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赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい!  作者: 黒昼
1冊目『白雪姫』──Snow≠White──
21/22

No Re:flection 12

「ダニエルさん。今後の案内はジンさんにお願いするので、私たちの付き添いはもういいですよ」


「だが、しかし……」


「契約書、サインしたでしょう? あれがある限り、契約は絶対遵守される(・・・)。お目付役はいりませんよね?」


 まるで自分たちの意志は関係ないかのような言い回しをする。魔術というものがあるし、実際そうなのかもしれない。だとすれば、赤ずきんが目を通したとはいえ読まずにサインしたは、なかなか危険なことだったと心の中で自省する。


「……わかった。何かあったら、もしくは今日の調査が終わったら、カタリナ様の部屋に来てくれ。ジン、後は頼むぞ」


「承知しました」


 仕事モードでジンは返事する。ダニエルは心配げに眉を下げたが、瞭雅たちに背を向け帰っていった。


「ジンさん、ほかの事故現場に案内お願いします」


「オーケー、まずはカールさんが亡くなったところから行くぞ」


 部屋へと向かい始めたジンに続こうとしたが、赤ずきんに呼び止められる。


「あっ、オオカミくん。これからしばらくは音に注意してください」


「音? どうしてだ」


「念のため、です」


 意図の読めない忠告に眉をひそめるが、赤ずきんの意味深な発言はいつものことなのでとりあえず頷いておく。赤ずきんは満足げな顔をし、「期待していますよ」と残した。


──ピキッ


 微かに背後から響いた、何かにヒビが入るような音。あんなことを言われた直後のものだったので、急いで瞭雅は振り向いた。


──何だ……あれ?


 宙に浮かんでいる、頭ほどの大きさの半透明な球体。十メートルほど先にあるそれは、早急に姿を変えていき、鋭利な円錐形になっていく。そこで思考を続けたのが不味かった。すぐさま行動に移るべきだった。


 氷柱つららのようなそれは軽い風切り音を立て、赤ずきんに向かって爆速で迫ってきたのだから。直撃すれば良くて致命傷、最悪──即死。


──ここでお前が死んだら終わりだろっ!


 咄嗟に身体が動いた、なんてカッコいいものではなく、瞭雅を動かしたのはいつも通りの打算。だがそれにお決まりの自己嫌悪をする暇もなく、冷え切った痛みが脳天を突き抜けた。


「あが……っ!」


 叫んだつもりだったが、氷柱が肺を破ったのか出たのはくぐもった汚い呻めきだけ。声を上げようとする度に真っ赤に焼けた刃物で抉られるような熱に侵される。されど叫ぶ以外に首輪のせいで明白な気を紛らす手段を知らず、瞭雅は血に濡れた苦痛を訴え続けた。


「よく頑張りました、オオカミくん──《再演リヴァイバル》」


 背中に感じたのは赤ずきんの小さな温もり。すると、途端に痛みが奇妙なほど綺麗に消えていく。いや、それだけじゃない──


「どういうこった……傷が治ってるぞ」


 ジンが驚いた通り、痛みだけでなく傷、そして瞭雅の身体を貫通していた氷柱さえもなくなっていた。あたりに撒き散らしたはずの血すらない。これでは治ったというより、さっきの痛みも怪我もすべて幻だったかのようだ。


「貴方だけを巻き戻したんですよ。呆けてないで二人とも早く走って! これで終わりじゃないはずです!」


「巻き戻したぁ⁉︎ おまっ、そんなこともできんのかよ!」


「さすがに条件はあります。まず私が死んだらどうしようもできないので、今みたいに命を賭してでも庇ってください! そして──」


 言い終わる前に、再び姿を見せた変形中の氷柱。しかも今度は三つ。とんがりはすべて執念に赤ずきんを狙っている。頑張れば赤ずきんを抱えて回避できそうだが、失敗して彼女に当たるのはなんとしても避けたい。いくらでも蘇生できるなら瞭雅が全弾受けた方が確実か。


「蘇生したあと数秒は、貴方も死んじゃいけません!」


「……言うのが、おせぇ!」


 プラン変更……するには明らかに間に合わないから、初めて意識して能力を使う。《すべてを喰らう者(オムニ・グラトゥン)》による身体能力の向上は、普段過ごすには過剰でフルパワーを発揮することはなかった。

 走るために忙しなく動かしていた足を止めて上体を下げる。それから一拍置いて、両脚で床を思いっきり踏み締めた。狙いは、赤ずきんとジンの間。


──GO!


「ひぃっ!」

「うおっ!」


 置き去った爆音が後方で鳴る。地が抉れる感触で足が一瞬痺れたと思ったら、すぐ隣で悲鳴が漏れた。少し遅れて、ゴーサインからノータイムでふたりに追いついたことに気づく。


「すっげぇな! 俺!」


 想像の数倍を上回る加速。突風と化した空気を顔面に受け、瞭雅は自分を賞賛した。運動は元々得意だったが、この感覚は普通の人間の身体じゃ味わえない。ただ走っているだけだというのに、ジェットコースターに乗っているかのような爽快感がある。


 壁だけには激突しないよう注意を払い、迷路のような王城の中を駆け回る。氷柱がまだ襲いかかってきているのかわからないが、後ろを振り向く余裕はない。ただひたすらに何者か──おそらく事件の犯人のであろう襲撃からの逃亡を続けた。

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