表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート12月~3回目

私はナニを、踊っているのだろう

作者: たかさば

 まだ薄暗い早朝、間もなく時刻は六時半。


 離れた場所に人々のたむろう姿を確認した私は、枯れた芝生の上で大きく背伸びをして…広い空を仰いだ。

 …体がポキポキっと、心地よい音をたてる。かすかに聞こえてくるのは、軽快なラジオの音楽。


 私は、歩いて三十分の場所にある大きな公園で、毎日ラジオ体操をしている。


 公園の中央広場で毎日放送が流れるので、その音を聞きながら体を動かすことにしている。

 放送が流れる広場にはわりとたくさんの近隣住民がいて、各々コミュニケーションを取ったり、ほどほどの距離感を保って並び、思い思いに適度な運動をしていらっしゃる。


 私は人ごみがあまり好きではなく、周りに誰もいないポツン状態が心地良いタイプなので…いつも少々離れた所で体操をする事にしている。

 広場のラジオの音がぎりぎり届く、池の畔の、切り株の前。荷物と上着を天然のテーブルの上に乗せ、レイクビューを楽しみつつ関節を鳴らす…もうずいぶん長い間、繰り返されてきたマイルーティンである。


 ―――皆さん、おはようございます!


「おはようございます!」


 遠くから聞こえるラジオの声に返事をし、朝一番の声出しをする。周りに誰もいないのをいい事に、腹筋に力を入れて大きめの発声を心がける。


 ―――12月13日火曜、朝の体操の時間です!それではまず、ラジオ体操の歌から!


 さすがに大きな声をあげて歌うのは恥ずかしいので、小声と鼻歌の中間くらいのボリュームで口ずさみながら…上半身を伸ばす。わりと肩こり体質なので、きっちりとほぐす習慣として、自分オリジナルのストレッチをするよう努めている。


 ラジオ体操の歌のあとは、毎日軽い運動が入る。手を振ったり、しこを踏んだり、腿を叩いたり…運動メニューは日替わりで、アナウンサーの声に合わせて体を動かすのだ。


 ───ではまず、両手を胸の高さ……


 ぶぶ、ぶぅううううう!


 突如、あたりに騒音がひびいた。暴走するバイクのマフラー音だろうか?

 この公園は幹線道路と高速道路に隣接しており、たまにけたたましい音が轟く事がある。

 ひらけた場所なので、遠くの爆音が実によく響く。


 ラジオの音声が、爆音にかき消されて…私の耳に届かない。中途半端に上げた両手がどうしたものかととまどっている。

 いったい今…どんな動きをするべきなのか、見当がつかない。とはいえ、両手を胸の高さに持ってきたので、とりあえずぶらぶらと動かしておく。


 ───を、ポンポンと……


 ぶぶ、ぶぅ!


 一瞬騒音の切れ間にラジオの音が聞こえたのだが……ナニを言っているのか、聞き取れない。

 だが、どこかをポンポンとするらしい……とりあえず、おなかでも叩いておくか。


 ───上体を起こしながら、はい……


 ぶぅうう……


 爆音は遠ざかっているが…まだよく聞き取れない。

 だが、ここで動きをとめるのは癪だ。遠くで動いている皆さんをよく見たら正しい動きがわかりそうなものだが、あいにく私は朝メガネをかけないので…どんな動きをしているのか確認することが叶わない。


 仕方がないので、微妙に耳に届いた情報を元に、ぎこちなく適当に、手足と体幹を動かしてみる。両手は動かすはずだ、上体を起こすということは前傾するんだろう、ポンポンは続けといていいんだよね……中途半端に体の動かし方を指導され、おかしな事になっている。


 膝を曲げながら腹をポクポク叩き、前かがみになりながら空を仰ぎ……。


 ああ、今、私は……いったいナニを、踊っているのだろう。


 ラジオの声に従わず、自分勝手に体を動かす怪しい人が、ここに一名。


 絶対にちがっている。

 絶対におかしな動きだ。

 絶対に体をほぐす運動じゃない。


 ……だが、やめてしまったら負けだ。


 体を動かすことに意味がある。

 途中で逃げ出すことなど邪道だ。

 つなぎの時間と侮るな。


 この切り株の前でぼんやり立ち尽くすことなど、許されるはずもない。


 もう何年も、ここで体を動かしている。

 もう何年も前に、ここで不器用なラジオ体操をしたあの時から。

 もう何年も前からずっと、ここで私は恥ずかしげもなく下手くそなラジオ体操を踊り続けてきたのだ。


 今さら恥と改めて認識し、消極的になることもあるまい。


 ―――では、背筋をピンと伸ばして、ラジオ体操、第一♪


 ……よし、ラジオ体操に入ったから、あとは音が聞こえなくてもばっちり踊れるぞ。


 ―――のびのびと背伸びの……


 プー!!パパ―!!


 ……腕と足の運動です

 ……腕は軽く横に振り、元気よく足をまげて伸ばしましょう


 ―――腕を回す運動で…


 ゴゴ、ごぅんっ……!!!


 私の頭の中で再生されるラジオ体操の音声と、派手な騒音と、微かに聞こえるラジオの音が……まじりあう。


 私はばっちり動きを覚えているラジオ体操を、いいかげんな所作できっちり踊りきり。


 いつものようにコンビニで朝ご飯を買って、家に帰ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 五感の敏感さ。たかさばの長所発見。ボキボキ [気になる点] ブぅ。ブーぅ [一言] パーパーパパパー パーパパパー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ