第36試合 - いつか、その先へ
激闘の後日──。
天晴は約束通り、オーディンに呼び出されていた。
……ファミリーレストランに。
「よく来たな、夜宮」
「……」
「どうした?」
「なんか、意外だなって思って。
よく来るんですか、ファミレス……」
「はは、しょっちゅうさ。
兄さんと、もう一人仲の良いやつがいてね。
その二人となら頻繁に来る」
「そうなんですか……」
「そのもう一人仲の良いやつというのが、今回のキーパーソンだ。
今はトイレに行っているが」
「……」
「すまない、待たせたみたいだな」
「噂をすれば影が差す、とでもいうべきかな」
「誤用だろ、それは」
「慣用句は常に進化するものさ」
「……」
「おっと、すまない。
蕎麦屋以来だな、夜宮。
俺はラグナロクの第4神、トール。
オーディンとは長い付き合いなんだ」
「あ、夜宮天晴です」
「まあ、こっちはお前の事をかなり知り尽くしているけどな。
悪く思わないでくれよ、情報は何より大切なんだ」
「あんまりいい気分はしませんが……」
「はは、そのおかげでお前の両親の事がわかったんだ。
それでチャラって事にしてくれ」
「そうですね、俺はその話を聞きに来ましたから」
「夜宮、お前の両親は今、本島にいる」
「本島、ですか」
「ああ。本島にあるギアブレードの研究施設で二人共働いている。
アドバンスドA/D/Tシリーズのプロトタイプの開発などを行っているようだ」
「剣闘関係、ですか。
何の為に、俺を捨てたんですか……!」
「すまない、そこまでは掴めていない。
それと、そのギアブレードの研究施設は極秘施設でな。
俺達の情報網をもってしても潜入することは不可能だった。
したがって、お前の両親に接触はできていない」
「そう、ですか……」
「悪い、夜宮。
俺達なりに調べたんだが、お前にとっては大した情報じゃなかったかもしれない」
「いえ、トールさん、そんな事ないです。
ありがとうございます」
「トール、可能な限り、引き続きの調査を進めてくれ。
研究施設に缶詰になっている可能性はあるが、外出する日があるかもしれない。そこを逃さないよう頼む」
「わかった、全力を尽くす」
「オーディンさん、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「夜宮、何か勘違いしてはいないか?
俺は損得抜きでは動かない。
言っただろう、お前は俺にとって重要なサンプルだと。
お前が成長を続け、剣闘を続ける限り、俺は俺の出来る範囲で力になろう。
ただし、観察はさせてもらうがな」
嘘や偽りは一切感じない。
すとんと得心のいく説明であった。
「オーディンさん、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「サンプルって、何のサンプルなんですか?」
「そうだな……、話しておいてもいいかもしれない。
俺は"剣闘士の可能性と育成理論"というレポートを書いている」
「はい」
「この理論は剣闘士のレベルを引き上げるだけではなく、デュエリストから正道のグラディエーターを輩出する事が真の目的なんだ」
「……!」
「俺の理論では、純粋な正道の剣闘士より、デュエリストを経験したグラディエーターこそが最強足りえると考えている。
サンプルというのは、そのアプローチの違いによるものなんだ」
(……やばい。
この人、なんて大きな事を考えてるんだ……)
「俺の中で、お前は"デュエルの中で進化する天才"というサンプルだ。
モルモット扱いされていい気持ちはしないだろうがな」
「い、いえ、むしろ、そんなに買われて……何て言っていいか」
オーディンは、そんな天晴を見て「フ……」と薄く笑うと、メニューを取り出した。
「今日の話はこんなところだ。
さあ、好きな物を頼んでくれ」
「よしっ、俺はハンバーグだ!」
「トール、お前は自腹だ」
「なん……だと……」
凄い人物のはずの、二人のやり取りが、妙に身近に感じた。
その事がおかしく思えて、天晴は笑ってしまう。
この時の天晴はまだ頭になかった。
彼らラグナロクとは、もう一度だけ戦う機会がある事を。
ラグナロク最強の敵、第2神バルドルが、主神オーディンの知己を得て、己と死闘を繰り広げる事になるなど、今の天晴には思いもよらなかった。
* * *
ところ変わって、本島。
とある道場の一室。
スポーツチャンバラよりも危険な、剣闘というマイナー競技に、興味のある若い男女が集まっている。
そんな彼らを相手に教鞭をとる男がいた。
「……という歴史があり、現在の剣闘が成り立っている。
諸君らが携わろうという剣闘は、大変危険な競技であることが、理解いただけたと思う。
それでも月謝を払い、剣闘を学びたいという者だけ残れ」
三十人はいたであろう男女が、次々と席を立ち、出ていく。
それでもまだ十数人が残っている。
「ここからは有料の講義になる。本当にいいのか?」
ダメ押しにもう一度、ふるいにかける男。
最終的に残ったのはたった六人の男女だった。
「……残ったということは、生半可な覚悟ではない、ということでいいな」
出て行った人物らとは明らかに面構えの違う六人。
何が彼らを剣闘に駆り立てるのか、それは男にとっては関係がなかった。
ただ、剣闘をやる事に理由などないのだから。
さて、今回は何人が残るだろうか。
これからの地獄を想像し、男の口角がクイと上がる。
「改めて名乗ろう。
講師の黒澤勇気だ。
お前達を剣島で戦えるデュエリストに育てあげてやる」
* * *
病院のラウンジにて……。
「アーサー、大丈夫ぅ?」
「トリスタンよく来てくれたわ、暇よ暇!」
「右を見ても左を見ても、オジジ様とオババ様ばっかり!
私のアオハルがこんなところで消耗されちゃっていいのかしら」
「ま~ま~、そういうと思って~、遊びにきたんじゃん♪」
「普通、お見舞いに来たって言わない?」
「い~じゃん、どっちでも同じっしょ」
「トリスタン。
んー、もうエリカって呼んだ方がいいのかしら。
円卓は解散しちゃったものね」
「やめてよ、気が滅入る話はさー。
あれはランスロット達が悪いんだし」
「ランスロット……マイケルにも悪い事をしたわ。
ううん、ガラハド、いえ、ジョシュアがついてきてくれた時、きちんと断るべきだったんだわ」
「アーサー、入院続きで気が弱くなったの?
私が尊敬する翔ちゃんは、そんなに弱い子じゃなかったんだけどナ~?」
「何よ、私だって反省することぐらいあるのよ」
「でも気にしてもしょうがないよ。
ジョシュアは治療の為に海外に入院。
マイケルもお兄さんだからついていったし」
「モードレッドも入院してるのよね」
「ああ、あのアンポンタンはちょっと別の病院だけどね。
面会しようなんて思わないでよ?」
「さすがにそこまで厚顔無恥じゃないわよ。
そういうエリカこそ、ガウェインは……?」
「知らな~い、どっか行っちゃったわ。
ま~、しばらく色恋沙汰はいいや、めんどくさいし」
「あっさりしてるわね」
「そういう翔ちゃんこそ、夜宮とは上手くいってるの~?」
「う~ん、ぶっちゃけ、好きかな」
「知ってる。そうじゃなくて、進展具合はどうなの?」
「……友達以上、恋人未満、かしら……」
「かーッ! 甘酸っぱいっ!!」
「夢の中でなら告白されたりしたんだけど」
「願望かよ! ってか、自分から言わないのかよっ!」
「結構頑張ってアピールはしたはずなんだけど……。
もしかしたら脈なしかもなあって」
「うえぇ……そんなことある?
夜宮って朴念仁? 昔のおっさんみたいなタイプぅ?」
エリカの他人の恋愛をほじくる話にはキリがなく、翔もまんざらではない受け答えをしながら、自分の気持ちを固めていく一日となった。
* * *
「店長、蕎麦湯おかわりでーす」
「またかよ……タダで提供するのやめようかな」
「塚原さん、そう言わないでくださいよ。
ハマっちゃいまして」
「トモくん、キミねえ、蕎麦屋に来て蕎麦湯だけ飲むなんて非常識だよ~?」
「すみません、今月もギアブレードの修理で金欠でして……」
「困るんだよねえ、他のお客さんの迷惑にもなるし……」
「「いや、誰もいませんけど」」
「……ユッコちゃんもトモくんも、言いにくい事言ってくれるね……」
──ガラガラ。
「こんにちは」
「いらっしゃ……なんだ、鏑木くんか」
「はは、どうも。今日も閑古鳥が鳴いてますね」
「そろそろ秋も深まってきたから、売れる時期なんだけどなあ」
「二八蕎麦に負けてるんじゃないですか?」
「俺は十割蕎麦に賭けてるの!」
「……まあ、それはいいんですけど、今日はチーム蕎麦屋としての話をしに来ました」
トモ以外の全員の顔付きが変わる。
「……部外者の方がいるみたいですけど、いいですか?」
「え、俺?」
全員がトモを見る。
「……まあ、別にいいだろ。
で、今回は何の話だい、鏑木くん」
「はい。夜宮が次に戦うと推測される相手……。
ラグナロクの第2神、バルドルについてです」
* * *
テロンテロン山。
道なき道を往くと、小さな山小屋が一軒見える。
「神威先生ぇ~~!」
「む、カイル=エアシュート」
「お久しぶりでっす!」
「何しに来た」
「プロの剣闘士に合格したんで、その報告と、改めての修行のお願いでっす!」
「プロに……? そうか、めでたいな」
「ですです! でも、大会までは二年ありますから、もう一回基礎から叩き直してくださいっす!」
「……お前は、プロになったという意味を理解しているのか?」
「もちろんっすよ! 正道を歩むプロとして、剣闘の歴史に名を刻んでやりますよ!」
「……そうではない。
プロになったお前は、もう俺の敵だと言っている」
「……」
「……」
「マジっすか」
「大マジだ」
「それじゃ、組手し放題っすね!」
「野良バトルはデュエリストのやる事だ。プロのグラディエーターがやってはいけない」
「修行もダメなんですか!」
「好き好んで敵を強くする奴がどこにいる」
「ここにいると思いまっす!!」
「……お前はバカなのか?」
「そ、そこまで言うなら、シュンさんとは言いませんから、ミナギさんとかファーラさんとか、四天王の方々を紹介してくださいよ!」
「ミナギは教えるのが下手くそで何を言っているのかわからない。
ファーラも教えるどころかお前の芽を潰すだけだ。
そしてシュンは多忙」
「も~~、やっぱり神威先生しかいないじゃないですか!」
「俺とて好きで山暮らしをしているわけではないのだが。
塚原日剋に頼んでみたらどうだ」
「ダメっす! それはダメっす!
俺は天晴のライバルですからね!
正道と邪道、グラディエーターとデュエリストの違いはあれど、同じ剣闘の覇道を歩む者同士!
終生のライバルですから!!」
「……覇道」
「はいっす!!
塚原日剋のライバルといえば、シュンさんかもしれませんけど、神威先生だって塚原日剋をライバルだと思ってますよね!」
「……うむ」
「なら、決まりっす!
神威先生は、シュンさんを倒して、チャンピオンを目指す!
俺もシュンさんや神威先生を倒して、チャンピオンを目指します!
いずれ天晴が正道に来た時、ディフェンディングチャンピオンとして迎え撃ってやるんす!!」
「……その天晴という奴は」
「はい?」
「そいつは正道に来るのか?」
「いつかはわかりませんけど、来ます!
あいつは剣闘の天才っすから!
俺、才能ないんで努力しかできませんけど、絶対迎え撃ってやるんす!」
──天才VS努力。
6年前の大会は裏でそう言われていた。
片や5年の修行を積んだ努力の人、塚原日剋。
片や僅か半年で決勝まで上り詰めた天才、シュン。
(似ている)
カイルと天晴の関係性は、かつての塚原日剋とシュンの関係によく似ていた。
だが、完全に独学だった塚原日剋と違い、カイルには自分がついている。
かつて自分も感じた、天才達との埋まりようがない差を、努力で埋めようとしている男がいる。
己を超える強敵を育てる事もまた、一興と思う神威であった。
「カイル」
「はい!」
「お前は二人の天才を超えなければならない」
「……」
「シュンと、天晴だ」
「……はいっ!」
「荷物を置いてこい。早速始めるぞ」
「はいっ! 神威先生ぇ!!」
* * *
こうして彼らはそれぞれの道を歩み出した。
剣闘という遊びを通して繋がった道は、人々の心に多くの軌跡を残し、後世へと伝わるだろう。
小さな国の外れにある、剣島という小さな島──。
そんな小さな島で、今日もどこかでロマンシングな剣闘が繰り広げられている。
「お互い、名乗って! 礼!」
「構えて、いざ!!」
──剣闘開始!!
天晴の才能が、未来を紡ぐと信じて……!
ご愛読ありがとうございました!
……おや? 完結設定の様子が……??