K5. I also thank my lucky stars!
ダンテは窓から星々を見ていた。彼は星を見るのが好きだった。
特に地球を眺めることには飽きなかった。青を基調として、白と緑のアクセントが加えられたその星は見ているだけで、どこか哀愁を感じさせた。
「どうした?緊張しているのか?」
ジョンが起きてきてしまった。
「悪い、起こしたか?」
「いや、俺も何だかよく眠れなくてな。眠りが浅いのさ」
そこでジョンは自分自身を落ち着けるかのように一呼吸おいた。
「死ぬことは無いんだろうとは思うが、それでもどこかで恐いと思っているんだろうな。
この船だって、いつ敵が襲い掛かってきてもおかしくないんじゃないかって」
二人が乗っている船は戦地における実習を行う士官学校生たちを載せていた。
そして、いよいよ明日が実習の行われる日だ。
ジョンとダンテは同室となり、明日に備えて寝なければならなかった。
「大事な士官候補生たちを危険な目にあわせるようなことは無いとは思うが、心配になる気持ちもわかる。
死が恐くない人間なんていない。正常な反応だよ。
死が恐くないとすれば、それは感覚が麻痺しているだけだ」
「俺だけじゃないか、そりゃそうだよな。
お前も恐かったりするのか?」
可愛い質問をする、と思ったが、空気を読んで、ダンテは口には出さなかった。
「そうだね。人間は理性だけでできていない。
昔、ある思想家が、理性以外の全てを失った者が狂人なのだといっていた。
非情に含蓄のある言葉だと思う」
「そうかもな」
ジョンはいつものように肩をすくめた。
「僕は、一回、お手洗いに行ってから、寝るよ」
そう言い残して、ダンテは部屋から廊下に出た。
真っ白な床材の廊下を歩く。
立ち止まると、艦の廊下の窓から、並んで航行している艦が三隻ほど見える
その奥に主力部隊であろう、数多の光の点が見える。
さらに、それら全体を恒星の核融合の光が包み込んでいた。
ダンテは、その光景に幻想的な雰囲気を感じ、見とれてしまった。
ふと背後に気配を感じて振り返ると、サラが立っていた。
「眠れないのですか?」
「お手洗いから戻る所だった。
景色がとても綺麗だったから、見ていただけだよ」
サラもダンテと並んで宇宙を見渡す。
「ダンテさんは落ち着いてるんですね。
私、どこかそわそわしちゃって、景色なんて気にしていませんでした。
思えば、艦隊が実際に航行しているのを見たのは初めてなのに」
二人の間に沈黙が流れるが、それは心地よい沈黙であった。
それは、どちらも別に何かを求めているわけではなかったからだろう。人はしばしば、他人に多くを求めることで、他者との関係を傷つけてしまうものだ。
「質問してもいいですか?」
ダンテは快諾した。とても気分が良かったから、知らないこと以外は答えようと思った。
「ダンテさんって、どうして軍人になろうと思ったのですか?」
「僕は貴族だからね。ノブレス・オブリージュという奴なんだ。
貴族は軍人になることが推奨されている。
僕の父も軍人であったらしい。ほとんどあったことは無いし、詳しいことはよく知らないから、軍にいれば、もう少し情報が得られるかもしれないという思いもある」
「そんな思いで」
「とはいっても、知ってどうなるのだろうという思いもある」
「私の場合は、家が大家族だったので、全員分の学資をまかなえるほどの余裕はなかったんです。それで、学費が無償で、将来の就職が約束されている士官学校に来たんです」
「民間に就職することは考えなかったのか?」
「考えはしたんです。
でも、引っ込み思案なところが災いして、就職先が見つからなかったので。
素直に自分の向いていることをすることにしました」
「案外、その方が幸福への近道なのかもしれない。
時々思うんだ。やりたいことをやれ、というが、それはあまりにも無責任な言葉で、やりたいことをやって、それでその人が野垂れ死にしたとき、果たしてその人は責任をとるだろうか。もちろんとらない。
君の人生に責任を持てるのは君しかいない。よく考えて決めたなら、それが正解だよ。僕は陰ながら応援することしかできないだろうけど」
「励ましてくれるんですね。ダンテさんは平民の私にも優しいですよね」
「貴族連中に平民を見下している奴は少なからずいる。ただし、それは、平民の中に貴族を単なる親の七光りだと馬鹿にするやつがいるのと同じだよ。
思っているよりも、そういう奴らは少ない。
特に軍の中ではね。ここは死の下で平等だよ」
そこまで言ってしまってから、ダンテは自分のやや過激な言葉遣いを恥じた。
「ごめん、変な話だった。
だから、人と話すのは嫌なんだ。余計なことばかり言ってしまうから」
「いえ、そんなこともないですよ。
ダンテさんのおかげで、この美しい風景を眺める機会ができたんですし」
「結構、ロマンチストなんだね」
自分のほうも、もっとロマンティックなことを言えればいいんだろうが、自分には向いていないとあきらめていた。
ダンテが腕時計を確認すると、部屋を出てから結構な時間が立っていた。
「もうそろそろ寝た方が良い。寝不足は良くない」
「明日に響きますもんね。集中力が下がるし、判断力も鈍りますから」
「何より肌に悪い」
真面目腐った顔をしてダンテがそう言うのが、サラには意外な感じがしてしまい、不フッと、すこし吹き出してしまった。
「これでも、僕もニキビができないように気を付けてるんだよ。
それじゃ、お休み」
「はい、おやすみなさい」
サラが微笑みを背に、ダンテは自分の部屋に向けて歩き出した。
翌朝起きると、不思議と爽快な気分だった。
「よう、機嫌がよさそうだな。いい夢でも見たのか?」
「夢も見ないほどいい眠りだったのさ」
時間ギリギリまで寝ていたダンテとジョンはすぐに食事をとり、AFに乗り込む準備をして、格納庫まで向かった。
ベアトリスが手を振っていた。よく見ると、その横で、サラも小さく手を振っていた。
「全員揃ったから、乗りましょうか」
「そうだな。ここであーだこーだ言っていても仕方がないしな」
格納庫には既に整備済みの第二世代AFの量産型であるアグライアが並んでおり、皆で各自に割り当てられた機体に乗り込む。
格納庫のハッチが開く。アグライアが軽くスラスターを吹かせて、どんどん宙へと身を投げていく。
第一小隊であるダンテの隊から指定されたポイントへと向かう。
指定されたポイントに着くと、教官がテレビ通信上で長々と演説していた。
こういう儀式みたいなもので、気が引き締まる者もいるのだろうが、ダンテたちの小隊はそうではないようだった。
ベアトリスは明らかに暇そうに作戦計画書を眺め出していたし、サラはどこか考えごとをしていた。そのうえ、ジョンに至ってはあくびをかみ殺していた。
ダンテのほうはと言えば、周囲にアグライアが陣形を形作っているのを見ていた。