No Re:flection 13
「おい、お前さん。嬢ちゃん落ちてんぞ」
右脇のジンからそんな物騒なことを言われたが、左脇にはしっかりと何かを抱えている感触がある。チラッと横見に見ると、栗色の髪の少女が視界に映った。
「ちゃんと抱えてますよ!」
「違う、気ぃ失ってるって言ってんだ。あと、氷柱みたいなやつはもう追ってきてないぞ多分」
「マジっすか」
スピードを落としながら、一応自分でも後方を確認する。確かに視認できる限りは見当たらないが、警戒は怠らずにジンを下ろし、赤ずきんは慎重に廊下の壁にもたれさせた。
息はしているが、面白いぐらいに反応がない。その寝顔にはいつもの毅然な態度の赤ずきんはいず、年相応の無垢な少女そのものだった。抱えた直後可愛らしい悲鳴をあげていたことだし、この手のタイプは苦手だったのかもしれない。
起こすのは忍びなかったが、ここは廊下。さらにはいつ再び襲撃が来るかわからない。瞭雅は赤ずきんに呼びかけながら彼女の肩を揺すった。
「赤ずきん。オイ、起きろ」
「……うっ、ん」
浅い眠りだったおかげか、赤ずきんはすぐに瞼を上げ始めた。
「みみ……」
「は?」
まだ微睡みに半分浸かっている赤ずきんの第一声がそれ。意味がわからず小首を傾げていると、後ろにいたジンからも追従がきた。
「耳……耳な。確かにオレも驚いたぞ。尻尾も」
「尻尾……あっ」
急いで手を頭に持っていくと、一日ぶりのモフっとした感触が走った。耳と尻尾──能力の意図的な使用による副作用だろう。赤ずきんに調査が始まる前、登場人物の前では隠せ隠せと散々口を酸っぱく言われていたため、手遅れながらも隠蔽用の帽子とマントを荷物から取り出し身につける。
「すんませんでした」
「あんな状況だったのに説教するほど、私は非常識じゃありませんよ……」
「いやまあ、そうだよな」
赤ずきんは何やら予期していたっぽいが、完全に奇襲という形で襲われたのだ。事前に獣バレの対策なんてできようがない。これで怒られたら理不尽がすぎる。
「ん? バレちゃ不味かったのか?」
赤ずきんとの一連の会話に察したのか、ジンがそう尋ねてきた。
「えぇ、まあ。いいことありませんしね。ということで、これはジンさんの大好きな秘密の中に入れといてください」
「おけおけ」
だいぶ軽いが本当に大丈夫なんだろうか。だが瞭雅よりも慎重な赤ずきんが信じているようなので、問題はないのだろうが……赤ずきんのジンへの信頼は一体どこから来ているのか、少し疑問に思う。女の勘か? なんてことを考えていると、頭上で耳が段々と痛みを訴え始めた。
「ジンさんにはバレてしまいましたが、帽子とマントは外さないでくださいね?」
帽子を外したがっている瞭雅に気づいたのか、釘を刺してくる赤ずきん。帽子は柄のないシンプルな黒のキャップで、耳の分のスペースを確保するために本来の頭のサイズよりはかなり大きめのものだ。それでも耳が余裕を持って立てられるスペースなんてものはなく、無理矢理折り畳んで被ってるのでだいぶ痛い。さらにはでかいせいでツバが目ギリギリのところにあり、視認性も悪い。
「耳が痛い……外してぇ……」
「まあまあ。よく似合ってますよ、殺人鬼みたいです」
「嬢ちゃんの中では殺人鬼が褒め言葉なのか?」
「そんなわけないでしょう?」
「オイやめろ、流れるように貶すな」
自分でも共感できてしまう分ダメージがでかい。拠点でこの格好を鏡で見たとき、不本意にも瞭雅も同じことを思ってしまい絶望した。
「てかそうだよ、殺人鬼だよ。あれ絶対犯人の仕業だろ」
「そうだな」
瞭雅の当然とも言える推測にジンも賛同するよう頷いたが、赤ずきんだけは何故か微妙な表情を浮かべた。
「いや、それが……絶対そうとも言い切れないんですよね」
「はぁ?」
「心当たりがあるというか……だからこそ貴方に警戒するよう頼んだというか……」
「いやいやいや、おかしいって。あんな殺意マシマシな攻撃の心当たりってなんだよ。完全にお前を殺す気だったぞ」
「貴方は覚えてないだけですよ」
瞭雅はその言葉にここに来てからの記憶をダイジェストで振り返るが、まったく目星がつかない。そもそも覚えてないと言われても、こんなに濃い体験を一部とはいえ綺麗すっぱり忘れたとは考えづらいのだ。
「私たちを諦めたということは……次に狙われるのはカタリナ様かもしれません」
「ん? なんでカタリナ様の名前が出てくるんだ?」
「私、女王の命令で王女を殺した設定になってるので」
「あっ……」
赤ずきんとジンとの会話が鍵となり謎が解ける。ジンは未だ頭にはてなを浮かべていたがそれは仕方ない。赤ずきんのいう心当たりは城ではなく森で起きていて、襲撃者とジンはおそらく面識がないのだから。
──猟師。
スノウは自分の意志で森に来た。猟師はその事情を知っており、森までの護衛役として彼女に付き添ったのだろう。その合間に、女王の命令という名目で赤ずきんによって王女が殺される。明らかに猟師にとって赤ずきんは危険人物、そして排除すべき敵だろう。
──でも、おかしくないか?
カタリナが狙われる理由がわからない。スノウの失踪が問題になってないということは、必ず裏で手回しがされている。スノウはこの国の第一王女。王子はいないようだから、単純に考えてこの国で王、女王に次ぐ権力を持っていると考えていいだろう。そんな彼女の不在を誤魔化せるのは生半可な地位じゃできっこない。
カタリナの快活な性格や、スノウの過去のエピソードを語っていた時の表情を考えたら、スノウとの関係はおそらく良好だと伺える。ならばスノウが協力を求めるのはカタリナと考えるのが妥当……だと思う。それなら猟師に護衛を頼んだのはカタリナなはずだし、たとえスノウの逃避にカタリナが関わっていなかったとしても、女王の命令なんて嘘で赤ずきんの騙りだと判断するのが普通のはずだ。
「なあ……」
爆音。
おそらくこの場では瞭雅以外には聞こえなかったであろうほど小さな、だが確かに何かが破裂したような音が耳に届いた。瞭雅は先程言うはずだった言葉は飲み込み、代わりにそのことを伝える言葉を吐く。
「あっちから、なんか爆発したような音がした気がすんだけど」
指で音の出どころを指すと、ジンは驚いたように目を見張った。
「その方向って……カタリナ様の部屋があるところじゃないか?」
「っ……! オオカミくん、急いで!」
「お、おうっ!」
再びふたりを両脇に抱えて、瞭雅は全力で駆け出した。カタリナが狙われたことへの違和感はとりあえず置いておいて、彼女の無事を願いながら。
遂にストックが尽きてしまいました……ここからはなるべく早めの更新を心がけますが、不定期更新となります。
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