童話のifは異世界で 3
自称探偵もどき、あからさまな偽名、オオカミ呼ばわりなどなど。ツッコミどころが多すぎるが、まずは……
「絶対にバッドエンド? 『白雪姫』はハッピーエンドだろ。毒林檎を食って死んだ白雪姫が、王子のおかげで生き返ってふたりは結婚。めでたしめでたし。どこがバッドエンドだよ。あと俺はオオガミだ」
「言ったでしょう。私が推理するのは、『原作とはまったく違う、この『世界』のハッピーエンド』です。実はここ、童話『白雪姫』のif世界なんですよ。登場人物や大まかなストーリーはある程度沿っていますが、エンディングはまったく違うところ、そして必ずバッドエンドに行き着きます。私たちの目的はそれの阻止。それができれば帰れます。わかりましたか? オオカミくん」
露骨にオオカミを強調してくる赤ずきん。一回なら聞き間違えの線もあったが、これは確信犯だ。
「てめぇ、わざとか」
「こっちの方が語呂がいいでしょう? 私は赤ずきんですし、シチュエーション的にもバッチリ」
「なーにがバッチリだよ。偽名のくせに」
「人の名前を偽名扱いだなんて失礼な」
「人の名前を間違えんのは、失礼に値しないのかよ?」
「間違いではなく、愛称です。いいじゃないですか、『オオカミくん』って。貴方にお似合いですよ」
「獣呼ばわりでお似合いって言われても嬉しくねぇ……!」
赤ずきんはまったく折れそうもなく、これ以上粘っても埒が明かないだろう。瞭雅は諦念の溜息をひとつ吐いて、早々に話を戻すことにした。
「そんで、なんでバッドエンドになるって断定できるんだ?」
「これに結末だけは書き記されているから、ですね」
赤ずきんがバックを探り始め、少しして取り出されたものは一冊の本だった。サイズは文庫本より少し大きいぐらい。革装丁で、鎖の栞があったり、何かの紋様が刻まれていたりと装飾が多いので、かなりの重厚感がある。
そして何よりも特徴的なのはその色だ。どこに目をやっても赤、赤、赤。まるで血溜まりに浸したかのように真っ赤なのだ。赤ずきんの私物なんだろうが、はっきりいって趣味が悪い。
「これは?」
「『ルージュの脚本』というものです。これには私視点から見たこの『世界』の出来事が、リアルタイムで勝手に綴られていきます。ここを見てください」
そう言って赤ずきんはルージュの脚本とやらを開き、瞭雅の顔の前にずいっと詰めた。開かれていたのは最初のページ。その一行目には、『スノウ、猟師と共に森を移動』という一文が、白い紙にこれまた真っ赤な文字で記されていた。
「この、『スノウ』ってのは?」
「ゲルド王国第一王女スノウ・フォン・ヴィドルフ。白雪姫の本名です」
「なんで猟師は名前じゃなくて、そのまんまなんだ?」
「私が名前を知らないからです。これはあくまで私視点の脚本。私が知らないことが書かれることはありません」
「つまりは、自動で書かれるお前の日記みたいなものってことか」
「他にも色々できますが……まあ今はその認識で構いません」
日記と言われるのが赤ずきんは不服なようだったが、渋々頷いてルージュの脚本を手元に戻した。
「まだ大半は空白ですが、結末は既に決定しているので先に記されています……ほら」
次に赤ずきんが見せてきたのは最後のページ。
「『白雪姫は己が呪いに殺され、呪いはすべての咎を負う。だが、血塗れた雪が純白を取り戻すことはなく、春の邂逅とともに散ることになるだろう』?」
「これが、この『世界』が迎える予定のバッドエンディングです」
「なんていうか……随分と曖昧だな」
「その通り。だから調査し、推理する必要があるんですよ。どんなバッドエンドになるのか。それを止めるにはどうすればいいのか。そしてその助手を、貴方に頼みたいのです」
協力の要請とともに、赤ずきんは右手を差し出した。現状、この『世界』の伝手は赤ずきんしかいない。今ここで手を取らなかったら、森に取り残されて詰むことは容易に想像できる。しかし、それでもわずかに躊躇してしまうほどに赤ずきんは胡散臭かった。自己紹介をしたはずなのに、赤ずきんが何者なのかこれっぽっちもわかっていない。この世界について詳しいのも怪しすぎる。
「……飯と宿はつくんだよな?」
「お風呂もつけてあげましょう。私、とっても親切なので」
「よし来た、受けよう!」
風呂は大事だ。もともと断る選択肢はなかったようなものだし、衣食住と風呂の提供を取りつけられただけでも上等だろう。
「しかし、さみぃな。こっちは冬なのかよ」
あっちとこっちじゃ季節も違うのか、学ランを着てても尚肌を刺してくる寒さを感じた。落ち葉が地面に敷き詰められ、樹木も大半が裸なのも季節が春ではないことを示している。
「こちらでは今日は二月一日だったはずなので、冬ですね」
「二月か、そりゃ寒いわ」
日が落ちるのも早いだろう。時刻も外とはズレているようで、このまま森でゆっくりしてたら、暗闇の中歩く羽目になりそうだ。
「さて、そろそろ暗くなってくる頃ですし、拠点に行きましょうか」
「白雪姫は放置でいいのか?」
「今日のところは大丈夫です。帰ってオオカミくんに話さなければいけないことも、色々とありますしね。でもその前に、ここでやらなきゃいけないことがあるので、それを済ませましょう」
「何するんだ?」
そう尋ねると、赤ずきんは腰にかけているバッグを再び漁り出した。お目当てのものを見つけたのか、瞭雅の前に握り拳を差し出してくる。瞭雅はその下に右手を広げ、小さな何かを受け止めた。
「薬?」
瞭雅の手のひらにあったのは白い錠剤だった。
「この『世界』の人間──いわゆる登場人物は、基本的に定められた脚本通りに動きます。そしてその脚本に関与できる私たちは完全なるイレギュラー──いわば異物なのです。そのため何の対策もせずにいると、異物を排除したがるこの『世界』そのものが、私たちも登場人物の一員にしようとしてきます」
「何だそれこっわ」
「そうなったら、記憶さえも捏造されて、私たちも脚本に沿うようになってしまいます。その対策として、これです。一日一錠飲んでください。水なしで飲めますよ」
「……分かった」
疑いがないと言ったら嘘となるが、ここまで脅されたら飲むしかない。覚悟を決めて錠剤を口に放り込むと、ほんのりと甘い香りが広がった。ラムネのような味だ。久しぶりに何かを口にしたからか、僅かな空腹感を覚えた。早く拠点とやらに行って飯を食いたい。