No Re:flection 7
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その一室は、嗅覚が麻痺するほどのほこりの匂いで満たされていた。事故現場の第一印象は、安っぽい表現だが体育倉庫に似ているな、というもの。壁に沿っていくつか並べられた棚に乱雑に置かれた物たち。そのすべてが骨董品なのだから、体育用具とは比べ物にならないほど高価なはずだが、これだけ粗放にされていたらその価値も感じられない。
「さて、ジンさん。ハンスさんはこの部屋でどう動いたか覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
赤ずきんの問いにジンはひとつ頷き、棚に挟まれた狭い道を進んでいく。そうして部屋の半分ほどの位置で歩みを止めた。
「オレがここにいたときにハンスさんが入ってきたんだ。んで、ちょこっと会話してハンスさんは奥の方に行った」
ジンが指差した先は部屋の最奥、鏡がかかっている壁を差した。
「その後はこの部屋のどこを通りましたか?」
「いや、ここの往復だけだな」
「なるほど。なら……ここにしましょうか。二人とも集まってください」
そう赤ずきんに指定されたのは、ジンがいたところとはひとつ棚を隔てた場所。三人で集まるには少し窮屈だが、身を隠して様子を伺うには最適なところだ。
「そんなところで何すんの?」
「ジンさんの証言が正しいかどうか、実際に見て確かめに行くんですよ」
「実際に?」
ジンが首を傾げた。先程赤ずきんから能力について聞いていなかったら、瞭雅も同様の反応をしていただろう。これから赤ずきんがしようとしているのは、時間の逆行。そんなことができるなんて、思いつきもしないだろう。
「その前に約束して欲しいことがあります。白くなっている空間から外に絶対に出ないこと。音を立てないこと。過去に干渉しないこと。ジンさんは、これから起こることを王城の誰にも話さないこと。守ってくださりますか?」
「誰にも言うな、か……」
瞭雅はすぐに頷いたが、ジンは眉間を寄せて難しい顔をした。これまでの会話からの印象では、瞭雅の想像する使用人とは大きくかけ離れていたが、これでも彼は王城に勤めているのだ。きっと後ろめたさがあるのだろう。
「いいじゃん。オレそーゆーの好き」
「……オイ」
「ん? どうかしたか?」
過大評価だったようで、ジンはめちゃくちゃ乗り気な様子で条件を飲んだ。楽しそうに身体を揺らすその姿からは、愛国心のかけらも見えない。
「じゃあ、始めましょうか。ジンさんは屈んで、この部屋に入った時のことを思い出してください。オオカミくんは私の肩に掴まって」
「わかった」
指示通りに赤ずきんの肩に手を置くと、彼女はジンと額を重ね合わせた。
「《再演》」
赤ずきんがそう宣言すると、突如世界から色が消滅した。天井も床も壁も、すべて平等に白で塗り潰され、瞭雅の平衡感覚がゆっくりと狂っていく。どちらが上なのかわからない。しっかりと地に足はついているはずなのに、その実感がもてない。あまりに気味が悪く、得体の知れない感覚に、瞭雅が漠然とした恐怖を感じ始めた頃──どこかからガチャリと音がした。
扉だ。ようやくこの純白を汚すものが現れたのだ。鍵の音に続き、軋む音が鳴り渡ると、そこを中心に徐々に色が蘇っていった。だが、瞭雅たちの周りは俄然色褪せたままで、ジンとハンスが過去に通った空間のみが鮮やかに彩られる。おそらくジンの記憶と同期している影響なのだろう。
そうこう考えているうちに、扉が完全に開かれた。その向こうから姿を見せたのは、もう一人の──過去のジンだった。




