白雪姫殺害計画 4
◇
スノウへの突撃訪問が終わり、瞭雅たちは拠点への帰路を辿った。緑の木々に覆われた道とも言い難いけもの道を、赤ずきんが先導して慎重に歩く。小人たちの家は、最も近場の街リゾルテから、瞭雅たちの出会いの場である森──ウルドの森というらしい──に入って、徒歩で三十分程度かかった。
「毎回三十分も山道歩かなきゃなんねぇの、結構ダルいな」
「行くとしてもあと数回なので、そのぐらいは我慢してください」
「あと数回?」
「春はすぐに来てしまうので」
なぜここで春の話が出るのか一瞬首を傾けた瞭雅だが、すぐにバッドエンドの内容を思い出した。
「『春の邂逅とともに散る』……か」
「私たちがここに来た日付が二月一日のことを考えると、おそらくは二月四日の立春──暦上での春のことでしょう」
「じゃあ……あと三日しかないっつーこと? ハードスケジュールだなオイ」
「でも、今回の作戦でだいぶ収穫があったと思いません? 《《私のおかげ》》ですね」
赤ずきんは煽るような顔を見せつけてきた。暗にお前は役に立ってないと言っているようなものだが、実際そうなので反論のしようもない。今回の作戦の成果は、すべて赤ずきんの功績だろう。瞭雅はまさにウドの大木だったことを自覚していた。それでも、赤ずきんの煽り顔は鼻につくが。
「啖呵切り始めたときはどうしたかと思ったが……お前、スゲェな。かっこよかった」
「惚れました?」
「ハイハイ、惚れた惚れた」
おざなりな返事をする瞭雅に、赤ずきんは一瞬不満げな表情を見せたが、すぐにいつもの表情に戻る。意外と表情豊かだが、こういうところが嘘っぽくて胡散臭い。
「んで、この後はどうすんだ」
「王城を調査しましょう。継母と接触したいです」
「調査しましょうっつても、俺ら入れないだろ」
予想通りの反応だったのか、赤ずきんはしたり顔をしてバッグを探リ始める。
「そこで……これです!」
赤ずきんが取り出したものは、自動執筆日記ことルージュの脚本だった。
「日記がなんの役に立つんだよ」
「日記? ノンノン。この物語はルージュの脚本なんです。つまりはここに書かれた脚本を書き換えると、『世界』がその通りに変容するチートアイテムなんですよ」
この世界の脚本とは、瞭雅たちの世界での運命のようなもの。確かにそれを書き換えれるならチートだろう。だがそれなら、結末を書き換えるという荒技が通じてしまうはずだ。
「結末は変えられないんだよな?」
「えぇ、それは無理です。この世で起きるすべての事象は、因果関係を持っています。脚本を書き換えるとは、因果を捻じ曲げることと同義。多かれ少なかれ矛盾が生まれます。オオカミくんは、矛盾だらけの物語をどう思いますか?」
「どうって……それはもう話として成立してないんじゃないか?」
「その通り! あまりに大きすぎる矛盾を生むと、この『世界』は成立しなくなる──つまりは崩壊してしまいます」
「崩壊……」
「私たち諸共ね。ちなみにバッドエンドを迎えると、『世界』は再構成されるので、その際部外者の私たちは『世界』に存在を抹殺されるでしょうね」
「抹殺……」
物騒な言葉に改めて自分たちの状況を理解し、身体がわずかに強張った。下手したら死ぬんだ。気負うことなくその話をするのを見るに、赤ずきんは失敗することなんてまったく考えていないようだが。
「なので書き換えが使えるのはせいぜい一回か二回ですね。で、今回はそれを一回使って探偵にでもなりましょうか。もちろん、ただの探偵の方です」
「はあぁ? 普通そこは王城の使用人とかそんなとこだろ、なんで探偵⁉︎」
「なぜって……調査といったら探偵でしょう? あと私、譚訂ですし」
「連想ゲームかよ! つかさっき自分で矛盾作っちゃダメって言っただろ。事件もないのに探偵が入れるか!」
「事件がない? 冗談やだなぁ、オオカミくん。あるじゃないですか、とっておきのが」
赤ずきんはそう言って、唇に意地悪な皺をちょっと刻んだ。
「──王女失踪という、とんでもない事件がね」
◇
リゾルテの街は、日本では絶対に見られない新鮮な光景で埋め尽くされていた。レンガ造りの荘厳たる中世ヨーロッパ風の建物があまたにそびえ立ち、少し遠くに視線を移すとそこには巍然たるこの国の支配者──王城が屹立している。
最初は声をあげて驚いたものだが、これで対面するのは三度目。さすがに目も慣れてきたようだ。適当に外で昼食を取った後、景色を眺めるのはそこそこに先に拠点に入っていった赤ずきんの後を追う。
拠点は特にこれといった特徴はなく、街並みの中に紛れるただの一軒家だった。なぜ家を持っているのかと赤ずきんに尋ねたが、上手い具合に誤魔化されて理由はわからない。
「さて、時間もありませんし早速やりましょうか」
「おう」
中に入ると、既に赤ずきんは席についていた。瞭雅が向かいに座ると、赤ずきんはナイフで指先をわずかに切り込みを入れ、テーブルに垂れた血をインクに文字を書き込み始める。
『王城で起きた事件の解決の目処が立たないため、『赤ずきん』と名乗る茶髪美少女の名探偵と、黒髪強面の助手『ウォルフ』へ協力を求めることになる』
「……なんだこれ」
「何って、書き換えた脚本ですけど」
「普通に名前で書けばいいだろ」
「私たちは登場人物じゃないので、書き換えに直接絡めることはできないんですよ。なので客観的特徴などを書いて、それが私たちだと登場人物に認識してもらうんです」
「客観的特徴、ねぇ……」
向かいに座っている瞭雅の、まじまじと眺めてくる不躾な視線に気づいたのか、赤ずきんが睨み返してきた。
「なんか文句あります?」
「いや、確かに顔は整っているなと」
「『は』? 今『は』とおっしゃいました?」
「ははっ、気のせいじゃねぇの」
適当に誤魔化したが、赤ずきんの目は未だ懐疑心を宿したまま。そんな顔でいきなり音を立てて椅子から立ち、玄関の方に向かい始めるから肝が冷えた。歩みは止まらず遂には扉の前に到達し、鍵を回す音も聞こえてきて、言い過ぎたかと本格的に焦る。
「おっ、おい。本気にすんなよ、悪かったって。お前は中身もいい! 完璧だ!」
とりあえず褒めまくったが、赤ずきんは瞭雅に背を向けたままピタリとその動きを止めた。漂う主成分気まずさ沈黙。変なことを口走った自覚がある後では殺傷能力の高すぎるそれになんとか耐えていたら、赤ずきんが急に肩を震わせ始めた。
「ごめっ……」
「あははは!」
あまりにおざなりなお世辞に泣かせたかと思い至り、急いで謝罪を入れようとしたが、突如響き渡った笑い声で一蹴された。その後振り向いた赤ずきんの目には、確かに涙が浮かんでいた。ただ、瞭雅が想起した涙とは一八〇度意味が違っただけで。
「そんなに私を褒めてどうしたんですか? 客人がそろそろ来るので、事前に鍵を開けといただけですよ?」
「早くね⁉︎」
つまりはすべて瞭雅の勘違いだったわけだが……めちゃくちゃ恥ずかしい。なるほど、穴があったら入りたいとはこういうことを言うのか。
「つーか今の絶対狙ってやっただろ! お前やっぱいい性格してるわ」
「そりゃあもう。私、『完璧』ですから」
「それはもう忘れろ! 忘れてくれ‼︎」
「さあ、どうしましょうかね?」
しっかり言質を取って煽ってくる赤ずきん。あとわずかで言い争いになりそうな雰囲気だったが、第三者の介入によってそれは断ち切られた。
───コンコンコン
先程話に出た客人だろう。赤ずきんは瞭雅の隣に座り直し、体裁を整えて迎い入れる準備をした。それに倣い、瞭雅も真面目な表情を取り繕う。
「どうぞ。鍵は開いてますよ」
「失礼する」
低音の挨拶とともに扉から表れたのは、痩躯な齢四十ほどの偉丈夫だった。短めの濃い茶髪に、輪郭が見える程度に蓄えられた髭。身分を隠すためか服装はそれなりのものだったが、格好では隠しきれないほどに所作や雰囲気に高貴さがある。
「貴女が赤ずきんに違いないか」
「いかにも。私が探偵赤ずきんです」
それから赤ずきんがこちらに目を向けたので、瞭雅ではない方の名前で挨拶をする。
「……助手のウォルフです」
「座ってください。ご依頼でしょうか?」
赤ずきんに促され、男は瞭雅たちの向かいに座った。
「ああ、その通りなんだが……口は固いんだろうな」
「もちろん。守秘義務は果たしますよ、命に代えても」
「なら、極秘で依頼したい。内容と報酬については、申し訳ないが承諾した後にしか話せない。だが、満足できるほどの額は出せると約束しよう。受けてくれるだろうか?」
依頼人は契約書のようなものを赤ずきんに差し出した。赤ずきんは数十秒かけてそれを読み、ひとつ大きく頷く。
「……いいでしょう」
赤ずきんがサインをし終え、瞭雅の方に流した。書かれている言語は、意外にも日本語。だが赤ずきんが読んだだろうし、瞭雅は確認せずにそのままサインした。
「それで、その内容というものは?」
もう既にわかっているので、問う必要はない。ただ形式にのっとっているだけ、のはずだったが……
「王城に勤める使用人が、同じような手口で連続不審死しているんだ。その調査を頼みたい」
「…………」
ふたり分の沈黙がやけに重く響いた。こんな展開、さすがの赤ずきんにも想定外だったのはわかる。だが言わせてほしい。
「どういうことですか、赤ずきんさん?」
「……さあ、私にもさっぱり」
──お前がお手上げポーズしたらおしまいだろ……。
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