿下がやらかした際に、そういう記述が遺っている。

 彼の場合、『番』だと言い張る『運命の番』を信じず、光を失ってからようやく気付いたという。全ては手遅れで、元『運命の番』は彼を見限り、姿を消した。その王弟殿下は、酷い後悔に苛まれ続けて、息絶えたそうだ。


 『運命の番』は、綺麗なおとぎ話だけではない。




 私、ミューラン・レイパード伯爵令嬢は、白豹の獣人だ。

 16歳になった私も、一年以上前に、王太子殿下と顔合わせをした。

 あの日も、こうして、王家の宝玉を見上げていた。

 そうしたら、飛竜が見えたのだ。頭上を横切る飛竜が気になってしょうがないから、許可を得て、見えるところまで足を進めた。

 乗っていたのは、謁見予定だった王太子殿下だった。

 美しい騎乗用のドラゴンに目を輝かせたが、驚く羽目となった。

 王太子殿下は何か気に入らないことがあったらしく、ドラゴンの横っ面を蹴り上げたのだ。あまりにも強力な力を持つ王太子殿下には逆らえず、ひれ伏すしかないドラゴンが可哀想だった。

 そして、ショックだった。

 優秀だ優秀だと聞いていた王太子殿下が、蹴るという暴力を振るうなんて。

 ピンッと立った白い耳には、使用人達が「また飛竜に八つ当たりを……」と話したので、日常茶飯事だと察せられる。

 嫌悪が胸に巻き起こって、尻尾の毛が逆立った。いざ向き合ったら、きっと警戒して尻尾を立たせてしまうに違いないと自慢の尻尾は、ドレスの中に収めておいた。

 さっさと謁見を済ませて、帰ってしまおう。そう決めたのに。


 顔合わせの謁見の間。

 対面した王太子殿下と『初めて目を合わせた』瞬間。


 『この人だ』と思い知った。


 『互いに目を合わせて』

 『互いの存在を認識した』

 その瞬間が『出会う』ということなのか、と思いつつ。



 『運命の番』だと、認めるしかなかった。



 でも、口にはしなかった。毛が逆立ってビーンと伸びた長い尻尾もドレスの下だから、誰にも見られていない。

 だから、『番感知』しただなんて、誰にも気付かれなかった。

 わざわざ「『運命の番』でしたか?」という問いかけもない。普通は、自ら申告するものだから。

 でも、私はしなかった。あんな酷い行いをした相手の『番』だと名乗り出られるわけもない。

 自己紹介を交わして、それで終わり。


 王太子殿下は、微塵も気付いた様子もなかった。


 その時点ではもう、私は王太子殿下との『番解消』を決めていた。

 あの人は無理。絶対に無理。


 かといって、常識でも『運命の番』の救済措置は、竜人にはデメリットが大きすぎると知っていてわかっていたので、他にいい方法はないのかと自分で調べた。だから、過去の『運命の番』には詳しかったりする。

 王城の図書室で調べつつ、王太子殿下には挨拶するために顔を出した。そうするだけで、カウントされるはずだから。

 しかし、30回もしないうちに、私は王太子殿下にゾッコンで付きまとっていると噂が広がり、王太子殿下も鬱陶しがった。


 挨拶しているだけだろうに。

 心の中でツッコみつつ、じゃあ他に理由はあるのかと問われれば、答えられないので、つきまといの噂を否定しなかった。

 王太子殿下も、少しも疑わないのは、これまた傲慢な彼らしい。


 私が一体いつ、すり寄ったというのだろう。好意の一つも示した覚えはない。

 貴族令嬢として、礼儀正しく挨拶する以外に、何もしていないだろうに。


 王城は害意があれば入れない神聖な結界が張られているので、出入りはほぼ自由。

 図書室に足を運ぶついでに、王太子殿下の出没先に足を運んで、挨拶して去る。

 もう『運命の番』は見つからないと思っているから、王太子殿下は一番相性のいいご令嬢を物色中で、誰かしらご令嬢をよく侍らせていた。

 『運命の番』としては、“私がいるのに”という燃えるような嫉妬よりも、“気色悪い不愉快”という感情が込み上げるだけ。

 本当に、綺麗なおとぎ話とは違う。


 まぁ、ひとえに王太子殿下が悪い、に尽きる。

 だって、100回を越えた頃には、もう機嫌が悪ければ罵倒することがお決まりだった。


 虐げて、高笑い。王太子殿下には最早、『運命の番』として映りっこないほどに、見下す存在だ。

 侍らせるご令嬢と比べては、彼女達は綺麗だの可愛いだの、薄っぺらい言葉を並べ立てる。

 どこを見て、私が傷ついていると思っているのか、私にはわからない。


 神秘的な清らかな白銀の髪と黄金色の竜人の瞳を持つ、ゾッとするほどに美しい顔立ちは、いつだって醜く歪んで私を嘲笑う。加虐的な笑みに、惹かれることはない。

 ただ、私は『運命の番』として、そんな彼に縛られているだけ。



 解放されるには、あと30回は顔を合わせないといけない。


 あと30回だ。もう少し。あと少し。


 それで『運命の番』という事実が消えるのだ。



 

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