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赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい!  作者: 黒昼
1冊目『白雪姫』──Snow≠White──
3/22

童話のifは異世界で 3

 自称探偵もどき、あからさまな偽名、オオカミ呼ばわりなどなど。ツッコミどころが多すぎるが、まずは……


「絶対にバッドエンド? 『白雪姫』はハッピーエンドだろ。毒林檎を食って死んだ白雪姫が、王子のおかげで生き返ってふたりは結婚。めでたしめでたし。どこがバッドエンドだよ。あと俺はオオガミだ」


「言ったでしょう。私が推理するのは、『原作とはまったく違う、この『世界』のハッピーエンド』です。実はここ、童話『白雪姫』のif世界なんですよ。登場人物や大まかなストーリーはある程度沿っていますが、エンディングはまったく違うところ、そして必ずバッドエンドに行き着きます。私たちの目的はそれの阻止。それができれば帰れます。わかりましたか? オオカミ(・・・・)くん」


 露骨にオオカミを強調してくる赤ずきん。一回なら聞き間違えの線もあったが、これは確信犯だ。


「てめぇ、わざとか」


「こっちの方が語呂がいいでしょう? 私は赤ずきんですし、シチュエーション的にもバッチリ」


「なーにがバッチリだよ。偽名のくせに」


「人の名前を偽名扱いだなんて失礼な」


「人の名前を間違えんのは、失礼に値しないのかよ?」


「間違いではなく、愛称です。いいじゃないですか、『オオカミくん』って。貴方にお似合いですよ」


「獣呼ばわりでお似合いって言われても嬉しくねぇ……!」


 赤ずきんはまったく折れそうもなく、これ以上粘っても埒が明かないだろう。瞭雅は諦念の溜息をひとつ吐いて、早々に話を戻すことにした。


「そんで、なんでバッドエンドになるって断定できるんだ?」


「これに結末だけは書き記されているから、ですね」


 赤ずきんがバックを探り始め、少しして取り出されたものは一冊の本だった。サイズは文庫本より少し大きいぐらい。革装丁で、鎖のしおりがあったり、何かの紋様が刻まれていたりと装飾が多いので、かなりの重厚感がある。


 そして何よりも特徴的なのはその色だ。どこに目をやっても赤、赤、赤。まるで血溜まりに浸したかのように真っ赤なのだ。赤ずきんの私物なんだろうが、はっきりいって趣味が悪い。


「これは?」


「『ルージュの脚本(シナリオ)』というものです。これには私視点から見たこの『世界』の出来事が、リアルタイムで勝手に綴られていきます。ここを見てください」


 そう言って赤ずきんはルージュの脚本とやらを開き、瞭雅の顔の前にずいっと詰めた。開かれていたのは最初のページ。その一行目には、『スノウ、猟師と共に森を移動』という一文が、白い紙にこれまた真っ赤な文字で記されていた。


「この、『スノウ』ってのは?」


「ゲルド王国第一王女スノウ・フォン・ヴィドルフ。白雪姫の本名です」


「なんで猟師は名前じゃなくて、そのまんまなんだ?」


「私が名前を知らないからです。これはあくまで私視点の脚本。私が知らないことが書かれることはありません」


「つまりは、自動で書かれるお前の日記みたいなものってことか」


「他にも色々できますが……まあ今はその認識で構いません」


 日記と言われるのが赤ずきんは不服なようだったが、渋々頷いてルージュの脚本を手元に戻した。


「まだ大半は空白ですが、結末は既に決定しているので先に記されています……ほら」


 次に赤ずきんが見せてきたのは最後のページ。


「『白雪姫は己が呪いに殺され、呪いはすべてのとがを負う。だが、血塗れた雪が純白を取り戻すことはなく、春の邂逅かいこうとともに散ることになるだろう』?」


「これが、この『世界』が迎える予定のバッドエンディングです」


「なんていうか……随分と曖昧だな」


「その通り。だから調査し、推理する必要があるんですよ。どんなバッドエンドになるのか。それを止めるにはどうすればいいのか。そしてその助手を、貴方に頼みたいのです」


 協力の要請とともに、赤ずきんは右手を差し出した。現状、この『世界』の伝手は赤ずきんしかいない。今ここで手を取らなかったら、森に取り残されて詰むことは容易に想像できる。しかし、それでもわずかに躊躇してしまうほどに赤ずきんは胡散臭かった。自己紹介をしたはずなのに、赤ずきんが何者なのかこれっぽっちもわかっていない。この世界について詳しいのも怪しすぎる。


「……飯と宿はつくんだよな?」


「お風呂もつけてあげましょう。私、とっても親切なので」


「よし来た、受けよう!」


 風呂は大事だ。もともと断る選択肢はなかったようなものだし、衣食住と風呂の提供を取りつけられただけでも上等だろう。


「しかし、さみぃな。こっちは冬なのかよ」


 あっちとこっちじゃ季節も違うのか、学ランを着てても尚肌を刺してくる寒さを感じた。落ち葉が地面に敷き詰められ、樹木も大半が裸なのも季節が春ではないことを示している。


「こちらでは今日は二月一日だったはずなので、冬ですね」


「二月か、そりゃ寒いわ」


 日が落ちるのも早いだろう。時刻も外とはズレているようで、このまま森でゆっくりしてたら、暗闇の中歩く羽目になりそうだ。


「さて、そろそろ暗くなってくる頃ですし、拠点に行きましょうか」


「白雪姫は放置でいいのか?」


「今日のところは大丈夫です。帰ってオオカミくんに話さなければいけないことも、色々とありますしね。でもその前に、ここでやらなきゃいけないことがあるので、それを済ませましょう」


「何するんだ?」


 そう尋ねると、赤ずきんは腰にかけているバッグを再び漁り出した。お目当てのものを見つけたのか、瞭雅の前に握り拳を差し出してくる。瞭雅はその下に右手を広げ、小さな何かを受け止めた。


「薬?」


 瞭雅の手のひらにあったのは白い錠剤だった。


「この『世界』の人間──いわゆる登場人物キャラクターは、基本的に定められた脚本シナリオ通りに動きます。そしてその脚本シナリオに関与できる私たちは完全なるイレギュラー──いわば異物なのです。そのため何の対策もせずにいると、異物を排除したがるこの『世界』そのものが、私たちも登場人物キャラクターの一員にしようとしてきます」


「何だそれこっわ」


「そうなったら、記憶さえも捏造ねつぞうされて、私たちも脚本に沿うようになってしまいます。その対策として、これです。一日一錠飲んでください。水なしで飲めますよ」


「……分かった」


 疑いがないと言ったら嘘となるが、ここまで脅されたら飲むしかない。覚悟を決めて錠剤を口に放り込むと、ほんのりと甘い香りが広がった。ラムネのような味だ。久しぶりに何かを口にしたからか、僅かな空腹感を覚えた。早く拠点とやらに行って飯を食いたい。

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