第6試合 - 決着の後
「ただいま……」
「おかえり、無事だったか」
店内は昼食時ともあって混雑していた。
なぜか休みのはずのユッコが働いている。
「ねーちゃん、なんでいるの?」
「え? お店が忙しくってー、っていうか、おかえり天晴くん!」
「うん……」
ユッコは色々聞きたそうな雰囲気を出していたが、さすがに忙しい店内では、それ以上聞かれることはなかった。
二階に上がった天晴は、ギアブレードと一体になったかのような、あの時の感触を忘れられないまま、布団に飛び込む。
* * *
「そこで、ズバーーン!ですよ!
そんで、あの偽物のギアブレードから、コアがピーン!
見てて気持ちよかったぁぁぁ!!」
「すげえよ、あいつ……。
最初はギアブレードが凄いと思ったんだけど、違ってた。
あんな体捌き、俺にはマネできそうにない」
「ほえぇ……。つかさ、そいつ、お前の新チームに入れるの?」
「「え」」
顔を見合わせる二人。
それを見守る元チームメンバーの男。
ファミレスの一角で、興奮冷めやらぬ二人は、偶然再会した元チームメンバーと話していた。
「それは……あいつの気持ち次第かな」
「元メンバーとして言っとくけどさ。
やたら強いやつをチームに入れるのは、やめといた方がいいぞ。
チームってのは全員が同じぐらいのレベルだと見られる」
「うっ、それは……。
トモ先輩、俺、天晴に負けないぐらい強くなりますから!」
「俺だって強くなりてえよ」
「まあ、俺も話を聞いてスカっとしたよ。あいつにボコられて、デュエリストやめちまった身としてはな……いい気味だぜ」
* * *
「オーディン!」
とある研究室。
一心不乱にパソコンに向かっている男に呼びかける男がいた。
トールである。
「今朝話したルーキーだけどな……」
「勝ったんだろ」
「えっ、知ってたのか……?」
顔色ひとつ変えず、キーボードをたたき続けるオーディン。
「ヨルズがやたらとルーキーの情報を送ってくるんでな。俺なりにまとめて、勝敗を予想してみたんだ」
「相変わらず、予想の正確さはピカイチだな」
「予想を当てる事が必ずしもいいこととは限らないけどな……」
「ロキの事か……。あいつはまだ子供だ。戦闘力だって、お前には及ばない」
「いや、純粋な戦闘力ならロキが上だ。
だが、戦闘の駆け引きと経験値なら俺が勝っている。
その事と、あの大会の敗因を説明したら、怒ってしまった」
「ガキだな、ロキは……。正論が耳に痛いのはわかるが」
「まあいいさ、大会で好成績を得られる程に正道を極めた者が、俺達ラグナロクの門を叩いてくれたのはいい傾向だ。
ロキはロキなりに、足りないものが何か探しているんだろう」
「正道のグラディエーター、元プロのロキか。
あんなに強いのに、デュエリストになろうってのが、俺にはちょっとわからないけどな」
「邪道であるデュエリストの世界でしか得られないハングリーさがある、って事さ。
多分、四天王だってデュエリストの世界に半身を浸かってるような化け物ばかりだぜ」
「汚い駆け引きを知る事が、強さに繋がるってのか」
「自分が汚れる必要はない。
だが、知らなければ防げない事もある。
その為に"知る"必要がある。
俺達ラグナロクは"極めて正道に近い邪道"のチームだからな……」
「そうなるとロキは心配だな」
「……ああ、あの精神成熟度では、一時的に邪道に手を染めるだろう。
勝つ事を全てとして、ユミルの巨人になるかもしれない」
「放っておいていいのか?」
「構わん。そんな事より、今はルーキーの事だ」
カタン。
エンターキーの押される音がすると、画面上に様々なデータが映し出された。
「夜宮……天晴?
いや、それより、なんだこの情報の充実度は……。ほとんど丸裸じゃないか……!」
「例のルーキーの情報だ。
蕎麦屋や学校での事はもちろん、11歳の時に親に捨てられている事も、その親が今、本島で何をしているかも、現時点での情報は全て調べた」
「怖いぜ、オーディン……お前にかかれば、俺達もここまで丸裸にされているのか……」
「……見たいか?」
「……やめておくよ」
トールの返答にオーディンは不敵に笑う。
「現在のデータから推察するに、夜宮の戦闘力はかなり高い域にあると言っていいだろう」
「高い域……ラグナロクに入れるほどか?」
「……純粋な戦闘力ならパルテノンのナンバーツーと同格。
経験の差を考慮するなら、ナンバースリー程度」
「大型ルーキーと言って差し支えないようだな」
「唯一の懸念点は、オールドタイプのギアブレードだな。
伝説の剣豪、塚原日剋が使っていただけあって、謎が多い。
さっきの戦闘力の推察は、通常のアドバンスドタイプを使った場合で計算した。
もしも剣豪のギアブレードが、常識の範囲外にあるなら……俺達ラグナロクといい勝負をするかもしれないぜ」
「……」
「トール、引き続き情報収集を頼む。
夜宮の次のデュエル、俺も見に行く」
「……!」
(ラグナロク最強の使い手にして最高のブレイン、オーディン自らが動く……!
夜宮とはそれほどのルーキーなのか……!?)
* * *
バキィッ!!
「どうしたんだよ、伝説の剣豪様よォ……」
「グウッ!!」
ベキッ!!
「こぉんな見掛け倒しのギア振り回しちゃって。
パルテノンのナンバーフォーだって、うそぶいてるんだって?」
──ワハハハハ……。
夜の闇に、嘲笑がこだまする。
「島は狭いからなァ……。情報が広がるのが早いんだ……。
特に、アンタみたいに派手なやつの情報はさァ!」
バンッ!
「グッ!」
柄の悪い連中に囲まれて、あらぬ暴行を受けているのは、偽の塚原日剋であった。
闇のデュエリストとして悪名を轟かせた彼を憎む者は多い。
彼は無名のデュエリストとの敗戦により、後ろ盾となっていたチームからも、その身を追われていた。
「パルテノンから直々のお達しなんだよォ……。
塚原日剋を見つけ次第……
始 末 し ろ っ て な」
* * *
「天晴ー、ちょっとギアブレード持って降りてきてくれー」
「わかったよ、おじさん」
夜も深くなり店じまい。
店内の掃除はユッコに任せている店長が、天晴を呼んだ。
(……やっぱ、怒られるのかな)
「ギアブレード、見せてみろ」
「うん……」
天晴が不安に駆られながらもギアブレードを手渡す。
空になった手の中を感じ、急に心細くなってしまう。
「自分で修理したのか」
(うっ、気付かれた)
「う、うん……。ごめん、おじさんのギアブレード、傷つけちゃって」
店長は修理箇所や中を分解して、各種ギアの状態を確認し始めた。
無言の時間が痛い。
箒を掃くユッコの動いている音だけが、こじんまりとした店内にやけに響いた。
「天晴、割といい戦いをしたようだな」
天晴は、ぽかん、となった。
てっきり怒られるものだと思っていたからだ。
「ブレードにダメージレベル3ってとこか。相手はアタックタイプだったんだろ、一回受けちまってるみたいだけど……いい感じに脱力できていたのかな、衝撃を逃がせてる。
修理方法も応急処置としては的確だ。
ブレードカバーはヒビが入ってるから、後で新しいのを注文しとく」
「新しいのって……このギアブレード、だいぶ古いから修理はできないってトモさん達が……」
「一般には出回ってないところに、ツテがあるんだ。
このぐらいなら、心配せずぶっ壊してきていいぞ」
開いた口が塞がらない。
店長は一体何者なのだろうか。
「天晴、今日みたいなアタックタイプを相手に攻撃は受けちゃいけない。
基本は回避。体捌きと足さばきだ。
パリイングなんて高等テクニックは考えるな。
あれは見極めが難しいんだ」
そう言いながら、ギアを噛み合わせて組み立てていく店長。
「もしアタックタイプの四天王、ファーラの決め技"ブラドストライク"を食らったら、コアの排出どころか、真っ二つにされてたぞ」
「まっぷたつて……」
ギアブレードは基本的に分解やコアの排出はされても、叩き折る事など通常不可能なほど頑丈である。
それこそ、性能のいい車のボディのような剛性があるのだ。
つまり、店長の言う四天王ファーラは、ギアブレードで車を真っ二つにできるという事……。
(待って、人間じゃない)
「あー、知ってますよ、ファーラさんって若い女性なんですよね!
男の子なら女性にギアブレードを折られたら二重にショックだろうなぁ」
話に割り込んでくるユッコ。
あまりに現実離れした話に混乱する天晴。
(なんだその人物、霊長類最強なのではないだろうか。
多分、驚くほどムキムキでゴリラみたいな人なんだろうな……。
いや、待て、6年前の記憶ではそんなゴリラはいなかったような)
「そりゃ四天王の四人は有名だからなぁ、ユッコちゃんでも知ってるよね」
「でも、シュンさんが暫定ディフェンディングチャンピオンを2回もやってくれてるの、店長、責任感じません?」
「お、俺とチャンピオンに何の関係があるって言うんだ」
「あくまでそういうスタイルですか、ふ~ん」
「???」
天晴には理解の及ばない話である。
(店長と暫定ディフェンディングチャンピオンに何の関係が……。
あれ、そもそも"暫定"ってなんだ?)
「シュンを倒せる奴が現れたら、そいつが新チャンピオンだ。
負けても四天王の座は守れるのに、あいつが勝つから」
「ふふふ」
そう、チャンピオンが辞退でもしない限り、暫定なんて言葉はつかないはずだ。
つまるところ、現在の暫定ディフェンディングチャンピオンのシュンに、勝った剣闘士がいるという事である。
(剣闘の世界って、思ったより奥が深いのかも。
わかってはいたつもりだけど、今日、俺が触れたのは、剣闘のたった一部でしかなくて……。
ギアブレードも傷つけちゃったし、俺なんかまだまだだ)
「で、天晴くん、次は誰とデュエ……バトルするの?」
「はぁ!?」
(次のバトル?
冗談じゃないよ、できればもう剣闘には関わりたくない。
あれ、でも俺さっき「まだまだだ」って思ったよな。
それってもっと強くなりたいって思ってるってことか?
待て待て、そういえば店長もさっき「心配せずぶっ壊してきていいぞ」って、次があるみたいな口ぶりだったじゃないか。
何を考えてるんだ……)
そこまで考えて、かぶりを振る天晴。
「いやいや、冗談じゃないよ。もうこりごりだ」
「えー、せっかく期待のルーキーなのに~」
「変な期待はやめてよ、今回はちょっと、やり返したかっただけ。
気が向いただけだよ」
(そうだ。凄く痛かったし、怖かったし、疲れた)
もう剣闘をやりたくないのが、偽りのない本音であった。
「ほら、イチャイチャしてないで掃除してくれよユッコちゃん」
「店長、私、年下も年上もどっちもイケちゃうんです~」
「おっ、俺にも春がやってきたかな~?」
「店長ならモテモテでしょうに~」
二人のやり取りで話が曖昧になってくれた。
天晴には、次の剣闘など考える余裕はない。
(カイル、あいつなら喜んで引き受けるんだろうけど…)
「おじさん、カイルってさ、強くなれると思う?」
実のところ、天晴の目から見てもカイルはまるで才能がなかった。
しかし、天晴を鍛えてくれた店長から見たらまた違うかもしれない。
「ダメだな、センス"は"まるでない。
まず、普通の歩き方からして変だ。
先天的に脛骨と腓骨のバランスが悪い。あ、簡単に言えば足の骨が曲がってるって事だ。
腰も斜めに傾いてるから、将来、椎間板ヘルニアになるぞ~ありゃ」
「……」
天晴が思っていたより、ずっと具体的な回答が返ってきた。
期せずして、店長の目利きを持ってして、天晴に才能がある、と伝えてきたことの裏付けになってしまった。
(カイル……すまん、お前の夢を手伝ってやることはできなさそうだ……)
「……でもな、四天王には変な奴がいる。
ミナギっていうテクニカルタイプの使い手だ。
あいつはチビだし、バカだし、ファーラみたいな力もない。
もうひとつおまけに言うと、女らしいところも何ひとつない。
ないない尽くしだ。
でも、あいつは独学で四天王になった、なぜかわかるか」
首を振り、否定の意を示す。
「剣闘が好きという気持ち、そしてめげずに努力し続けること、このふたつを持っているからだ。
このふたつこそが、何よりの才能なんだよ」
(……カイルなら、当てはまる。
でも、それじゃあ俺は……)
「店長、四天王の話をするなら、神威様を忘れないでくださいよ!」
「なんだ、ユッコちゃん、神威のファンなのか」
「当たり前じゃないですか!
美形で寡黙で愚直なまでの一直線……!
常に相手の攻撃を真っ向から受け止めて勝ち、紳士的な微笑みをくれる貴公子……!
理想の男性です!!」
「俺の春は散ったようだ」
剣島の住人なら誰しもが知っているであろう四天王。
6年前から顔ぶれの変わらない、剣島最強の四人の剣闘士。
暫定ディフェンディングチャンピオンとされているシュンが頭ひとつ抜け出ているのは天晴にもわかったが、神威という名には聞き覚えがなかった。
「天晴、あんまり知らなさそうな顔してるな」
「うん、まあ……あんまり記憶になくて。
俺が見たの、6年前だし」
「そっか。じゃあ簡単に説明しよう。
神威はとにかくタフな奴でな。
物理的にも精神的にも硬すぎるディフェンスタイプの剣闘士なんだ。
カードの選択はもちろんだが、回避、防御、パリイングが完璧すぎてな。
攻撃した相手のギアブレードが先に音を上げてコアを排出するほどだ。
特に、派手なプレイングと軽量を武器にするテクニカルタイプは、神威には絶対勝てないだろうな」
「あくまで、四天王クラスになったら、の話だけどね。
普通の人が使うディフェンスタイプなんて、そんなに硬くないのよ。
逆に言えば、ディフェンスタイプで名の売れてる人は、凄いわよ」
「ま、くっそ地味だけど」
「そこがいいんですぅ!!」
(へぇ~……。
ディフェンスタイプか。
地味だけど強いって、なんか、かっこいいな)
「おじさん、このギアブレードって、オールドタイプのギアブレードなんだよね?」
「ほぉ、オールドタイプなんてよく知ってたな。
このギアブレードなんて、オールド中のオールド。
お前と同い年なんだぞ」
(俺と……?)
「古臭っ! 16年ものってことですか!?」
「そうそう、まだまだ現役バリバリよ」
「その言葉遣いが、もう現役じゃないんですけど……」
「おじさん、このギアブレードで、どこまでやれるかな?」
「どこまでって?」
「うん、四天王になれるかな?」
聞きながら、天晴は「俺は何を聞いているんだろう」と思った。
今の天晴に、上を目指す気などはない、ただ、この古いギアブレードが、どこまで戦えるのか純粋に興味を抱いたが故の質問だった。
だが、二人の反応は、まるで子供を諭す親のようで。
「バッカね~、天晴くん、知らないとはいえ、さすがに呆れちゃうわよ」
「はっは、どこまでって言われると……そうだな」
そう言って、二人は一本指をゆっくりと上に掲げる。
「「てっぺん」」