R3. Might makes right.
「どうして我が方が押されている!」
そう怒鳴ったのは、デービスであった。
そば仕えの人間が額の汗をハンカチで拭きながら、彼をなだめすかす。
「中央部の敵軍が想像以上に頑強でありまして・・・・・」
「私は言い訳が聞きたいわけではない!」
徐々に自分たちの側が劣勢になっていくのが、誰の目にも明らかだった。
戦線の中央部分を突破できず、このままでは押しつぶされるだけだ。
状況がここまで悪くなれば、デービスがそう考えるのも当然だ。
「クソ、奴に助力を頼むしかあるまい。忌々しいあの小僧に」
デービスは伝令兵を呼んだ。
「あーあ、相手の手練手管にとらえられているね。
これじゃあ、相手のいいようにやられるだけじゃないか」
スクリーンには、上がってくる情報を元に再構成された地図が表示され、その地図上に艦隊が分かりやすく色付きで表示されている。我が軍の艦隊が次々と沈んでいくのを、ジャンカルロはアンドロポフとともに眺める。
「そうですね。これでは大敗を喫するのみでしょう」
「どうにかして引き分けぐらいには持ち込みたいなあ」
そんな話をしていると、伝令兵がやってくる。
「申し上げます。デービス閣下より、応援の要請がありました」
「いかがなさいますか?」
「そろそろ出番ってことみたいだね。
我が軍の右手すなわち、敵の左翼の方に穴を開けて見せますって伝えておいてくれ」
伝令兵は敬礼して、その場を辞去した。
「もうすでに御心は決まっているようですね」
「まあね。想定はもちろんしていたよ。
マリアたちに出てもらう」
「しかし、彼女たちは長時間戦闘できません。
それでも事態が好転しないなら、どうなさるおつもりですか」
「さらに奥の手を出すしかないねえ」
ジャンカルロは笑って言うが、この人はどこまで考えているのだろうか、と底知れない対応力にアンドロポフは畏怖を感じていた。
「マリア、大丈夫そうかい?」
「はい、恩返しと弔いのために、私は戦いたいんです」
「立派な志だよ。ただ、決して無理をしてはいけないよ。
僕は君が死んだら、ひどく悲しい。
そして、何より、君が死んだら、誰が君の母親を心の底から、弔ってあげられるんだい」
「もちろん死ぬつもりはありません。
まだジャンカルロ様には返し切れない恩がありますから」
元気そうに答えるマリアの目には力が宿っていた。
彼女が乗っているのは、秘密裏に共和国で開発されたAFである。機体コードZ-11、名前をムネモシュネという。彼女のパーソナルな情報をもとに設計されており、彼女以外がこの機体を操ることは不可能である。
闇夜に紛れて消えてしまいそうなくらい、儚くも美しいその黒い機体は、共和国軍の宇宙用戦闘機X-27を伴って、宇宙へとはばたいた。
「おい、あれは何だ?」
その同僚の言葉に周囲を見渡すが、分からない。
「あ、どこだよ。何のことを言ってやがる?
何も見えやしねえぞ」
「いや、あそこに」
そう言いかけた瞬間、彼の人生は終わりを告げた。
黒いスタイリッシュなエアリアル・フレームが同僚の命を奪ったのだと気づくまでに数秒かかった。なぜなら、自分たち王国しか、エアリアル・フレームを持っていないはずだという固定観念にとらわれていたからだ。
黒いAF?まさか、共和国が?
そこまで考えて、彼の思考は途切れた。
敵陣に突っ込んでいったマリアのムネモシュネは敵のAFアグライアを次々に撃破していく。
ムネモシュネは従来のAFより一回り小さく、より小回りの利くコンパクトな設計になっている。無駄のない機動で、また一機また一機と敵を切り裂いていく。
まるでバターを切り裂くように、滑らかにアグライアに刃が通る。
本来、アグライアの装甲は大口径の主砲でもなければ、ビームを一度耐えることができる程度に丈夫であるのだが・・・。
その秘密はムネモシュネが手にしているのは片刃の長剣にある。その剣は刃の部分が淡い光を放っている。荷電粒子の光だ。
敵をより容易に切り裂くために、剣の片側に限定して、荷電粒子を線上に流している。
一言でいえば、レーザーの刃をもった剣だ。
「目覚ましい活躍ですね。
戦術や技術で勝る側が戦略で勝る他方の側を倒すことというのは、歴史上、しばしばあることですが。
これを見るとむべなるかな。と思ってしまいますね」
アンドロポフの感想にジャンカルロはうなずくが、注を付けた。
「ただし、時間制限があるから、そこまで劇的な変化を起こすことはできそうにない。
とはいえ、これで突破口が開けたんだから、閣下たちには頑張ってほしいものだけどね」
「そう願いますな」
「もうそろそろ、彼女を呼び戻してくれ。これ以上は彼女の体が持たないだろう」