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赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい!  作者: 黒昼
1冊目『白雪姫』──Snow≠White──
19/22

No Re:flection 10

「そろそろ戻りますよ。過去のジンさんが来てしまいます」


「……そうだな」


 自分では普通を取り繕えていたつもりだったが、チラチラとこちらを見てくる赤ずきんから、できていないのが明らかだった。

 このままじゃダメだ、切り替えよう。纏いついた自己嫌悪を吹き飛ばすように頭を思いっきり振っていると、ジンの気の抜ける声が聞こえてきた。


「どうしたぁ。やけに白熱してたようだけど、オレに聞かせたくなかったのって痴話喧嘩か? ヒューヒュー! 熱々だなあ」


「やかましい。カタリナ様に貴方にセクハラされたって訴えますよ?」


「ごめんなさい。オレが全部悪うございました」


 小学生みたいに囃し立ててくるジンを、即座に赤ずきんは糾弾する。ジンの鮮やかな掌返しと、セクハラが童話の世界でも通じるのが面白く、瞭雅は不覚にも笑ってしまった。


 するとふたりが手柄顔をしてこちらを見てきたので、瞭雅は今の会話の真意に気づき、きまり悪そうに顔を赤らめた。つまりはそういうことだったらしい。


「……会ったばかりなのに随分と仲良いのな」


「もしかして嫉妬ですか? 私より可愛げあるかもしれませんね」


「よし! ジンさんともっと仲良くなれることするかあ、兄弟」


「嫉妬じゃねぇし結構です!」


 このコンビは厄介すぎる。どれをとっても瞭雅に敵うところがない気がしてくる。そして赤ずきんは、可愛くないって言われたことをだいぶ根に持っているみたいだ。


「あれ、鍵かかってんな。ハンスさーん? いないんですか?」


 不意に響いた過去の声に、三人の視線が現れた扉に集まった。それから全員で顔を見合わせ、ひとつ頷いてから元の場所に戻り息を潜める。


「おや? ジンくん、またここに来てどうしたんだい?」


 ジンに続き、聞き覚えのある中性的な声音が聞こえてきた。王宮魔術師兼、呪術師兼、カタリナの護衛という大層な肩書きを持っているトトだ。


「トト様こそ……実験に移るんじゃなかったんですか?」


「ボクもそのつもりだったんだけどね。途中でまだ必要なものがあることに気づいてしまったから、今度はさすがにボクの手で取りに来たんだよ」


「オレ、使いっ走り損じゃないですか……」


「ご褒美をご所望かい? しょうがないなあ……お礼は身体でしてあげるよ」


「強制わいせつやめてくださーい」


 おそらくふたりにはかなりの地位の差があるはずだが、会話の内容はだいぶラフなものだった。ジンもトトも若く、歳が近いので馬が合うのかもしれない。


「それで話を戻すが、キミはまたどうしてここに?」


「そうだ! 中にハンスさんがいるはずなんですけど、開けてくれないんですよ。体調悪そうだったし、もしかして何かあったんじゃないかと」


「なるほど。ではこのボクが開けてあげよう。お礼は身体でいいよ」


「貴女も中に用あるんでしょ……」


「そういえばそうだったね──《解錠リセレイア》」


 トトがひとつ呪文を唱えると、簡単に鍵は開いてしまった。そして部屋に蘇った色とともに、既にもぬけの殻と化した部屋が《再演》される。


「ハンスさん⁉︎」


 ハンスは苦悶の表情を貼り付け、両手で喉を抑えていた状態で、最奥の壁に半身を預けるように倒れかかっていた。まるで自分で自分を絞殺したような姿だが、喉に首を絞めた跡のようなものは一切なく、非常に綺麗な状態であることが窺える。


「駄目だ……手遅れだよ。これで四人目の犠牲者、かな」


 トトはハンスの脈を確かめ、残念そうに首を振った。そこで、突然彼女の姿が霧散する。トトだけではない。過去のジンも、ハンスの死体も同様に。


「……戻ってきたのか」


「そうですね、これで《再演リヴァイバル》はお終いです」


「なっ? なっ? オレ嘘ついてなかったぞ?」


「はいはい。貴方のことは信用してあげますよ」


「うぉっし、謹慎解除〜! んじゃ、オレは早速トイレ行ってきます。謹慎中はなかなか落ち着いて行けなかったもんでな」


 謂れのない謹慎がよほど嫌だったのか、ジンはガッツポーズをして疑いが晴れたことを喜び、そのまま手洗いに直行した。そんな自由な彼を横目に見ながら、瞭雅は何か手がかりを求め、ハンスの死体があったところへと移動した。


「なんだこれ」


 ハンスの死体がもたれていた壁にかかっている、大きな全身鏡。おそらく正面に立ったら、長身の瞭雅でもギリギリ全身映るだろう。だが、それはあくまで推測でしかない。推測しか、瞭雅にはできなかった。


「なんで……映らないんだ?」


 背景はちゃんと映ってる。ゴミのように乱雑に置かれた骨董品たちもだ。向こう側にある扉さえ映っているのに────なぜか瞭雅だけを反射しない鏡が、そこにはあった。

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