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ろまけん - ロマンシング剣闘 -  作者: モノリノヒト
第壱部 
4/37

第4試合 - 不世出の才

「ただいま、おじさん」


 いつものように学校からまっすぐ帰宅し、店の扉を開けた天晴。


「……ああ、そう。パルテノン……そう」


 ──電話中か。


 面倒だからという理由で、蕎麦の配達すらしないおじさんが、仕事中に電話とは珍しいこともあるもんだ……そう思いながら、二階への階段を上がろうとした時。


「天晴、待て」

「えっ」


「ユッコちゃん、店じまいして」

「はい、店長。お給料は定時まででお願いします」


(おいおい、この店大丈夫なのか……。

 勝手に店は閉めるわ、働いてないバイトに給料払うわ、俺の学費は出すわ……)


「ああ、よろしく頼む」


 ガチャリ、と受話器を置き、店長が厨房から出てくる。


「どうしたの、おじさん」

「天晴、お前、ギアブレード振るのが日課なんだって?」


 天晴は焦った。

 どうしてそれを、と。


(おじさんのギアブレードを勝手に使ってること、ついに怒られる……?)


 救いを求めてユッコを見てみれば、ふい、と視線を逸らされる。


(チクったの、お前かぁぁぁ!)



「何を緊張してんだよ。

 ギアブレードについてはいいんだ。もうお前のもの同然だしな」


 ほっ、と安心する天晴。


「何から話したものか……。

 とりあえず、着替えてから、ギアブレード持って降りてこい」

「う、うん」


 店長が何を言っているのかわからないが、とりあえず言われた通りに部屋着に着替え、ギアブレードを片手に店内へ降りる。


「ちょっとな、見てみたいんだ。お前の日課の動きを」

「わ、わかった」


(なんか、改めて見られると恥ずかしい。

 大体なんでユッコねーちゃんまで見てるんだ。

 もうアガりじゃないのか)


 雑念は多いが、とにかく一歩を踏み出す。

 二歩、三歩と歩いて、振り下ろす。


「ほぉ~……」

「ね?」


 一連の動きを見せた天晴を見ながら、二人は何か納得している。


「天晴、その動きはどこかで習ったのか?」

「いや、適当。かっこよく言えば、独学」

「へぇ、ははは」


 突然笑いだす店長。


(な、なんだ、そんな面白い事言ったかな)


「天晴」

「うん」


「俺の指導を受ければ、もう一歩先へ行けるぞ」

「え? う、うん」


 意味がわからなかった。


「ただし、強くなれば敵が増える」


 それは嫌だ、と思った。


「天晴くん、カイルくんから聞いたけど、こないだの傷、悪い人に酷い目に遭わされたんでしょ」

「う、うん……まあ」

「やられっぱなしで悔しくないの?

 強くなって、カイルくん達の仇を討ってあげようよ!」


(……)


 感情論は置いておいて、なるほど、そういう話か、と得心がいった。

 なぜかはわからないが、敵討ちをしましょう、という流れになっているらしい。


「まあ、そういう話だ。天晴、お前には剣闘の才能があるかもしれん。

 正道を行きたいなら、高性能ギアブレードも買ってやる。

 別にそこまで高い買い物でもないしな」

「い、いや、さすがにそれは」


 話が飛躍しすぎている。

 なぜこういう話になっているのか、天晴には皆目見当もつかない。


「そもそも、なんでそんな話になってるの?」


「今の型を見て、剣闘の才能を感じた事がひとつ。

 お前がボコボコに、のされて帰ってきた事がひとつ。

 お前の友達のカイルくんが、病院送りにされた事がひとつ。


 こんなに借りがあるなら、返してみないか?

 と、まあ、大体そんなところだ」


 なんだそれ、剣闘の才能って。

 ギアブレードなんてオモチャだろ……。


「お前が敵討ちなんてどうでもいいと言い、なおかつ剣闘の正道を歩むというのなら、他人が望んでも手に入らない環境を用意してやれる」


(他人が望んでも手に入らない環境……?)


 その言葉の真意は理解できなかったが、店長の言葉に冗談は何もなかった。

 思わず生唾を飲み込む天晴。


「お前が敵討ちを望むなら、俺の指導だけだ。

 デュエリスト相手に敵討ちなんて、正道とは言えないからな」


(デュエリスト……。トモさん達みたいな剣闘を楽しむ人達もいれば、それに唾を吐くような奴らもいる世界……)


「最後に、何もかも忘れるならギアブレードは没収。今までの生活に戻っていい」


 その言葉は意外すぎた。


「待ってくれよ、どうして今までの生活に戻るのにギアブレードを没収されなきゃいけないんだ」

「ほっといても強くなりそうだから」


 まるで強くなってはいけないかのような店長の言葉。

 天晴の人生のターニングポイントが、山に捨てられて以来、また到来していると感じた。


「……」

「強くなれば敵が増える。

 平和に過ごしたいなら、ほどほどに弱い方がいい」


 この返事いかんで、天晴の人生は大きく変わる。

 剣闘から離れる人生と、正道か邪道、栄光か自己満足の待つ人生の分岐路。


「おじさん……俺、俺は……」



 * * *



 ──翌日から、天晴は店長の指導を受ける事になった。


 指導といっても大した事ではなく、足の運び方を習っただけだ。


 膝を少し曲げ、足首をぐるりと回転させる。

 まっすぐ歩く時も、横を向くときも、まず足首から曲げる。

 その足の運び方で、日中全て過ごすよう言われただけだ。


 登校時も、昼休み中も、下校時も、日課の時も。


「……ただいま」

「おう、無事だったか」


 少し重心を下げているだけなのに、存外に太ももへの負担がきつい。

 足首もくるくると回しているせいか、脚全体が鉛のように重い。


「3日目だからね、正直きついよ」

「1週間もすれば慣れる」


 ──プルル。


「はい、蕎麦屋とわり。

 ……おう、お前か」


 電話に出ている店長を尻目に階段を上る。

 学校の時もそうだが、これが一番堪える。

重心を下げている事に慣れていっているせいか、足が持ち上がらない。

段差とも感じていなかった段差が、巨大な壁のようである。


「ふぅ……」


 部屋につき、着替えた後、日課へと移る。


 踏み出す一歩が、重い。

 足に丸太を巻いているかのようだ。


 本当に鍛えられているのか?

 それは天晴にはわからない。


 だが、店長の指示を無条件で信頼できるだけの恩を、天晴は受けていた。


「……やるか」


 * * *


 夜の山は暗く、静謐せいひつである。

 剣島などという離島の山には人気ひとけなど微塵もなく、独自の生態系を持った生き物が存在し、有体ありていに言えば、危険な場所だ。


 しかし、そんな山に今夜は少数の男女が集まっていた。


「パルテノンの奴らが動き出したらしい」

「俺は知ってるぞ。ザコ狩り専門のチームだ。胸糞悪い」

「ま、あたいらチーム・ラグナロクに挑んでくるデュエリストなんて、島中探したっていないよ」


「で? どいつが動いたんだ?」

「剣豪・塚原日剋だ」

「ああ……あの偽物の」


「また名もないチームの芽をつぶしたらしい」

「やれやれ、そんなに敵が増えるのが怖いかね」

「強い力は、より強い力に潰されるものだ。

 そろそろ灸を据えてやるべきか……。

 オーディン、どうする」


 オーディンと呼ばれた男が静かに口を開く。


「何も手を下す必要はないさ。

 パルテノンの奴らは所詮、闇にしか生きられないデュエリスト。

 俺達ラグナロクの目的は、デュエリストを極める事ではないからな」

「ヒュー、かっけぇー」


「オーディンを茶化してんじゃないよシグルズ!

 ってかさー、新人のロキちゃんいないじゃん」

「俺は知ってるぞ、彼はまだ若い。こんな時間に山に来る方が不健全だ」

「デュエリストが健全さを語るなんて、まさに神々の黄昏だな」


「それより、気になる噂を耳にした。

 本物の剣豪・塚原日剋が見つかったという話だ」

「本当か、オーディン」

「ああ、ヨルズの情報によるものだ」


「あの女の情報かよ、チッ」

「フリッグ、女の嫉妬はみっともないぞ」

「うっせぇうっせぇうっせぇわ、オーディンに見向きもされてないこのあたいの気持ち、どこにぶつけたらいいんだよぉ」

「……」


「話を戻すぞ。その塚原日剋が、誰かを育成しているらしい」

「……なんと」


「何タイプのギアを使うんだ? やっぱ、オーディンみたくテクニカルか? 案外アタックだったりして?」

「気に入らねーなぁ、こういう話になると一番話題に上がらねえディフェンスタイプのギアが。

 極めれば最強はディフェンスタイプだ」


「そういうのは俺達に勝ってから言え、シグルズ。

 それに、俺は知ってるんだ。

 暫定ディフェンディングチャンピオンはバランスタイプだぞ」

「あんな低い次元でバランスのとれたギアじゃ話にならねえよ。

 あんな骨董品で暫定ディフェンディングチャンピオンを2連守してる使い手が異常なだけだ」


「ま、バルドルとシグルズの話もわかる。

 バランスタイプが一段遅れをとるのは明確な事実だ。

 だが俺に言わせれば、アタック、ディフェンス、テクニカルの各タイプは極めればそれほどの差はない。

 それを象徴するように、現在の四天王は、全員ギアタイプが違うだろう」


「オーディンの言う通りだぞ、お前ら。

 どのギアが最強か、ではなく、どういう使い手が最強か。

 俺達ラグナロクはギアに使われるガキ共とは違うんだ」

「わ、わかってるよ、トール」


「どんなギアを使おうと、使い手が優れていれば何者をも凌駕りょうがする。

 それは、6年前の大会で本物の塚原日剋が証明した」


 その言葉で一瞬の静けさがもたらされた。


 彼らの脳裏には、6年前の剣闘大会……。

カードを使用する高性能ギアブレードの台頭で荒れに荒れた大会の事が浮かんでいることだろう。


 当時の四天王、チャンピオンが新型の高性能ギアブレードにことごとく敗退。

 今ほど研究の進んでいなかったアタック・ディフェンス・テクニカルタイプを押しのけ、低い能力を持ちながら決勝の舞台に立った、バランスタイプの使い手。

 現・暫定ディフェンディングチャンピオンのシュン。


 そして大方の予想を裏切り、アドバンスドタイプよりもさらに古いオールドタイプで決勝へと勝ち上がってきた剣豪、塚原日剋。


 結果は大方の予想を大きく裏切るものとなったが、あの大会以来、塚原日剋は表舞台から姿を消した。


「……まさか、蕎麦屋のオヤジになっていたとはな」


 オーディンが失笑する。


「さあ、お前達、無駄話は終わりだ。

 今日のメニューを各自に配布する」


(……次の大会まで約三年。

 兄さんが絶頂期にあるうちに、俺の理論の完成を見なければ)


 * * *


「そっかー、行くんだ。天晴くん」

「うん、せっかくねーちゃんが掴んでくれた情報だしね」

「ユッコちゃんって呼んでいいのに~」

「……」


 店じまいした店内で、天晴は一通りの演武を終えた。

 店長からの反応は上々、ユッコのおかげで塚原日剋の居所もわかった。


「天晴、ひとつだけバトルのアドバイスだ」

「え」


 店長がそんな事を言うとは意外だった。

 とはいえ、才能があるなどと、おだてられたところで、自分に自信などない天晴はアドバイスを真摯に受け止められる。


「相手は邪道を往くデュエリストなんだろ。

 だったら、蹴りに気をつけろ。

 ロー、ミドル、ハイ。いずれも一発ももらうんじゃない」

「わ、わかった。できるだけ、やってみる」


「よぉし……それじゃ、伝説の剣豪(笑)塚原日剋とかいう奴をぶちのめしてこいよ」

「ぷっ」


 その言葉に、ユッコが失笑した。



 * * *



 翌朝──。


 今日は日曜日。

 天晴は、本来なら朝からこんな憂鬱な気分で過ごす予定ではなかった。


 仕方ない。

 本日は決戦の日であった。


 敵討ちをすると、自分で決めた以上、できることはやってきたつもりである。


 店長の配慮で借りた市民体育館。

 あの日の苦い思い出が蘇る。


 店長曰く、苦手意識の種は早いうちに潰しておく方がいい、ということらしい。


 確かに、体育館に入るだけで体が強張るのを感じた。


 同時に天晴を射すような視線がみっつ。


「「えええええ!?」」


 驚きと落胆の声色を合わせたのは、カイルとトモの二人。


(何でいるんだ……)


「て、店長さんが来てくれるんじゃなかったのか?」

「伝説の剣豪が来なくて、なんでお前なんだよぉぉぉ」

「……いや、ちょっと話が呑み込めないんだけど」


「天晴、おじさんは、何か言ってなかったか?」

「えーっと、伝説の剣豪かっこ笑いを、ぶちのめしてこいって」

「意味わかんねーよ! お前には無理だ!」

「そう言われても、おじさんがいけって言うから……」


「いつまで待たせるつもりだ? 相手はそいつなんだろぉ?」


 いつか見た、あの大男だ。

 レギュレーションを完全に無視した2メートルはあろうかという巨大なギアブレードに思わず身が竦む。


(これが正道の剣闘から外れた邪道の剣闘士……デュエリスト!)


「天晴、そのギアブレード、お前のなのか?」

「いえ、これは、おじさんのです」


「そうか……なんとなくわかったぜ。

 天晴、いっちょかましてやってくれ!」

「……は、はい」


「うぇぇぇ……トモ先輩、天晴には無理ですよ」

「大丈夫だ。伝説の剣豪が使っていたギアブレードが、ただのギアブレードなわけがないだろ。

 塚原さんは、天晴でもワンチャンあるから天晴を送ってきたに違いない」


「それなら、トモ先輩がギアブレード借りればいいじゃないですか」

「剣豪のギアブレードなんて癖がわからないよ、どんな改造されてるかもわからないし」

「ひぃぃ、天晴、せめて生きて戻ってきてくれ……」


 * * *


「上からのお達しでな。ここでデュエリストを一人、ぶっつぶせと言われている」

「俺も伝説の剣豪かっこ笑いをぶちのめせって言われてます」


 二人が、おもむろにギアブレードを構える。


「てめぇ……クソ度胸してやがるぜ。

 俺はパルテノンの剣豪、塚原日剋。

 流派はない、我流だ」

「俺は……えと、無所属、夜宮天晴よみやてんせい

 流派はない、我流だ」


「おちょくってんのか、てめぇ!」


 ギュアアア!!

 塚原のギアブレードが唸りをあげて起動する。


 クゥゥゥン……

 天晴のギアブレードも静かに駆動音を鳴らし始める。


 その駆動音を聞いたトモの顔が一拍の後、青ざめる。


 

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