Kingdom 1. Rallying around him
「来る2月10日、RSFA卒業前に最後にして最重要な実習が行われることとなった。
つまり、君たちはそれを修了することで、晴れて卒業することができるというわけだ。
実習内容は簡単だ。戦場に行くことだ。戦場に行くとは言っても、実際に敵軍とドンパチしてもらうわけじゃない。いわば見学のようなものだ。
戦場の端からにはなってしまうが、現状を知ってもらう。
この実習は昨年から急遽行われている。
なぜか分かるか?ウェント」
シュテッティン教官が厳かに話をしている途中、士官候補生の一人を指名した。ジョン・ウェントは即座に席をたち、直立不動で発言した。
「昨年、連邦共和国テレインが我が国に対して宣戦布告を行いました。それを機に開始されたものだと考えます」
「その通りだ。今は戦時下だ。
街に出れば、人々がショッピングモールにあふれ、シネマへ足を運んだりしている。平和そのものだ。だが、我々は戦時下に置かれている。我々は戦争をしているのだよ。このことをより多くの国民に知ってもらうことは非常に有益だと当校では考えている。国民の支持無くして戦争はできないからな。特に士官候補生たちにはなおさらこの事実を知っておいてほしい」
そこから、教官は作戦計画の梗概を解説し、士官学校生たちが配置される予定の宙域について説明しだした。
生徒たちは皆、真剣な面持ちで背筋を伸ばして聞いていた。さすが、士官学校というべきだろう。
「詳細については各自で手元にあるデータを参照してくれ。
今後の予定もそこにある。グループ分けもすでになされている。スムーズに連携が取れるよう、あらかじめお互いに連絡を取っておけよ。
何か質問がなければ、ここで解散する。
質問はないようだな。では、解散」
教官のその言葉を合図に、教室は一斉に片手にタブレットを抱えた生徒たちを吐き出した。
士官学校では全生徒にタブレット端末が配布されており、多彩な機能が詰め込まれている。教科書やレジュメなどの教材はすべてタブレット端末を通じて学生に届けられる。また、学生証や教員や生徒同士の連絡プラットフォームなどの機能も有していた。背面にはRSFAのロゴが刻まれている。
RSFAとは、Royal Space Force Academyの略称で、王立宇宙軍の士官学校である。王国軍の士官を養成することを主目的としている学校であり、月面にある王国の首都郊外に設置されていた。
RSFAは軍人教育だけではなく、幅広い学問分野の研究が行われており、教養教育にも優れた学際的な学術機関である。そのため、次世代の王立宇宙軍幹部を養成するのみならず、政財界の要人をも輩出している。
士官候補生のダンテは教室を出て、カフェテリアに向かう。明るいカフェテリアは生徒たちが自由に使っており、談笑したり、勉学に励んだり、様々な人がいたが、ダンテは一人昼食をとっていた。
「おい、ダンテ、今度の遠足は同じ分隊だとよ。よろしくな。」
「ジョンか、よろしく。曲がりなりにも戦場に行くんだから、遠足とは言えないと思うけどな。
分隊の残りのメンバーは確認したか?」
「ああ、サラとベアトリスだと。合計で四人の小隊ってことだ。
どうする?俺まだ準備してないんだよな。」
「どうせ大した準備もないだろ。旅行に行くわけでもないんだ。
するにしても、サラとベアトリスに軽く挨拶しておくくらいだろ?」
「でも、これが卒業前最後の機会になるかもしれないだろ。
軍で出世街道を歩む奴もいれば、民間に就職する者もいる。
卒業したら、みんな離れ離れ。これが最後の思い出作りってわけじゃん?」
「気持ちは分からなくもない・・・」
口ではそう言っているが、ダンテは心の底ではどうでもよかった。誰かと深く関係することは少なく、思い入れも薄かったからだ。
とはいえ、ジョンは陽気な奴なので、一緒にいて退屈しないだろうから、ありがたかった。
ジョン・ウェントは茶髪の男子学生で、陽気な奴だ。
男のダンテから見ても気持ちのいい奴だった。持ち前の明るい性格のおかげで、モテるらしい。よく女子生徒と談笑しているのを見て、なるほどこういう奴がモテるのか、どちらかと言えば辛気臭い自分とは縁遠い世界だなとダンテは思っていた。
ダンテは自分のタブレットを開き、シュテッティン教官が作成したであろう予定表、メンバー分けなどにサッと目を通す。確かに、自由時間が多い。戦場では無聊を持て余すに違いない。学校側も中途半端なことをするものだなと思った。
「俺らの分隊は学年でも成績優秀な方から4人集められているってことだよな」
恐らく、その通りだ。総合的に見れば、ダンテがこの学年の首席で、そのほかの三人も彼に続く形で、優等生として数えられていた。とはいえ、その三人は、場面によってはダンテよりも優れた能力を見せるというのが教官たちのもっぱらの意見だった。
「ちと、バランス悪いと思わねえか?」
「どうだろう。速い馬と遅い馬を一緒に走らせても大した意味はないと判断したんだろ」
「酷い言い草ね。ダンテ。人に聞かれないようにした方が良いわ。
あんた、敵を作るわよ」
銀髪の女学生がダンテに注意する。彼女の後ろに暗赤色の髪の女学生が隠れるようにして立っており、やや気後れしているようだった。
「よう、ベアトリス、サラも一緒なのか。ちょうどよかった。ここ座れよ」
ジョンの誘いを受け入れて、ベアトリスとサラはジョンたちと同じテーブルにお盆を置き、食堂のソファに腰かけた。銀髪のボブヘアの女学生の方がベアトリスであり、やや勝気なところがある一方で、赤髪を長く伸ばし三つ編みにしているサラは人見知りするようで、初めて話をする相手であるジョンとダンテにおどおどしていた。
「見たか?来週の実習、一緒の班だってさ」
「見たわ。だから、サラと昼休みに話しておこうと思って一緒にカフェテリアに来たのよ。そしたら、あなたたちがいたの。ね、サラ。」
「はい、コミュニケーションが取れる程度にあらかじめ親睦を深めておくというのも、必要だと思いまして」
「じゃあ、改めて自己紹介でもしとくか。
俺はジョン・ウェント。もうすぐ卒業になっちまうが、最後まで楽しくやろうぜ。
卒業後は軍に行かずに、民間企業に就職する予定だ。ウェントホールディングスって所なんだが、もし何かビジネスの機会があったら、ごひいきにな。短い間になるかもしれないが、よろしく頼む」
「噂には聞いていたけど、本当にウェントホールディングスなのね」
ジョンは肩をすくめた。それが彼の癖だった。
ウェントホールディングスは、王国でも有数の財閥系企業であるウェント財閥の持ち株会社である。ウェント財閥はウェントホールディングスを頂点として日用品から輸送用機械まで様々な製品を生産するだけでなく、金融業やエンターテインメント産業まで手広くビジネスを行っているという。
「私はサラ・フレイザー。今のところ王立宇宙軍参謀本部情報部情報分析課への配属予定です。よろしくお願いします」
やや緊張した面持ちで、静かに自己紹介した。
「将来は参謀本部の情報分析官か、よろしく頼むよ。僕はダンテ・リューネブルク。
リューネブルク侯爵家だけれども、ご存じの通り、軍において爵位は役に立たない。
今のところ、参謀本部作戦部に配属予定だ。
今後も交流があるかもしれないからよろしく。ちなみに、ベアトリスも作戦部だ」
「ダンテ、勝手に私の自己紹介をしないでくれないかしら。
私はベアトリス・ブラウンシュヴァイク。ブラウンシュヴァイク伯爵家だけど、彼の言う通り、爵位は軍ではあまり意味ないわね。
私も参謀本部作戦部に配属予定よ」
「参謀本部への配属者が3人か。成績上位者同士で固めてるんだろうね。
エリートさんたちばっかじゃねえか」
「ウェント、あなたに言われたくないわ。ウェントホールディングスへの就職でしょ。
将来は小国の国家予算を超える規模の大企業の幹部。いったいいくらの年収になるのでしょうね」
「おいおい、あんまりおだててくれんなよ。ただのコネ入社さ」
「低能がコネ入社できるような企業は今頃既に倒産しているわ」
「ベアトリスの言うとおりだ。過度な謙遜は嫌味になる」
ダンテの率直な言葉にジョンは苦笑いして肩をすくめた。