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赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい!  作者: 黒昼
1冊目『白雪姫』──Snow≠White──
16/22

No Re:flection 7

 ◇


 その一室は、嗅覚が麻痺するほどのほこりの匂いで満たされていた。事故現場の第一印象は、安っぽい表現だが体育倉庫に似ているな、というもの。壁に沿っていくつか並べられた棚に乱雑に置かれた物たち。そのすべてが骨董品なのだから、体育用具とは比べ物にならないほど高価なはずだが、これだけ粗放にされていたらその価値も感じられない。


「さて、ジンさん。ハンスさんはこの部屋でどう動いたか覚えていらっしゃいますか?」


「ああ」


 赤ずきんの問いにジンはひとつ頷き、棚に挟まれた狭い道を進んでいく。そうして部屋の半分ほどの位置で歩みを止めた。


「オレがここにいたときにハンスさんが入ってきたんだ。んで、ちょこっと会話してハンスさんは奥の方に行った」


 ジンが指差した先は部屋の最奥、鏡がかかっている壁を差した。


「その後はこの部屋のどこを通りましたか?」


「いや、ここの往復だけだな」


「なるほど。なら……ここにしましょうか。二人とも集まってください」


 そう赤ずきんに指定されたのは、ジンがいたところとはひとつ棚を隔てた場所。三人で集まるには少し窮屈だが、身を隠して様子を伺うには最適なところだ。


「そんなところで何すんの?」


「ジンさんの証言が正しいかどうか、実際に見て(・・・・・)確かめに行くんですよ」


「実際に?」


 ジンが首を傾げた。先程赤ずきんから能力について聞いていなかったら、瞭雅も同様の反応をしていただろう。これから赤ずきんがしようとしているのは、時間の逆行。そんなことができるなんて、思いつきもしないだろう。


「その前に約束して欲しいことがあります。白くなっている空間から外に絶対に出ないこと。音を立てないこと。過去に干渉しないこと。ジンさんは、これから起こることを王城の誰にも話さないこと。守ってくださりますか?」


「誰にも言うな、か……」


 瞭雅はすぐに頷いたが、ジンは眉間を寄せて難しい顔をした。これまでの会話からの印象では、瞭雅の想像する使用人とは大きくかけ離れていたが、これでも彼は王城に勤めているのだ。きっと後ろめたさがあるのだろう。


「いいじゃん。オレそーゆーの好き」


「……オイ」


「ん? どうかしたか?」


 過大評価だったようで、ジンはめちゃくちゃ乗り気な様子で条件を飲んだ。楽しそうに身体を揺らすその姿からは、愛国心のかけらも見えない。


「じゃあ、始めましょうか。ジンさんは屈んで、この部屋に入った時のことを思い出してください。オオカミくんは私の肩に掴まって」


「わかった」


 指示通りに赤ずきんの肩に手を置くと、彼女はジンと額を重ね合わせた。


「《再演リヴァイバル》」


 赤ずきんがそう宣言すると、突如世界から色が消滅した。天井も床も壁も、すべて平等に白で塗り潰され、瞭雅の平衡感覚がゆっくりと狂っていく。どちらが上なのかわからない。しっかりと地に足はついているはずなのに、その実感がもてない。あまりに気味が悪く、得体の知れない感覚に、瞭雅が漠然とした恐怖を感じ始めた頃──どこかからガチャリと音がした。


 扉だ。ようやくこの純白を汚すものが現れたのだ。鍵の音に続き、軋む音が鳴り渡ると、そこを中心に徐々に色が蘇っていった。だが、瞭雅たちの周りは俄然色褪せたままで、ジンとハンスが過去に通った空間のみが鮮やかに彩られる。おそらくジンの記憶と同期している影響なのだろう。


 そうこう考えているうちに、扉が完全に開かれた。その向こうから姿を見せたのは、もう一人の──過去のジンだった。

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