白雪姫殺害計画 3
◇
「一人目はシャルル──私の乳母だった」
それから始まった告白は、スノウの淡々とした声とは裏腹に、過酷極まるものだった。
「私が最初に死んだ六歳の誕生日から、私に近しい人が次々に変死していった」
「病でもない、事故でもない。なぜ死んだかすらわからない、呪いに殺されたような死に方」
「私に原因があるんじゃないかと考えるのは当然だった」
「それで診てもらった呪術師に、こう言われたの」
「『貴女は特殊な体質のようだ』」
「『生きているだけで、周りから生命力ともいえる魔力を奪い続ける、そういう体質』って」
「それが不死の代償だとすぐにわかったわ」
「自分が恐ろしかった」
「生きているだけで周りの人を殺してしまう自分が」
「何より死ぬことすらできない自分が、一番恐ろしかった」
「つい先日、四人目が私のせいで亡くなった」
「もう、耐えられなかった」
「だから逃げたの、ここに」
「自分を殺す方法を見つけるために」
「もう誰かを殺してしまわないために」
◇
「……それは辛かったな」
静かに涙を流し、唇を噛み締めるスノウに同情を抱く。生きているだけで周りの人の命を奪っていく。どんなに願ったって、制御は不可能。ただただ無作為に、無造作に、無慈悲に周囲を蝕む呪い。更にはその望んでもいない代償で得た力で、逃避する選択すらも奪われるとはなんとも皮肉なものだ。
想像するだけでも惨い。瞭雅にはとてもスノウの苦痛は計り知れなかった。
「みっともないところ見せちゃってごめんなさい。この事実を話せる人は、あんまりいなかったから……聞いてもらうだけで大分楽になった。ありがとう」
ようやくスノウは涙を拭い小さな笑顔を見せたが、赤ずきんはそんな様子の彼女にも容赦なく追及を始めた。
「ここに逃げた、とおっしゃいましたが、貴女はここの住人は死んでも大丈夫だと判断されたのですか?」
「お前、少しは言い方考えろ!」
言われてみればその通りだが、あまりに配慮のない赤ずきんの発言を瞭雅は咎めると、人を殺せそうなほど鋭い眼光で一瞥された。あまり感情を表に出さないタイプのはずだが、今は機嫌が悪いことがダダ漏れだった。理由は見当もつかないのだが。
「ここに住んでいる方々は小人症候群──生まれつき魔力を持たない人たちなの。魔力なしで生きられる代わりに、成長しづらくてみんな身体が小さいけどね」
小人症候群。どうやら七人の小人たちはみんな普通の人間であり、ただそういう病気だったらしい。スノウの呪いは魔力を奪う。魔力がない小人たちには、なんの影響もないというわけか。
「だからここに居候させてもらって、死に方を探しているの。魔術は使えるけど呪術は習ったことないから、行き当たりばったりだけど……」
スノウの視線移った机に目を向けると、なにやら大量の文字や数字が書かれた紙束や丸められた紙屑がとっ散らかっていた。おそらくあれは、スノウの努力の塊なのだろう。自ら命を絶つための、努力。
「なあ、別にそこまで死ぬことに固執いいじゃねぇか? 今までのことだって、呪いのせいでお前のせいじゃないだろ」
「それじゃダメなのっ!」
瞭雅は慰めたつもりだったのだが、それが逆鱗に触れてしまったのかスノウは激昂した。
「お母様にも言われたけど、私はそうとは思えない。だって、だって! 私がいなかったら、みんな今も生きていたはずなのにっ……だからぜんぶ、私のせい。私のせいなの! もう、償いきれない罪を犯してしまったから……報いぐらいは受けなきゃ。だからお願……」
「少し、黙って」
盲目的にも思えるスノウの死への執着にやめをかけたのは、赤ずきんの怒気を帯びた低い声だった。
「あ、赤ずきん?」
「黙って。聞こえなかったのですか?」
「あっ、はい」
あまりのお冠ように、名前を呼んで落ち着かせようと思ったが、ぴしゃりと叱責される。
「貴女、何か酷く勘違いしていらっしゃるようですけど」
赤ずきんは席を立ち、向かいに座るスノウの元に近づく。そして机に片腕をつき、スノウの顔を覗き込んで憤怒の矛を突きつけた。
「貴女がしようとしているのは、贖罪ではなくただの逃避ですよ?」
「おまっ!」
赤ずきんの言ったことは正しいかもしれない。だが、率直すぎる。説得するにしても、もっと然るべき言葉があっただろう。
「私、貴女が嫌いです。貴女の考え方が大っ嫌いです。死ねばどんな罪を清算できると思うなんて、一体どれほど自分の命に価値があると思っているのでしょうか? 少し見栄えがいいだけで、ナルシズムも甚だしい。反吐が出そうです」
赤ずきんのキツすぎる説教は止まらない。スノウは理解が追いついていないのか、もう放心状態になってる。
「そして、自分の本音をそれらしい言い訳で飾るのも虫唾が走ります。故人を使うのが尚更タチが悪い。『罪を償えないから生きてちゃいけない』? 違う!」
赤ずきんはスノウの顎をつかみ、無理やり自分の方に向けた。
「『罪を背負いたくないから、死にたい』でしょう?」
美少女同士の顎クイ。百合の花が好きな人がいれば卒倒しそうな光景だが、いかんせん修羅場がすぎる。
「とにかく、私は貴女が嫌いです」
言いたいことは言い終えたのか、赤ずきんがこちらの席に戻ってきた。しかし、再び座ることはなく、瞭雅の腕を引いた。訳もわからず立ち上がると、そのまま玄関の方へ引っ張られ、赤ずきんはそのまま扉に手をかけた。
「だから、覚悟しなさい。私が絶対貴女に──」
赤ずきんはそこで一呼吸置いてスノウの方を振り返り、一番伝えたかったことであろう言葉を言い放った。
「『生きたい』って言わせてやりまから」
今度こそ終わったのだろう。少しだけスッキリしたような顔を瞭雅に向け、赤ずきんは力強く扉を開け放った。しばらくぶりの日差しに目が眩み、入り込んできた少し肌寒い空気を真正面から受け止める。
「待って‼︎」
瞭雅たちが扉を閉じようとした刹那、後ろから力強い声がした。振り向くと、目元は赤く腫れているが、さっきとは見違えるほど強かな顔をしているスノウがいた。
「私の本当の名前はスノウ。私はまだ、生きる覚悟ができてない。まだ、『生きたい』って思えない。だけど、もし……もし自信をもって、『生きたい』って言えるようになった時には──貴女たちの名前も教えてほしい。赤ずきんとウォルフじゃない、本当の名前を」
赤ずきんは呼びかけに応じ、ゆっくりとスノウの方に身体を向けた。
「貴女のことは存じていましたよ、スノウ・フォン・ヴィドルフ王女殿下」
スノウが瞠目する。口にせずとも、王女だと当てられたことに驚嘆していることが見て取れた。
「貴女たち……本当に何者なの?」
歯に衣着せぬ、核心を突く問い。それに赤ずきんは笑顔で答えた。かつて瞭雅にもそうしたように、ローブの両端を掴み上げ、お上品にお辞儀をしながら。
「私たちは譚訂。貴女をハッピーエンドへ導く者。さあ、首を洗って待ってなさい。その厭世的な思考を叩きのめせるほどのとびっきりの脚本を……貴女にプレゼントしてさしあげましょう」