序
第二次人類大移動。
23世紀から本格化した宇宙への人類の入植は、そのように呼ばれる。
20世紀から21世紀という時代は概ね幸せな時代であったと言えよう。地球にはまだまだ未開発の地域が多く存在し、発展の余地が十分にあった。経済成長は留まることを知らず、世界全体が発展していった夢のような時間であった。人々は真面目に働けば、自分の食い扶持くらいは稼ぎ、生きることができる。そんな時代は人類史を広く見れば、ごくごくわずかであり、それまで長年にわたって行われてきた口減らしのような慣行ももはや不要となったという点を見れば、このように評価することもそこまで不思議ではない。
経済成長は人々に職をもたらし、自分自身ひいてはその家族を養う余裕を与えた。しかし、これは同時に爆発的な人口増加を下支えすることを意味した。問題は地球の資源だけで暮らしていくことが難しいということであり、それは21世紀の終わりには誰の目にも明らかだった。
これに追い打ちをかけたのは22世紀中に続々と登場したイノベーションであった。技術革新は、雨後の筍のように次々と発生した。このため、労働力の大部分は機械によって代替されてしまい、職を奪われた失業者が大量に発生し続けた。地球全体の傾向として経済は慢性的な高失業率に苦しんだ。これを背景として、人口の停滞、犯罪率の上昇など、世界情勢は不安定化の兆しを見せた。
このような状況下で宇宙というフロンティアを開拓しようという機運が高まるのは道理であった。経済成長を遂げる中で生じた種々のイノベーションは無重力下における人間活動に必要な技術を提供したことも相まって、これはにわかに現実味を帯びた。すなわち、イノベーションによって新たな労働の場所を求めた人類は宇宙進出をしたのだ。さらなる資源を求め、人類がニュー・フロンティアへと旅立つことは必然的な成り行きだった。
これが幸福なことであったかどうかは怪しいものだった。というのも、社会の大変動というのは通常、混乱を伴うものであり、この場合も例外ではなかったからだ。ただ、他に道は無かった。
国家、企業、資本家などが続々と宇宙開発に乗り出した。統一的な政府がない宇宙においてはルールなどあってないようなものだった。国家でないがゆえに自身に国際法の適用はないと宣言した企業や資本家群は、次々に宇宙で勢力を増した。自分たちだけが宇宙条約等に縛られていることに不満を覚えた国家は条約から離脱し、それぞれの利益を追求したため、宇宙条約は結局、意味をなさなかった。様々な主体がこぞって宇宙における利権を主張し、多様な勢力が角逐する時代が到来した。
この宇宙という無法地帯で、各主体は宇宙開拓で生じた利益を相争って手に入れようとした。詐欺、脅迫、恐喝、ペテン、時には実力行使まではびこるようになった。
この宇宙における争いは地球も無縁ではいられなかった。宇宙で生じた争いは地球上において様々な主体と複雑に絡み合って、問題をさらに複雑化した。
もはや、誰と誰が争っているのかも分からない混迷の日々が続いた。
今のところ固有名詞がほとんど登場せず、抽象的な話ばかりになってしまっているのは申し訳ないが、そうなってしまうのには理由があるのだから許してほしい。
度重なる動乱により記録が十分に残っておらず、多くが散逸してしまっているのだ。当時の記録は多くが焼けてしまっているか、宇宙の塵となってしまっており、具体的なことがごく一部しか残っておらず、推測の域を出ない部分も多い。
そのため、人々はこの期間を暗黒時代と呼びならわしている
とはいえ、この暗黒時代というのも、永遠ではない。
人類大移動後の混迷の日々、すなわち暗黒時代を経験した人類は徐々に国家や社会を再編していった。様々な勢力が集合離散を繰り返すうちに、着々と実力をつけてきた複数の国家が登場した。中小の諸勢力はこれらに収斂していくこととなった。
地球上に成立したのはガイア王国である。ガイア王国の君主、フランツ3世はガイア王国の拡大に努め、実力で地球上の中小諸勢力を併呑していった。そしてついに、西暦2500年9月10日にガイア帝国を成立させた。記念すべき帝国の成立の日である。起源を改め、ここに帝国歴元年が成立した。そして、帝国は地球の大半の領域を統治する覇権国家となる。
一方、宇宙では月を中心としたルナ王国の成立を見た。地球と宇宙全体との中継地点として機能する月は宇宙における経済的優位を確立し、宇宙随一の国家となった。さらに、月に集積する技術をも手に入れた。つまり、月を支配した王国は、宇宙の中でも圧倒的な経済力と技術力を手に入れることとなった。
地球の覇権を帝国が、宇宙の覇権を王国が手中に収めたと言って過言ではないだろう。
では、両方の覇権を手に入れること帝国と王国は目指したか?覇を競うことをしたか?
答えはNoである。帝国と王国は共存共栄の道を進んだ。どちらも特にその必要を感じていなかった。
歴史的に見れば、帝室と王室とはしばしば婚姻関係を結び、帝国と王国の友誼を確かめ合っていた。これも相まって、帝国と王国は、お互いの領域を犯さず、お互いの覇権を認め合うという安定的な関係を築くことに成功した。
帝国が地球の覇権を得ることができたのは王国の助力があったためだったし、王国が宇宙の覇権を手に入れられたのは帝国の助力があったためだった。帝国は王国に地球の天然資源を優先的に輸出し、王国は帝国に宇宙の鉱産資源と製品を優先的に輸出した。これにより、互いの領域での覇権確立が容易になったのだ。
交易を円滑にするために互いの領域において拠点をつくる事を許した。
月には帝国の拠点ルテティアが、地球には王国の拠点コロニア・アグリッピナを成立させた。
結果として、自由な交易を通じて、互恵的な関係を築くことに成功していた両国は、長きにわたる平和と繁栄の日々を享受する・・・かに思われた。
西暦3000年9月10日、帝国成立500年記念式典が執り行われた。
古代ギリシアの神殿を思わせる白いスタジアムが設営され、式典に厳かさを与えていた。
荘厳な雰囲気のもと、式典会場で、皇帝フェルディナント7世自身が詔書を読み上げることとなった。
「・・・・・本式典は500年の長きにわたつて繁栄を続けてきた帝国の軌跡を記念するものなり。
朕思うに、そもそも、帝室の存亡これ、帝室と貴族並びに人民の不断の紐帯に・・・・・」
その先が皇帝フェルディナント自身の口から読み上げられることは決してなかった。
民衆は遠くに見える皇帝の御姿が揺らぐのが見えた。
皇后エリザベートの耳をつんざくような金切り声によって、スタジアムに集まった群衆はようやく気が付いた。
皇帝が凶弾に倒れたのだと。
この乾いた音を合図として、重武装した共和主義者たちが乱入し、スタジアムが混乱の渦と化した。
共和主義者たちは出席していた皇族、高位貴族の当主、高級役人、そして、その場に出席していた民衆を手にかけた。その血で白いスタジアムのあらゆる席は真っ赤に染まった。
これが、世にいうスタジアムの虐殺である。
総勢約20万人がスタジアムの床を濡らすこととなった。
当然、これで共和主義者たちが終わることは無かった。共和主義者たちの要求は帝国の国体の変更であった。彼らは、即座に、各地で決起しした。一部の貴族、上層市民、軍人、聖職者などが参加していた革命派は革命の完遂を目指した。
これに対し、完全に帝国政府の指揮系統は混乱していた。皇族、高位貴族の当主、高級役人が一挙に失われた今、混乱するなというほうが無理であっただろう。
革命勢力は政府が組織的な抵抗ができていないことを察知して、なだれ込むように各地を支配下に収めていった。各地の軍部を占拠し、確実に手中に収めていく。
たったの一週間で帝国の大部分を手中に収めることに成功した。
帝都レーミッシュは早々に陥落し、9月30日に共和国政府の樹立を宣言し、ここに革命政権が誕生した。
その素早さは見事と言わざるを得ない。が、やり口は極めて暴力的であった。反対派は既に多くが牢獄の中に、収容され、劣悪な牢獄内の環境により半数以上が病死した。運よく病の手から逃れたとしても、裁判とは名ばかりのリンチで処刑された。
そして、人民は恐怖政治を前にして沈黙した。
一方、友好国である王国はこの事態に手をこまねいていたわけではない。
革命の報を受けて、すぐさま王国首相エアフルトは王立宇宙軍に対し、月の拠点ルテティア占領を命じ、地球降下作戦の立案を命じた。目的は残存している皇族および高位貴族を救出することであった。また、直ちに革命政権に皇族と高位貴族の解放を要求した。
革命政権がこの要求を拒否したことを確認すると、王立宇宙軍はルテティアの革命軍を蹴散らし、即日、占領した。
この際、新兵器が実戦投入された。エアリアル・フレーム、通称AFである。無重力における人間の自由な活動を実現するために作成された汎用人型機動兵器である。
AFの活躍もあって、宇宙軍側にはほぼ損害がないままにルテティア駐留軍は壊滅した。
さらに、王国首相は地球降下作戦について、上下両院の同意を取り付けた。
王国首相の対応は迅速であったが、革命政権はそれを上回る速さで事態を展開させた。
皇族の公開処刑である。
しかも、その様子は全世界に放映された。
王国政府のみならず、王国国民にも衝撃を与え、新たな時代の幕開けを否が応でも実感させられた。
なぜ、処刑を共和主義者は急いだのだろうか?
理由は簡単だ。生き残っていた皇族が後に自分たちの政権を脅かしかねないと判断したからだ。彼らが主宰する国民公会に、捕まっていた皇族たちが引きずり出され、自由と平等を謳った革命の美名のもとに、全員の公開処刑が決定された。
「一歩遅かった」
エアフルトはそう語ったとされるが、誰も責めはしなかった。名宰相と呼ばれた彼以上の対応を期待する方がおかしいというものだ。
しかし、彼は落ち込んでばかりはいられなかった。
降下作戦が実行されたが、王立宇宙軍側の戦果は思わしくなかった。
宇宙軍は宇宙での軍事行動に関しては他の追随を許さなかったが、重力下での軍事行動については研究が不十分であり、不慣れであった。長年、最友好国が統治する地球で軍事行動を大規模に展開することを考えていたものは皆無に等しかったのだ。そして何より、虎の子であるAFは宇宙用に開発されていたため、重力下では使用することができなかった。
だが、それでもなお王国は優勢であった。
というのも、革命政権では権力闘争が激化しており、革命政権内部が混乱し始めていたからだ。そのため、革命政権側は十分な軍事的抵抗が出来なかった。
かくして、第一次革命戦争は王国が優勢のまま、終結した。
数か月という短期間で決着した第一次革命戦争終結に際して、王国と革命政府の間に講和条約が結ばれた。
講和条約の主な内容は以下の四つである。
1,地球宇宙間の通商を再開する
2,王国は、革命政権がグローブ連邦共和国を樹立したことを認識し、連邦共和国テレインに対し国家承認を行う
3,共和国は、現在生存している旧帝国貴族が、王国へ亡命する権利があることを認める
4,共和国は、円滑な貿易の実施のために、王国に対し、地球上で交易拠点としてコロニア・アグリッピナを利用することを認め、関税自主権を喪失する。
1については両者異存なかったが、問題となったのは2から4であった。
とりわけ共和国側は4の内容について酷く不満をもったが、共和国大統領は国内をまとめ上げ、事実上の敗北を認めるに至った。
講和条約により、ルナ王国とグローブ連邦共和国との間には、平和が訪れた。
しかし、その平和はあくまでつかの間の平和に過ぎなかったこと。
西暦3014年9月29日、共和国は、ルナ王国に対し、宣戦布告した。
第二次革命戦争、のちに三年戦争と呼ばれる戦争の始まりである。