白雪姫殺害計画 2
白雪姫の造形は、『世界で一番美しい』なんていう高すぎるハードルにも、一切の引けを取らない美しさだった。顔のパーツのどれをとっても、神の采配としか思えないほどに美麗だ。見入ってしまう──が、男が恋心や劣情を抱くようなものではない。恋するにはそれはあまりにも高貴すぎて、非現実的すぎて、恐れ多さが勝ってしまう。
人というよりかは、精巧に造られた彫刻作品を目の前にしている気分だった。男だからか嫉妬という感情を瞭雅が抱くことはなかったが、原作の継母のように美に執着している女性が白雪姫を見たら、嫉妬で狂ってしまうのも仕方がないように思える。
そんな美貌に、無自覚のうちに惚けていたのだろう。赤ずきんに軽く腹を小突かれて、その意識がようやく白雪姫から解放された。
「答えて。どうして貴女たちはこの呪いについて知ってるの? この呪いの……何を知っているの?」
白雪姫の顔には目に見えて困惑と警戒が浮かんでいた。だが、それが全てではない。理由は分からないが、僅かながらに嬉しげな、期待しているような表情も見て取れる。
「私たちは呪術師なんですよ。貴女の呪いはドア越しでもお見通しです」
作戦なんてとうにぶっ壊し、挙句は物売りから呪術師にジョブチェンジした赤ずきん。一言申したい欲が限界を迎えそうになるが、拳をぎゅっと握りしめることで我慢する。赤ずきんと白雪姫の間で交わされる会話の意味は一切理解できないが、さすがにここで口を出したら台無しになることぐらいは心得ている。
「嘘。だって、あの時診てもらったときは何にも分からなかった!」
「それは貴女を診察した方が雑魚だっただけでは?」
赤ずきんの返しを聞いて眉間を寄せる白雪姫。それもそうだろう。白雪姫は王族だ。呪術師とやらがどんな職なのかは知らないが、それを診る呪術師が雑魚ってことはないだろう。
「貴女はそれより自分が優秀だと言いたいの?」
「では、当ててみましょうか? 貴女の呪いがどういうものかを」
白雪姫が固唾を呑む。瞭雅も種明かしを待ちわびていたので、今か今かと赤ずきんを後ろから見つめる。そんな二人を煽るかのようにたっぷりと時間を置いたあと、ようやく赤ずきんは口を開いた。
「貴女が患っているのは……不死の呪いですね?」
白雪姫の顔が驚愕一色に染まる。それはもう肯定を意味しているにほかならなかった。一方、瞭雅は納得した表情を浮かべていた。まだ色々と分からないことはあるが、最大の謎である呪いとやらは既知のものだった。
「……分かった、信じるわ。それで貴女さっき、この呪いを治せるかもしれないって言ったよね?」
「えぇ、保証はできませんけどね。診せてくださったら、あるいは」
未だ警戒の顔色は変わらない。だがそこには、僅かではないほどの期待が見て取れた。その反応に、得も言われぬ違和感を抱く。
「なら、私を診てほしい。お金は今ないけど……後で必ず用意できるから」
「診るだけならタダでいいですよ? 変にお金を受け取って期待されても困りますし」
「じゃあ、お願い。入って」
白雪姫は扉を開けたまま家の奥に入り、瞭雅たちを招き入れた。先導して家に入った赤ずきんに続き、瞭雅も小人の家に少し屈みながら足を踏み入れた。
キシリと床が軋む音がしたと同時に、家の内装が明らかになる。外から見たらこじんまりとしていたが、中は意外と広いようだ。玄関からすぐにリビングがあり、その中央には小さな八つ椅子と、大きな──他の家具と比べたらの話だが──テーブルが鎮座している。全体的に家具は小さく子供用サイズだが、瞭雅が初め想像していたような、掌に乗るような小ささではない。小人といっても、普通の人より小柄なだけであることは、彼らが出かけた時に確認済みだったから大した驚きはないが。
「どうぞ……と言っても、私は居候させてもらってる身だから家の物には勝手に触らないようにお願い」
白雪姫に招かれて、瞭雅には小さすぎてだいぶ辛いが、中央のテーブルに座った。赤ずきんが右横にいて、その対面に白雪姫が座る形になる。
「まずはお互い名乗りましょうか。私は赤ずきん。こちらのウドの大木はウォルフです」
どうやら登場人物に対しても『赤ずきん』で通すようだ。そして瞭雅は流れるような罵倒とともに、勝手に偽名で紹介された。しかも狼、なんの捻りもない。いや、オオカミじゃなくてオオガミだが。
「赤頭巾? 狼? それ、本当に名前?」
「名前を使う呪いもあるのだから、そう簡単に名乗れるわけないでしょう?」
そうなのか。この世界では常識だったりするのだろうか。
「そうなんだ。初めて知った」
ハッタリかよ。ホラを吹くのに躊躇しない嘘つきをジト目で見ると、こちらをチラ見してちょびっと舌先を見せた。容姿がいいだけにムカつく仕草だ。
「私は……そうね、ホワイトと呼んで」
こちらが名乗ったことで白雪姫も自身の名を明かす。といっても、彼女の本当の名前はスノウ。先の話がでた直後に本名を出すのは気がひけるだろうし、そもそも王族だとバレてはいけないから、偽名を使うのは妥当な判断だろう。
「それでは話を進めましょう。自分の呪いのことで貴女が知っていることを教えてください」
本題に進もうとする赤ずきんの言葉に、軽く頷くスノウ。そしてゆっくりと、自身を蝕む呪いについて語り始めた。
「私がこの呪いに気づいたのは五歳の──いえ、六歳の誕生日のとき。私、昔はやんちゃで、木とか高いところに登るのが大好きだった。それで……もう分かったかもしれないけど、落ちたの。頭から。普通なら死んでた」
「では、呪いは生まれつきだと?」
その問いにリタは首を横に振る。
「わからない。おそらく生まれつきなんだろうけど、生まれた後に呪いをかけられた可能性もあるかもしれない。貴女は知ってる? 人を不死にする呪い」
「残念ながらこんな呪いは初めて見ましたよ。たとえあったとしても、それは禁忌に触れています」
「そう……」
スノウはその答えに明らかな落胆を見せ、再び瞭雅は違和感に苛まれる。
「じゃあ、診てもらえないよね……禁忌について調べるなんて、貴女たちの身にも危険が及ぶかもしれない」
「いえ、構いませんよ。私もその呪いに興味ありますし」
思いがけない言葉だったのだろう。元々大きな瞳が溢れんばかりに大きく見開かれ、椅子から急に立ち上がって赤ずきんの方へ身を乗り出しきた。その顔には最大限の喜びが彩られている。
「いいの⁉︎ 本当に?」
「えぇ。本当です」
「……ありがとう」
スノウは再び椅子に座り直し、嬉しそうにはにかむ。ただ表情を僅かに変えただけなのに、目がどうしても惹いてしまう。本当に絵になる顔だ。
「再度言っときますが、保証はできませんよ?」
「うん、それでもいい。……それと、もうひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
遠慮がちにこちらを伺いながら訊いてくるスノウ。
「なんでしょう」
「呪いを解く方法が見つからなかったらの話なんだけど……私を殺す方法がないかも探して欲しいの。たとえ呪いは解けなくても、それならあるかもしれないから」
ここでようやく、今までずっと胸中にあった違和感が名乗りをあげた。
「なあ、どうしてそんなに呪いを解きたがんだ。不死の身体なんて、欲しいとは思いこそすれ、いらないとは普通思わないだろ」
「……もしかして、死にたいのですか?」
同じ結論に辿り着いたのだろう。赤ずきんが続きを代弁する。
「死にたい、わけじゃない……けど、私は生きててはいけないから」
右手で左腕をぎゅっと握りしめ、ひどく悲しげにスノウがそう言う。それは何かを哀れむような、懐かしむような、悔いるような……そんな悲しみであった。
「私は、もうね……四人も人を殺めてしまっているんだ。呪いは解けたとしても、この罪は決して、永遠に消えない。私は死ぬべき人間なの。そのためにこの呪いは邪魔でしかない。だからね──」
己の罪を懺悔しながら、スノウは自嘲で顔を歪めた。
「どんな手を使ってでも、私を殺して欲しい。それが、貴女たちへの本当の依頼」