第31試合 - 終末への序曲
「ぎぃぃぃいいってぇぇぇ!!」
店長ののたうち回りように、少しだけ「ざまあみろ」とほくそ笑む鏑木。
天晴は"店長のギアブレード"を握りしめたまま、茫然としていた。
(──負けた)
凄く変な負け方をした。
このような負けがあるという事が、天晴にとって衝撃であった。
天晴のギアブレードは綺麗な状態だ。
最初の一合以来、ほとんど打ち合っていない。
なのに、手動でコアを排出させられており、駆動は止まっている。
負け、ではあるが、その事実を呑み込むには少々時間が必要であった。
「思いっきり振り下ろされると、いてえな、ギアブレード」
「そりゃそうですよ……。店長さんに技を食らわされたこっちの身にもなってください」
「いや~、悪いね、つい白熱しちまって」
「……でも、良かったんですか。
夜宮、ボコボコでぼーっとしてますよ」
「いいんだよ、もっと早くに全力を出して負けて欲しかったんだが、まあ、こういう変則的な負けもデュエルならでは、だろ」
「……前代未聞ですよ、相手のギアブレードから直接コアを抜くなんて」
「コア抜いたのに振り下ろされたからな!
天晴の奴め、いい攻撃しやがる」
「嬉しそうじゃないですか」
「俺が教えられる事は全部教えたって感じかなー。
どれだけ身についたかは知らないが、あとはあいつ自身がゆっくりと飲み込んでいくだろ」
「店長さん、後学の為に伺いたいんですが」
「なんだあ?」
「あの踏み込み、どう見ても普通じゃなくて理解できなかったんです。
何をやったんです?」
「ん~、ああ、瞬歩と縮地ね。
ありゃ~、古武術だよ」
「古武術、ですか」
「説明は難しいんだけどな?
足で蹴るんじゃなくて、足を抜くっていうのかな。
膝を折って体重で移動するんだよ」
「……高等技術なんですね」
「努力すれば誰にでも出来るようになる。
もちろん、足腰と体幹は重要だけどな。
それだけの鍛錬は、天晴に積ませてきた」
「じゃあ夜宮も、あの技術を?」
「なんかのきっかけで使えるようになるかもな。
完璧な鷹の目斬りが決まれば、オーディンって人にもワンチャンスあるんじゃないか?
データ派ってのは、自分の予想外の出来事に驚くからねえ」
(確かに……あんな踏み込みが出来る人だとは聞いていなかった。
伝説の剣豪、塚原日剋……。
オーディンの方が強いと言ったが……、何がロートルなものか。
全く錆びついていない、ギラギラのデュエリストだぜ……)
「キャーーーー!!
訓練場が血まみれ! 天晴くん!?
鼻血どうしたの!? 手当しなきゃー!!」
「おうおう、騒がしいのが来たぞ」
「店長さん、あとで嫌味言われますよ、きっと」
「ははは、我々の世界ではご褒美ですってか」
* * *
時は変わって──。
夜更けの波止場。
膝をついていたのは、神に愛された女性だった。
「はぁ、はぁ……やるじゃない、ヨトゥン」
「そんな型遅れのギアで、この最新型についてくる貴女がおかしい」
「そう? 世の中にはオールドタイプで新型を倒す彼だっているんだから」
「夜宮天晴……。奴が円卓を壊したと言っても過言ではない」
「あなたにとって、円卓はただの監視対象でしょうに」
「ランスロットとガウェインに強く説得されたんだ……。
あんたたちといた日々は、確かに楽しかった。
ラグナロクに戻っても、俺の居場所なんてなくて。
ロキを立てようとしても、あいつはオーディンにべったりで」
「あなた、仕える相手を間違えすぎなんじゃない?」
「うるせえ、誰も俺の居場所を作ってくれないなら、俺自身が居場所を作るだけだ」
「そうやって、ランスロット達にそそのかされたわけね」
「そそのかされたわけじゃない!
あいつらは、俺の事を本当に仲間だと考えてくれて……!」
「じゃあ、なんでこっちに来たわけ?
私を倒しても、あの頃の円卓は戻ってこない。
ランスロットは弟のガラハドを取り戻したい。
ガウェインは因縁のあるトリスタンを取り戻したい。
で、あなたは利用されたってわけ」
「ち、違う……。あいつらは、俺を仲間だと」
「マーリンとパーシヴァルは? あの子達は仲間じゃないの?」
「新しい円卓を作ってから、迎えに行く!」
「ふぅん、パーシヴァルはともかく……。
本当にそれであのマーリンが戻ってくると思う?」
「……く」
マーリンはえげつない戦い方を好んだテクニカルタイプの使い手だった。
端から見れば変わり者で、なぜ円卓の騎士として居たのかわからない程、謎の多い人物である。
長く円卓の騎士を監視してきたヨトゥンことモードレッドでさえ、マーリンについては謎だらけだったのだ。
考えれば考える程、マーリンが戻ってくる未来は見えない。
モードレッドの心は揺らいでいた。
「私がここまで追い詰められてるし、あなたが強くなったのは認めるけど。
あなたのやり方は私と同じ。
だから人が集まって来ない。
マーリンも帰ってこない」
「誘ってみなければわからないだろ……!」
「わかるわ、あなたには度量が足りない。
あなたが新しい円卓を作ったとして、ラグナロクの間者を受け入れられるかしら?」
「もちろんだ!」
虚勢である。
間者とわかっていながら、受け入れる事など、モードレッドに出来るはずがなかった。
それと同時に、間者とわかっていながら、自分を受け入れ仲間として扱ってくれたアーサーの度量の広さを、思い出してしまった。
* * *
「トリスタン、やはりあなたは強い」
「ガウェインさ~、色々重いよ、キミ」
「なんですか、色々って……」
「色々は色々だよ、心当たり豊富っしょ?」
「……」
「あともう、わかってると思うけど。
アンタの事、男としては見れないから」
「なっ!?」
「それと~、こういう事は、あんまし言いたくないけど。
アンタのギアじゃ、アタシには勝てないよ?」
「それは……理解しています。
あなたが手を抜いて、わざと俺とのデュエルを長引かせている事も」
「ほほぅ、成長したネ」
「……くっ!」
一種のカマかけのつもりであった。
だが、まさか本当に手を抜かれているとは思っていなかったのである。
「じゃあ、もう終わりでいい?
ま、円卓がつぶれても、アタシはアーサーと一緒に行くけどね。
アンタ達の作るチームに、アーサーは興味ないっしょ」
「それは、モードレッド次第ですから……」
「他人に頼んなっての。
モードレッドがダメなら自分が説得するぐらいの覚悟はもったら?」
「……だから、最初に説得させてくださいと頼んだでしょう」
「ダ~メ、あの時はアンタ、二対一に持っていこうとしたでしょ。
アーサーが多対一もできるの知ってて、そういう事しようとした。
見過ごせないんだなぁ~、アタシとしては」
「……く」
この元雇い主、現ギャルっぽい人物は、深い洞察力で己の全てを見抜いていた。
「で、では、ガラハドはどうですかね?
あいつはランスロットのいるこちら側にくるはずです」
「あー、あいつはアーサーにラブリンコで無理ね~」
「ら、らぶり……?
ガラハドに夢中なのは、あなたも同じでしょう、トリスタン」
「うげぇ!? なんで知ってんのよ、気持ち悪い!」
「き、気持ち悪いとは酷い言い草ですね。
好きな人の事ぐらい、知っていて当然です」
「あ~、なんかわかったわ、円卓ってつぶれて当然だった感あるわ」
「だから、俺達で新しい円卓を……!」
「いや、ないわ。パス。
アーサーが夜宮と付き合って、ガラハドがアタシと付き合って、アンタがアタシを諦めない限り無理だわ」
「……」
何のオブラートにも包まないその言い回しに、開いた口がふさがらないガウェイン。
「っちゅーわけで、終わらせるわ。
やる事できたし」
* * *
互いに顔を見合わせ、にじり寄る二人の男。
構えは互いに、玄武水湖流、居合の構え。
数奇にも互いに同じアタックタイプのギアブレード。
片方は兄としての威厳を湛え、もう片方がその背を追い抜かんとする弟……。
そう、二人は兄弟であった。
二人の距離が少しずつ縮まり、刹那の瞬間に弟がギアブレードを居抜く。
一瞬遅れて兄のギアブレードも居抜かれ……。
──ガンッ!
互いのアタックフロント同士がぶつかり合う。
だが、これは決して兄が劣っているわけではない。
むしろ、先に抜かれた剣閃を見抜き、瞬時に合わせている兄の方に技量の分があると言えよう。
「……こんなものか、ガラハド。
お前はアーサーの元で、何を学んだ」
「ランスロット兄さん……。
俺は何も学んじゃいない。
最近はギアを振ってもいなかったよ。
アーサーが対外デュエルに乗り気じゃないからね」
「時間はたっぷりとあったのに、お前は、円卓は停滞したまま。
やはりアーサーに、翔にリーダーは無理だったんだ」
「いや違う。分裂した円卓でも、アーサーは普段通りだった。
そりゃギアを振るう機会は減ったけど、三人で談笑したり、遊びに行ったり、楽しい円卓は維持されてた。
周りが変わったのに、自分は変わらないって、それは凄く大変な事だったはずなんだ」
「そういうのを停滞と言うんだ」
「変わらない覚悟は停滞じゃない、とどまる事を選択しているから」
──ガンッ!
「例え兄さんでも、その覚悟は笑わせない」
「笑うよ、信じて預けた弟をここまで腑抜け(ふぬけ)にした女を」
──ガンッ!
「翔は夜宮に夢中だ。お前に脈はないぞ」
「いいんだ、翔さんじゃなくて"アーサー"の側にいるって、俺が"選択"したから」
──ガンッ!
言葉を投げ交わす合間に、何度となく合わせられる居合抜き。
このままでは勝てない事を、ガラハドは悟っていた。
(何か、思い切った事をしないと)
──夜宮がね、ランスロットと戦った時……。
ふと脳裏に浮かぶアーサーの声。
嬉しそうに眩いばかりの笑顔で話すその声は、ガラハドのとめどなく溢れる恋心を刺激しつつも、心に暗い影を落とした話だった。
(夜宮……そうだ、あいつなら)
「兄さん……。俺の覚悟を見せてやる」
「……くだらん」
そして居抜くガラハドのギアブレード。
やはり一瞬遅れて合わせてくるランスロットのギアブレード。
(ここだ!)
身体を捻らせ、剣閃に身体を割り込ませる。
(身体で受けてから反撃すれば……)
メリィ!! ベキベキ!!
「ぐあああああっ!?」
「ジョシュア!?」
ギアブレードは玩具として販売されているが、実質のところかなり危険な鈍器である。
達人級の居合を操るランスロットの剣速であれば、それを身に受ける事など、無謀以外の何物でもない。
それをやってのけたのが天晴であるが……。
「うがああああ……!!」
「ジョシュア! バカな事を!」
ランスロットがガラハドに駆け寄る。
(息が、息が出来ない! 兄さん、助けて、兄さん)
筆舌に尽くしがたい様相でランスロットに助けを求めるガラハド。
──バシィ!
ランスロットの頬をはたく人物。
「アンタ、何してんのよ!!
救急車呼びなさいよ! バカ!!」
トリスタンであった。
すぐさま懐からじゃらじゃらとキーホルダーのついた携帯電話を取り出し、救急車を呼ぶ。
ランスロットはまさかの事態に硬直したまま、何もできなかった。




