第7試合 - 新たなる強敵達
衝撃的なデュエルから一夜が経った。
新進気鋭のルーキー、夜宮天晴の名は、一部のデュエリスト界隈では、にわかに知れ渡っていた。
天晴は……。
(昨日の感覚がまだ離れない。
あの時、最後の一撃を放った時、自分がギアブレードと一体になったような感覚になった。
実際、ただの体当たりだった気もするけど、あのバカでかいギアブレードから、コアを排出させる事に成功したんだ)
「天晴ーーー! いたいた~」
ゆっくりと天晴が向き直ると、そこにはいつもの調子の友人の姿。
天晴に向かって歩いてくるその姿をつぶさに観察すると、確かに歩様に乱れが見えるような気がする。
(おじさん、すげえな……)
「よう、カイル」
「昨日は大活躍だったな! 俺、もう信じられなくてよぉ!
お前があんなに強かったなんてさ!」
「違うよ、俺は強くなんかない。
昨日のは、運が良かっただけさ」
「運も実力のうち!
だけど、その運をつかむだけの地力はいるんだぜっ」
「やべー、カイルの頭がマジでおかしくなってる」
「おかしくなってねえよ!」
天晴がよく来る屋上は、この時期、とてもやさしい風が吹く。
天晴は、それがとても心地よかった。
「カイル……あのさ」
「なんだよ、改まって」
「ぶっちゃけ、俺から見てもお前って剣闘に向いてないと思うんだ」
「ズガーーン!!」
「知識は凄いけど、身体が追い付いてないし、振り方も雑だし……。
あ、あと、先天的に足と腰が曲がってる」
「な、なんでその事を……!
というか、言いにくい事をズバズバ言ってくれるじゃねえか!
でも俺は剣闘を諦めねえぞ!!」
「悪い、諦めろって話じゃないんだ。
ミナギっているだろ、四天王の」
「おう、ミナギちゃんな。可愛いよな、みんなの妹って感じだぜ」
「……俺達より年上だけど」
「まあ、気にするなって。
で、そのミナギちゃんがどうしたんだ?」
「お前が剣闘、続けるって言うなら、ミナギって人を参考にした方がいいと思うんだ」
「どうしてだ? テクニカルタイプは打ってもダメ、受けてもダメって感じで扱いがすげえピーキーなんだぜ?
そんなんだから人気もいまいちだし、自分で言うのもなんだけど、俺みたいな、すっとろい奴には向かないと思うんだけど」
「えーと、何て言うのかな……。
剣闘が好きで努力するなら、型にこだわらなくてもいいって感じでさ。
テクニカルタイプって、そういうのを言うんじゃないか?」
「おおー……、デュエルの勝者が言うと、なんか妙な説得力があるな。
天晴、ついに剣闘に興味が出てきたか!?」
「いや、興味は相変わらずないけど。
でも、お前の事は応援したいから、ちょっと……調べたり、聞いたりした」
「ありがとう、天晴!
やっぱお前いいやつだよ」
「やめろよ、気持ち悪い。
ところで、元々はどんなギアブレードを買おうとしてたんだ?」
「前にお前に話した30万のやつは、ディフェンスタイプだな。
ディフェンスタイプはガチガチに硬いから、相手の攻撃をガンガン受け止めていける。重量があって取り回しは悪いけど、初心者でも扱いやすいし、使い手の多いアタックタイプに対して、意外なジャイアントキリングもいけるんだぜー」
「ふーん……」
(おじさんと、ユッコねーちゃんが話してた内容と少し違うな……。
神威って人は防御技術が凄いとか、ディフェンスタイプで名の売れた人は凄いとか、もっとセンスが必要そうな話をしてたけど)
「ああ~、話してたらやっぱディフェンスタイプが欲しくなってきたな~!」
「まあ、お前の金だから無理強いはしないけど、一応考えておいてくれよな。テクニカルタイプ」
「おう! 親友のアドバイスも真摯に受け止めるぜ、俺様は!」
──キーンコーンカーンコーン。
「あ、あとな、天晴」
「ん?」
「こないだの天晴のデュエル見てたら、オールドタイプも悪くないって思ってさ。
オヤジにオールドのギアブレード借りて、トモさんに相手してもらってるんだ」
「……そっか」
「行こうぜっ! 授業が俺達を待っている!」
* * *
日の光が屋根の隙間から漏れる、ある種神秘的な印象を与える廃工場。
そこには昼間だというのに、三人の男たちが顔を突き合わせていた……。
「……塚原の処分は済んだか」
「ああ。所詮は偽物、このパルテノンの面汚しだ」
「もう奴はパルテノンじゃない。
処分が済んだなら対外的なメンツは保てただろう。
ザコは許さない、それがチーム・パルテノンだってな」
「鏑木、傘下のチームはどうなったんだ。
塚原のバカが潰しまくったせいで、あまり増えてないんじゃないか」
「そっちはぼちぼちかな。傘下のチーム自体は増えてる。
上納金もレアカードを買えるぐらいの額にはなってるぜ」
「ヒュゥ、7桁は超えてるわけか」
「ザコチームはザコなりに使い道がある。
だが、大元である俺達パルテノンは、選ばれし三人だけで構成されていればいい。
無駄金をかけてるラグナロクの連中とは違う」
「俺達三人が中心となって、中核であるお前を徹底的に強化するスタイルのワンマンチーム」
「無駄を削ぎ落すと、チームってのはこうなっていくもんだよな」
「俺達パルテノンは」
「「「オールフォーワン。全ては一人の為に」」」
「……だけど勘違いだけはするな。
もし、お前達二人のうち、どちらかが俺を超えたら、その時は俺も全てを差し出す覚悟だ。
二番手に甘んじるな、研鑽しろ」
「黒澤……」
「……ああ、そのつもりだぜェ」
パルテノンの中核を担う黒澤の檄に、本気度の計れない返事をする男、国生。
その国生に対し、鏑木はわずかな疑念を抱いていた。
(国生……食えない奴だ)
「……ところで黒澤、塚原をヤった奴も探そうと思えばすぐに見つけられるが、どうする?」
「塚原の敵討ちなどどうでもいい。だが……」
黒澤が、闇を貫く鋭い眼光を見せる。
「無名の新人が塚原をヤったというところに興味が湧いた。
ラグナロクの連中も新人を嗅ぎまわってるらしいしな」
「いきなりお前が出る気か……」
「塚原なんぞの妄言に付き合って、パルテノンの名声を落としたのは俺だ。
お前達に期待はしているが、今パルテノンで一番強いのは俺。
これ以上パルテノンの名声を落とすわけにはいかない、だから俺が行く」
「……手配は任せろ」
鏑木はすぐさま動き出す。
* * *
「何? パルテノンの黒澤が夜宮を探してる?」
研究室の一角。
パソコンと向かい合っていた男が、思わず向き直る。
「ああ、ブラギからの情報だ」
「あいつはよくやってくれてるな、ナンバーを与えてやりたいぐらいだ」
「オーディン、ブラギは諜報員としての腕は確かだが、デュエリストとして数えるのは難しいぞ……」
「わかっている、それぐらい賞賛したいという気分的な話だ。
しかし、黒澤が動くとは。
RPGならセオリーを無視した強敵だぞ」
「まずいんじゃないか、夜宮が潰されるのは」
「これから伸びる逸材……確かに俺はそう推測している。
だがトール、奴がディフェンスタイプの黒澤にどう立ち向かうのか、気になるとは思わないか」
「それは気になるが……そんな悠長な事を言っていられる相手じゃないだろう」
「……現時点での戦力分析では、圧倒的に夜宮が不利。
ギアがオールドタイプである事を加味すれば、さらに不利な条件が整う。
黒澤はあれでなかなかの使い手だからな」
「昔、ラグナロクでも通用すると言っていただろう」
「昔、な。
今の黒澤は実戦から離れすぎた。
奴にどんな心境の変化があったかは知らないが、後進の育成に力を注いでいる」
「裏方に居過ぎたってわけか」
「カードやギアは以前より充実しているが、本人の腕はどうだろうか。
特にディフェンスタイプは、使い手の技量がもろに出る。
テクニカルタイプとは違う意味で、ディフェンスタイプのギアブレードは、わがままなギアなんだ」
「そのブランクが、夜宮の勝機なのか?」
「そうだ。確率にして3%あるかないかだがな」
「SSRの排出率ぐらいだな……。
それとな、円卓も動いているらしい」
「円卓も? ははっ、凄いぞ夜宮天晴。
デュエリスト界隈に激震が走っているじゃないか」
「笑い事じゃないぞオーディン……報告をくれたヨトゥンも相当慌てていた。
よりによってアーサーとランスロットが次のデュエルを見ようとしているらしい」
「そうか……大型ルーキー夜宮天晴を前に、デュエリスト界で指折りのチームであるラグナロク、パルテノン、円卓の騎士の重鎮が勢ぞろいするわけだ」
「夜宮を見に行くのは構わないが、頼むから悪戯心を起こさないでくれよ」
「ふっ、俺も信用がないな」
* * *
──ヴァァァァァン!
──ギュィィィン!
ガチィ!
多目的ホール内に、ギアブレードの駆動音と金属のぶつかり合う音が聞こえる。
デュエルをしている二人の姿を真剣に見つめるつぶらな眼。
その目の持ち主である、均整のとれた体型をした女性に、背の高い男が近づいた。
「ホントに行くのか? アーサー」
「行くわ。私たちはデュエリスト界の自警団、円卓の騎士よ。
あの暴れん坊の塚原をやっつけた子がいるなんて、いい子なら勧誘したいぐらいだわ!」
目線は外さず、発言に過分な自信を漂わせながら、アーサーと呼ばれた彼女は言った。
「いぃえぇーーい!」
アーサーの視線の先には、軽業師のように空中を回転しながらギアブレードをかすめていく、トリッキーな動きを見せる女性。
「くっ!」
なかなか相手のギアブレードを狙えず、翻弄される気弱そうな男。
「ガラハド~、もっと頑張ってくれないと練習になんないよ~」
「トリスタン……頑張ってはいるんだが」
「も~、トリスタンじゃなくて"トリスたん"って呼んでっ」
喋りながら、ガラハドの肩を掴み、上空へ大ジャンプ。
ガラハドが慌てているうちに、カードをセット。
そして流れるように、シュート。
「お~わりっ」
パキン。
「あっ」
ピーン。
ガラハドが気付いた時には、既にコアは排出されていた。
完全にトリスタンに手玉に取られた一戦となった。
肩を落とすガラハドに近づく背の高い男。
「ガラハド……。お前はテクニカルタイプに弱すぎだ」
「兄さん……」
「一応、円卓の騎士内ではランスロットと呼べって」
「ランスロット……兄さん」
「アーサー、見た~? アタシ勝っちゃったわ~、ガラハド相手なら100戦やっても100回勝てるわ~」
「見てたわよ、さすがねトリスタン!
次は私とやる?」
「ヤダ、アーサー強すぎるから~」
唇を尖らせるトリスタンに、くすりと笑ったアーサーは、敗者の元へと向かう。
「ガラハド」
「アーサー……」
「しっかりしなさい、テクニカルタイプは素直な打ち合いに弱いの。
だから全身を使ってかく乱してくるのよ」
「頭では、わかってるんだけど」
「頭で考えてたら遅いわ。
とにかく予想外の事をしてくるのがテクニカルタイプだから、経験を積む事!
予想外という事態そのものがなくなれば全ては予定調和!
怖いものはなくなるわ!
次は同じテクニカルタイプだけど、トリスタンとは別の意味でテクニカルなマーリンとやりなさい!」
「うっ、マーリンはトリスタンよりえげつなくて苦手なんだよな……」
「ガラハド、目つぶしと金的には気をつけろよ……」
「に、兄さん……」
哀れガラハド、君の明日はどっちだ。
「で~、モードレッドとパーシヴァルは何してんの?」
かれこれ数分はギアブレードで鍔迫り合いを続ける二人の男の元へ、緊張感なくトリスタンが近寄る。
「……」
「……」
ギギギギ……。
ディフェンスタイプの二人同士の戦いとは地味なものである。
こうして鍔迫り合いになってしまえば、先に音を上げた方が負ける。
二人にとっては、我慢のしどころ、正念場なのだ。
「そ~んなにギアをこすりあわせて何が楽しいのかな~。
お互い真剣な目で見つめあっちゃって、もしかして、禁断の恋!?」
そこに、どこまでも姦しい女が割り込んできた。
モードレッドとパーシヴァル……。
共にディフェンスタイプの使い手である二人の耐久勝負は、あらぬ珍入者により、集中力を切らせた方が負けるという勝負になってきた。
「おっほぉ~、二人のイケメンの真剣な顔……。
たまりませんねぇ~! しかも二人の間に漂う、危険なかほり……!
んんっ、ビィ!エル!!」
「……」
「……」
「待って、思い出すのよトリスたん……。
ここにはいないけど、もう一人いたじゃない……!
モードレッドとパーシヴァルという二人を熱く見つめるあの瞳の持ち主が!
ああっ、ガウェイン! ダメよ、そんな!」
「うるっさいなもう!」
「うるっせぇぞ!」
パキッ、パキッ。
ピーーンッ……。
ほぼ同時に二人のギアブレードからコアが排出された。
「「あ」」
円卓の騎士は今日も平和だった。