K4. Precept
ダンテがシミュレーターを降りると、バタイユとフーリエはひどく気分が悪そうにしていた。コックピット部分が大破したとシミュレーターが判定したからだろう。
コックピットの損傷を認定すると、シミュレーターは人間が気分を害する衝撃波を発生させて、生徒に反省を促すようになっている。
「君達は基本が分かっていないようだから、私の方から当り前の事をもう一度言葉にして教えてやろう。
フーリエ、君は決して相手の挑発に乗ってはいけない。ましてや、相手の位置が分からないのだから警戒すべきだ。相手のペースにのみ込まれるな。
それから、バタイユ、接近戦で銃は不利だ。懐にはいられたら銃に頼るな。そして、想定外のことが起きても冷静になれ。いかなるときでも将校は自分をコントロールする必要がある」
二人は完全に委縮しきっていた。何も言えずにまごついているので、ダンテはさらにたたみかけた。
「見たところ、有望さのかけらもない。
貴様らの噂は聞いている。大した技量もないのに指導を名目に金員を受け取ったのだろう。詐欺同然だ。お前らのような半端者から授業を受けた奴らがかわいそうだ。彼らに受け取った金銭を返してやれ。
分かったか?」
まごついている二人はダンテは一喝した。
「さもなければ、詐欺もしくは恐喝の疑いで告発するぞ。
分かったな、早く行ってこい」
「は、はい」
二人はこれ以上ここにいることに耐え切れず、シミュレーションルームを飛び出していった。
「お疲れさん、ダンテ」
ジョンが声をかけてきた。
ベアトリス、サラ、ジョンの三人はシミュレーターによる模擬戦闘の一部始終を見守っていたのだ。
「随分手厳しいのね。
相手は格下なのよ。少し優しくしてあげたら?」
「ああいう手合いは優しくするとつけあがるのさ」
「でも、意外だわ。ダンテがあんなに熱くなるなんて。
普段は飄々としてて、関わりを持たないのに」
「僕は馬鹿が嫌いなんだ。特に、組織を根から腐らせるような大馬鹿者は」
「そう、それにしても、あなたって、本当にうまいのね」
「そうですね。見事な迂回機動でした。完全に相手はこちらを見失っていましたよね」
サラはなぜだか自分のことのようにうれしそうに話していた。
フーリエたちはダンテが瞬間移動したかのように感じただろうが、実際はもちろん違う。人類史上、瞬間移動が実現したことは無いし、現在の技術をもってしても不可能だ。
ダンテは建物の陰に隠れ、フーリエたちの死角に入ったまま、ただちに、建物を迂回してフーリエたちの後ろにまわっただけだ。
まあ、言うは易く行うは難しなのだが。
「迂回は基本的には愚策だ。特に相手がこちらの位置を補足している場合には。
今回は相手が冷静さを失った大馬鹿者だったから成功しただけだ。
実際の戦場では、相手が気づいた瞬間に、各個撃破されて終わりだ。
建物が機体の倍近くあったから、相手の死角に入ることができた。それに、相手が油断していたから成功しただけで、あまり褒められた戦術ではない」
サラは興奮して、ダンテに詰め寄った。
「でも、あそこまで綺麗に素早く無駄なく機動できるのはパイロットとしての力量が優れているからですよね。
エアリアル・フレームの機動性能を余すところなく活用できている人なんてほとんどいませんよ」
「あ、ありがとう」
サラはダンテと数十センチの距離まで近づいてしまい、ダンテは彼女の顔を至近距離でまじまじと直視することになり、顔を赤らめ、視線を外した。
まつげが長く、大きな目がクリッとしていたので、かわいらしい小動物のような印象を彼に与えた。
「す、すいません。馴れ馴れしかったですよね。あまりにすごかったので・・・」
ほおに朱がさし、彼女は恥ずかしそうにあとずさった。
「じゃ、せっかくだし、そろそろ、やりません?」
気の利くジョンが空気を変えてくれた。
「そうね、とりあえず、連携を軽く確かめておきましょう」
ベアトリスの言葉をきっかけに、各自、シミュレーターに乗り込んだ。
数時間もすれば、お互いの特性が分かった。
「俺たち初めての組み合わせにしては、結構いけたな。
通常ミッションは一通りクリアできたし」
それが、一時間後にシミュレーションルームを出た時のジョンの感想だった。