暗殺天国
別に中世ヨーロッパに学園があったって良いだろ!
誰でもいいから少し話を聞いて欲しい。
あまりにもあんまりな話に、普通の人間は唖然とするだろう。
文明レベルは中世ヨーロッパ。
貴族制度真っ只中。
派閥争いだってある。
そんな中で貴族の子女を親元から離し、国の一カ所に集める。
前世で言うところの学園に、国の未来を担う人材が結集させられるのだ。
テロや他派閥どうしの暗殺でも誘っているのだろうか。
近隣諸国全てのプロの暗殺者、テロリストたちを24時間365日一人残らず撃退できるし生徒やその従者にも誰一人殺させませんという表明であるならそれは素晴らしいことだろう。
実現できなければアホの極みだが。
そもそも学園のメリットは生徒全員に同じ内容、水準の教育を施せることにある。
地位や御家の役割によって学ぶべきことが違う中世ヨーロッパ文明に学園など、百害あって一利無しである。
────というマジレスは友達のいなさそうな空気読めない奴にでもさせておくとして、その文句に対するこたえは「所詮現代日本人のために作られた娯楽フィクションだから深く考えるな」が正解だろう。
娯楽では“楽しい”が正義。
異世界ファンタジーには学園があった方が面白い。
作者がそう判断すれば、現実的にあり得ずともその世界に学園は建てられるのだ。
その矛盾を気にするかしないかは消費者個人の自由。
と、ここまで長々と語ったところで漸く本題だ。
この世界は現代日本人のために作られた娯楽フィクションの世界である。
例え中世ヨーロッパ文明が土台でも。
日本に原作ゲームが存在するこの世界では、学園だって婚約破棄だって恋愛結婚だってあるのだ。
ふーん、いつものじゃん。
ネット小説でよく見た。
そんな呑気なことを言えていたのも私がその娯楽の消費者側だったからだろう。
現地人として憑依転生した私は、この欠陥だらけの世界設定に絶望していた。
アメノ・アマリリ24歳女性
公爵令嬢のメイド兼付き人
お嬢様は今年で10歳。今はまだ多少我が儘なだけの愛らしい子どもだが、将来は断頭台に立つ悪役令嬢。
明日から全寮制の学園へ行かれるのだ。
そう、アサシンの、アサシンによる、アサシンのための学園へ。
勿論テロリストもいるよ。
◇◇
ネット小説において、メイドとは万能の存在である。
特に戦闘力は兵士や騎士よりも高く、作中薙いでも屈指の強キャラであることも少なくない。
メイド服の内側に暗器を仕込むのも鉄板か。
チート憑依転生者である私も例に漏れず、戦闘も熟せるスーパーメイドである。
服の中には暗器も常備。
メイドの制服を騎士風にアレンジした改造メイド服に身を包みながら、メイン武器は暗器。
特技はお茶入れと暗殺。
何処のオタクの性癖だ、と突っ込みたい。
そんな私がお守りするのは10歳の公爵令嬢。
目に入れても痛くない、可愛い可愛いお嬢様だ。
馬車の中からしばらく見納めの街の様子を眺めていらっしゃる姿もまた愛らしい。
「あの平民、事もあろうにこのわたくしを睨み付けましたわ。この区画の納税義務を1.3倍にしなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
流石お嬢様。
短絡的に殺すのではなく連帯責任で内側から攻めるとは恐れ入ります。
もしここで「お前ムカつく」と首をはねれば、この街の住民はお嬢様、ひいては公爵家に恐怖や憎悪の感情を少なからず向けるだろう。
前世より人の命が軽いとはいえ、人殺しの場面を直接見るのは堪えるものだ。
だが、連帯責任で圧力をかければ違う。
「あいつのせいで俺たちまで……!」と、内輪揉めさせることで罰を与えると共に公爵家以外の敵を作り、クーデターを予防する効果がある。
御家のこともしっかり考えてらっしゃるとは、聡明にして愛に満ちあふれている。
平民の露天商如きが公爵家令嬢を睨み付けるだなんて、本来なら殺されて当たり前なのに。
どうしてこんなにも寛大にご成長されたのだろうか。
とてもこの先悪役令嬢として断罪されるとは思えない。
慈愛の女神の化身だと言われても驚かない自身がある。
ところで、身分制度と平等思想は共存できない。
平等が正義だった現代日本で身分制度が悪だったように、身分制度のある世界では平等は悪だ。
勿論理不尽に民を虐げていい訳ではないが、だからといって同格でもない。
王家に選ばれし栄誉ある貴族とただの平民が同じ価値などと、不敬なんて言葉では言い表せない。
選ばれし者にはそれなりの態度が要求される。
選ばれていない者と対等に付き合おうとすることは、貴族の称号を与えてくださった王家への侮辱でもあるので貴族転生初心者は気をつけた方が良いだろう。
間違っても「王家がくれた地位は平民と同程度です」などと、煽り散らさないように気をつけた方が良い。
だが。
この世界は現代日本人の娯楽世界。
当然身分制度と平等=美しい・正しいといった相反する考え方が大半の貴族の中でも共存している。
馬鹿みたいな話だが、これが本当なのだから大変だ。
お陰で原作では平民主人公を虐めただけの心優しいお嬢様が断頭台送りにされたのだ。
本当は身分の差的に殺すことだって出来たのに、嫌がらせ程度に踏みとどまって差し上げていた恩を仇で返し、被害者面をしていたあの主人公は許さない。
そもそも魔法が使えるからと平民に学を与えるなよ、革命されたいのか? という王家への不敬な疑問も娯楽世界だから捨て置こう。
実家の場所がわからなかったから学園が始まる前に主人公を殺すのは諦めていたが、学園が始まったらなるべく早い段階で殺しておきたい。
学園なんていう中世ヨーロッパの治安を過信したバカみたいな建造物が良い隠れ蓑になる。
飲食物に毒を仕込むのもいいし、食堂とかで雇われている平民を使うのも良い。
休み時間や移動教室の際に襲うのも良さそうだ。
そこら辺にいるテロリストを使って主人公のところに侵入を手引きし、暴れさせるのはどうだろう。
最悪私の出自を改ざんしてテロリストの一員だったという身分を偽装し、爆弾くくりつけて主人公と共に爆ぜるという手もある。
学園という広大な敷地を、どの派閥の力も借りずに運営するなどと王家でも不可能。
設備点検や教師の補充など、不特定多数の人間が出入りするのでプロ不審者なら侵入なんぞわけもない。
まさに暗殺天国。
もしかして、王室は貴族間で気に入らない政敵を殺すためのバトルロワイヤルとして学園の設立を許可したのかも知れない。
そして生き残った強者だけが真の貴族として政治に参加する、とか。
流石にないか。
◇◇
貴族制度と恋愛結は共存できない。
貴族とは家格を維持、向上させなければ没落してしまうのだ。
そうなれば雇っていた使用人や商売相手、信じて付いてきてくれていた者達を路頭に迷わせることになる。
領民だって、他所の領地と統合されたら「新参者」として扱いが悪くなるのは自明の理。
貴族には責任がある。
王族など更に、だ。
婚約破棄は間違っても王子が勝手にやってはいけない。
というか、常識的に考えて最終決定権は父親にあるので、王子に決定権はない。
だが。
ここは現代日本人の娯楽世界。
現代の結婚観によって“王子が自由恋愛にうつつを抜かして家どうしの最大級の政を突然白紙にするどころか泥を塗りたくる”という、所謂婚約破棄がまかり通る地獄の矛盾世界である。
この地獄で優しい優しいお嬢様を守り切るには、私がチートを駆使して暗殺の鬼にならなければいけない。
だが悲報があれば嬉報もある。
お嬢様の婚約者、国の第一王子様も御年10。
他の貴族の子女同様、世界一警備の厳重な王城から離れて不特定多数の人間が出入りせざるを得ない、貴族派(反王族派)の力も及びやすい学園にやってくるのだ。
これでは王様が暗に「うちの息子を誰か暗殺してくれないか」と言っているのではないかと勘違いしてしまう。
まあ、流石に私は王族まで殺そうとは思わないけど。
寧ろ王国民としてその尊いお命はお嬢様と並行して護るのが理想だろう。
だが私は護衛や暗殺などでお嬢様を護るのに手一杯になると思うので、王族の専属護衛に頑張ってもらわなければならない。
唯一の救いは、ここが現代人の倫理観に合わせて作られた世界だということか。
この学園に登場するキャラたちは基本、「中世ヨーロッパ文明の価値観」と「現代日本人の価値観」を同時に併せ持つ。
端的に言って、本物の中世よりかは治安が良い。
まあ作者の裁量によって天秤がどちらにもふらふら傾くことが可能なので、これっぽっちも当てにならないが。
本当に危険がいっぱいの恐ろしいところだ、学園というのは。
学園なんて一定以上の治安と良識と倫理が社会全体に無いとたどの蠱毒だゾ……。
俺の世界では中世ヨーロッパ文明だけど治安と良識と倫理は現代並でーす!
思想だけ発展しすぎて文明自体が進んでいないのはどうしてなんですか。
そもそも進んでる進んでないってそれ、地球を比較対象にしたときの進行度ですよね?
そっすね。
極論、創作に正解は無い。
但しある程度の理由付けは必要。読者が物語に没入感を得られないので。