No Re:flection 1
君は私の世界のすべてだった。
君だけが私を見てくれて、
君だけが私に笑ってくれた。
『守りたい』
命令なんてなくとも、
そう思うのはごく自然だった。
けれど我が身可愛さに、
私は君を見殺しにした。
許してなんて言わない。
許さないでくれ。
「ぜんぶお前のせいだ」って、
どうか、どうか、恨んでほしい。
✝︎ ✝︎ ✝︎
王城行きの馬車でトコトコ揺られることおよそ一時間。その間に、依頼してきた男──ダニエルから、事件の詳細について聞いていた。
亡くなった使用人は現時点で四人。全員使われず、掃除すらされていない部屋で死んでいた。明確な死因は不明だが、喉を押さえて死んでいたという共通点があることから、窒息死かと推定される。最初に遺体が見つかったのは二日前。
かと言っても、死臭がして初めて見つかったようで、死亡したのはもっと前らしい。彼らは休暇を取っていることになっており、誰もいないことを不思議に思わなかったという。
最初の死体が見つかった翌日、念のため全部屋を確認したところ、同じような死体があと二人分も見つかった。さらには今日の午前中にも、新たな犠牲者がもうひとり出たらしい。
被害者の名前は、殺されたのが早い順にカール、アンナ、モニカ、ハンス。四人は性別、年齢、仕事の担当なども別々で、共通点はまったくと言っていいほど見つからないという。
「おまけに密室、ねぇ……」
四人目のハンスだけは少し状況が違うみたいだが、ほか三人は鍵が掛かった部屋で殺されていた。部屋の鍵は一本しかない。それは殺された張本人の懐に入っていたので、完全な密室殺人だ。
魔術やら呪術を使えばどうとでもなりそうだが、色々と制限があって遠距離から窒息死させるのは難しいらしい。
ちなみに、鍵については使われていない開かずの部屋のものは管理が杜撰で、入手自体は誰でもできるほど容易だったそう。そもそも寝室や一部を除いて普段は常に開放している部屋がほとんどで、鍵自体あまり使うことがないんだとか。
「どうすんだよこれ……もう完全にミステリーじゃん」
「難しいとはいっても魔術は絡んでくると思うので、本格トリックとかではないはずです……多分」
「多分ゆーな、そこは自信持って突き通せ!」
赤ずきんと事件についてあれこれ話していたら、馬車が止まった。窓のような外を確認できるものがないためわからないが、到着したようだ。
「足元にお気をつけ下さい」
御者の丁寧な忠告とともに扉が開く。
「おぉー! すっげぇ……」
瞭雅の眼前に広がったのは、空高く伸びた堅牢の城。頂上を見上げるのに首が疲労するほど高く、そのあまりの雄大さに感嘆の声が漏れる。
「カタリナ様が呼んでいらっしゃる。君らの雇い主だ。話の続きはそこでしよう」
「わかりました」
ダニエルが先導し、城の中へ足を踏み入れた。外からもすごかったが、内装も豪華なもので、煌びやかな装飾が過剰に思えるほどあちらこちらに飾られていた。目がチカチカする。
それはそうと、瞭雅たちの依頼主は一体誰何だろうか。ダニエルが敬称で呼んでいるし、かなりの位の人には違いないが……
「カタリナ様って誰かわかるか?」
「王妃殿下──継母のことです。予想外の展開でしたが、こうやって話せる機会があるのはラッキーですね」
「ほーん」
まさかの女王様直々の依頼だとは。原作では悪役を務めている継母。白雪姫の美しさに嫉妬に狂い、殺害を企て、さらには肝まで食おうとしたヤバいやつ。
だがこの世界では原作と違い、城を出たのはスノウ自身。継母にスノウへの殺意があるかは定かではなく、どういう人物なのかが読めなくなった。
むしろスノウの不在が問題になってないということは、継母が協力して手を回しているんじゃないかと瞭雅は推測している。
ダニエルの後についていくこと数分。彼の歩みがようやく立ち止まった。飾られた高そうな絵画や花瓶などを眺めたりしていたらあっという間だったが、さすが城というべきか移動に手間がかかる。
「失礼します。カタリナ様、例の探偵と助手を連れて参りました」
丁寧なノックをしてから、ダニエルが扉越しに物腰柔らかにそう言った。スノウのときもそうだったが、これから有名人と会うみたいでなんだか緊張する。いや、実際この世界では有名なんだろうが。
「あら。依頼、受けてくれたのね! どうぞ入って」
中から聞こえてきたのは、意外にもハツラツで元気な声。原作の性格とはだいぶかけ離れているようで少し驚く。
許可を得て、ダニエルは扉をゆっくり開いた。部屋へは赤ずきんが先に入り、瞭雅もそれに続く。部屋の中には女性がふたりとなぜか子犬が一匹。ひとりは華美なドレスを、もうひとりはメイド服を来ていた。
「私はカタリナ・フォン・ヴィドルフ。この国の王妃をやっているわ。でも、あんまりかしこまらないで大丈夫よ。私自身、所作とか礼儀とか、面倒に感じちゃうタチだから」
さすが、原作で美に執着していたこともある。スノウが瞭雅と同い年ほどに見えたから、カタリナは四十、若くても三十は越えているはずだが、二十代にしか見えない若々しさだ。
結えた鮮やかなブロンドの髪を肩から前に垂らし、にっこりと優しく破顔した。表情ひとつでその人の人柄がわかるような、そんな温かい微笑みだ。
「ようこそ。歓迎するわ──小さな探偵さんたち」




