No Re:flection 8
「ほこり臭いな……」
過去のジンは部屋の有様に少し顔をしかめ、棚の端から物色を始めていった。一分ほど経った頃だろうか。彼が通路の半分ほどを探し終えた時、寂れた部屋に再び訪問者が現れた。
「あれ? ハンスさん、すごい偶然ですね」
現れたのは三十路の男。彼がハンスだろう。当たり前のように整った顔をしているが、色は蒼白で、ひどくやつれているのがわかる。
「ああ、お前か……」
声にも覇気がなく、蚊が鳴いたような小ささでつぶやく。
「だいぶお疲れなご様子ですね……それで、ここには何のご用で?」
隠すほどのことではないはずだが、ハンスは答えるのを渋るような様子を見せ、「お前は?」とジンに尋ねてきた。
「オレ? オレはトト様の使いっ走りですよ。魔術の実験に、ここにある変な像が必要らしくて……」
「そうか……俺も、似たようなもんだ」
「そう……ですか」
確かにこれは嘘だと勘繰りそうになるほど、怪しい反応だ。ハンスはジンの後ろを通って、鏡のある最奥へと足を進めた。その後、ジンと同じように何かを探し始めたが、明らかに振りだということがわかった。無意味に同じところを見て回ってるだけで、やはり先程のは虚言だったのだろう。
「あの……大丈夫ですか?」
「し、死にたくない。嫌だ、やだ、許してください……誰にも言いませんから……」
気遣いの言葉への返答はない。ジンの言っていた通り、自分が殺されるのを予期しているような言葉をぼやいているのを、瞭雅の耳はしっかりと聞きとっていた。聴力が上がっているのはこういう時には便利だ。
それにしても、『誰にも言いませんから』か……殺人の動機は何かの口止めの線が濃厚になってきた。肝心なその何かに関しては、まだ何一つ掴めていないが。
そもそも殺されるのを知っていて、何故ハンスはここに来たのだろう。被害者は全員開かずの部屋の中にいた──ハンスと同様、残り三人も自らの意思で行ったと考えられる。
彼らの命より大事に思っているものが相手の手の内にあり、脅されているのだろうか。だが、犯行の動機が口止めだとしたら、命以上のものを握ってるのだからそれで十分に思える。わざわざバレるリスクを負ってまで、殺さなくていいはずだ。
口止めは対象が持っている情報を消し去るのが目的だが、これらの事件は対象を葬るための、明確な殺意があるように思える。まるでそれを知っているというだけで、話す話さないに関わらず万死に値する罪であるかのようだ。
「あった。ハンスさん、鍵ここに置いておきますね。オレはこれで失礼します」
目的のものを見つけ出したのだろう。ジンの右手には埴輪のような彫像が握られていた。何も知らない人からすると、ハンスの言動はただただ不気味なだけだろう。ジンは少々引き攣った笑みを残し、気味の悪いものから遠ざかるように足速で出口を目指していく。
「待っ……」
引き留めるかのように伸ばされた手。当然ジンはそれに気づくこともなく、ハンスの腕は空を切った。
──あっ、ヤバい。
己の失態に気付いた瞭雅は、即座にハンスから目を逸らして俯いたが、もう手遅れだった。
追い詰められた人間がする、あの救いを求めるような目を見てしまった。
それがどうしたって、自分でも心底思っている。でも、本当にダメなのだ。縋るような目を見るのが、見られるのが。責めるような目で見られるのも。
赤ずきんは言った。干渉するなと。だから、これで正しいはずだ。このまま何もせず、ハンスが死ぬまで……
──本当にそれで正しいのか?
気持ち悪い。ハンスが死のうが生きようが、本音ではどうでもいいくせに。ただ自分が正しくありたいだけのくせに。間違ってるって後ろ指を指されたくないだけの、打算に塗れた正義のくせに。
偽善者。救った気持ちになりたいだけの救えないクズ。お前なんか死んでしまえ。
いくら罵倒を尽くしても、まるで使命を与えられたかのように勝手に動くこの身体が、本当に気持ちが悪かった。
「オオカミくん⁉︎」
声量は小さかったが、張り詰めた赤ずきんの呼びかけが響いた。心の中で「悪い」と唱えつつも、一度動き始めた身体は他者に操作されているように自分では止まらない。止められない。
ここから出したら変わるだろうか。いっそのこと城の外に連れ出すか。
ハンスを助けるべく立てた算段のなかで、とりあえず部屋からは連れ出すことが共通した瞭雅は、目の前にある棚を倒してハンスに近づこうとしたが────その刹那、再び世界は清廉さを取り戻した。




