第29試合 - 成長限界
暑い夏が過ぎ、少し肌寒さを感じる秋の半ば。
この半年で剣島には、二人の大型ルーキーが誕生した。
一人は四天王、伊達神威に指導を受けたというチーム・シャングリラの剣闘士、カイル=エアシュート。
もう一人は、蕎麦屋とわり流の使い手、チーム蕎麦屋の夜宮天晴。
しかも二人は親友同士。
ややもすれば交差しそうな二人の剣闘士は、意外にもぶつかり合う事はなかった。
カイルが正道、プロの道へと進む事になったからだ。
「ライバルのお前を超えるのも、俺にとっては大事だけどな。
やっぱ師匠を超えてこその弟子って感じだろ!」
にっかりと笑いながらそう言い切るカイルを、天晴は眩しく感じていた。
天晴には明確な目標がない。
剣闘が好き、なんとなく強くなりたい、そういったぼんやりとした気持ちしか持ち合わせていなかった。
(すげーや、俺なんかよりカイルの方がずっとしっかりしてる……)
* * *
「どうした夜宮、最近、身が入っていないようだぜ」
「鏑木さん、すみません。ちょっと、カイルの事が引っ掛かって」
「ああ、プロ試験に合格したんだってな。
雑誌にも載ってたぞ」
「え、雑誌にですか!?」
「本島で刊行されてるマイナーな雑誌だけどな。
剣島で行われる伝統風習、剣闘について扱っている不定期発行の雑誌なんだ」
「そ、そんな雑誌があるんですか……」
「何がどこに需要があるかわからないって事さ。
噂によると本島でもギアの研究機関があるとかないとか」
「……」
「ほら、このページだ。
カイルが写真付きで載ってるだろ」
「……ホントですね。コメントまで載ってる……。
やべー、あいつにすげー差をつけられてる気がする」
「お前も目指してみるか? プロを」
「いや、俺、多分無理ですよ。
夏頃に比べればそりゃ強くはなりましたけど、未だにカードの使い方は下手ですし、知識も……」
そう、天晴には知識がない。
厳密には、知識を得る為の"興味"が足りなかった。
カイルのように剣闘全般に対する興味ではなく、天晴の興味はプレイヤーとしての部分にのみクローズアップされていたのだ。
そのため、慢性的な知識不足を生み、カードの扱いの成長を妨げてもいた。
目下の課題は、カードの扱いについてである。
だが、敵は天晴の成長を待ってはくれない。
「夜宮、ちょっと真面目な話だ」
「はい」
いつも真面目な顔をしている鏑木が、わざわざ真面目な話、と告げてくる。
こういう状況は今までになかった。
「この数か月お前を見てきたが、お前の成長速度は著しい。
だけどな、このノートを見てくれ」
それは鏑木が、オブザーバーとして蕎麦屋に参加してから、毎日の訓練を書き連ねてきた分厚い軌跡であった。
「成長してますね、俺」
こうして客観的に見てみれば、自分が思っている以上に成長している事を感じ取れた。
「確かにそうなんだが、俺が見て欲しいのはそこじゃない。
夏頃と、夏の終わりと、最近の状態だ」
言われてノートを見せられるが、データ派ではない天晴には何が何だか理解ができなかった。
「わからないって顔してるな……」
「はい……」
「お前の成長曲線が、緩やかになっていってるんだ」
「……」
「これは、お前が伸び悩んでいるのか、それとも限界が近づいているのか、俺には判断がつかない。
だが、現段階で仮にカードの扱いをマスターしたからといって、四天王と戦える程強くなったかというと、そんな事はないと思う。
そこまで来て、ようやくロキの足元に届くといったレベルだ」
限界──。
感じた事のなかった自分のぎりぎりの範囲。
このまま鍛えていれば、どこまでも強くなれると、天井など存在しないと思っていた。
だからこそ日々強くなっていく自分に満足していたし、カイルを羨ましく思う事はあれど、どこか遠い場所の出来事として捉えていた。
「このままでいいとは思っていない。
そこでだ。
カンフル剤として、一度戦ってもらいたい相手がいるんだ」
「……」
「そいつと戦えば、お前の今ある全てが見抜かれてしまうだろう。
恐らくは勝ち目のない戦いだし、完膚なきまでに打ちのめされてしまうかもしれない。
それでも……」
「やります。やらせてください。
その人と戦えば、俺に足りないものが、埋まるかもしれないんですよね」
鏑木は自身の提案を躊躇していた。
ここまで育てあげた夜宮天晴という逸材を、あの巨大な敵にぶつけて破壊されてしまうのではないか、と。
だが、天晴は自分の意思で鏑木の言葉を遮り、戦いたいと言ってきた。
オブザーバーとして、彼に出来ることは、もう何もなかった。
「店長さん、夜宮をやばいやつと当てます。
多分、いや、100%負けると思います。
店長さんの理想とする負け方ではないと思いますが、いいでしょうか」
「いいよ、鏑木くん。
ここまで引っ張っちまったら、誰に負けても同じだ」
そこまで言われてしまうと、さすがの天晴もムッときた。
「そんなにヤバイ相手なんですか」
「ああ、ロキなんて目じゃないぐらいやばい」
「ちょ、ちょっと! 私を抜きで何大変な事話してるんですか!?」
設備の整備をしていたユッコが慌てて駆け寄ってくる。
「鏑木の言ってる相手って、あの人でしょ!?
ダメよ、天晴くんが壊されちゃう」
「ユッコちゃん、いいんだよ、そこで折れたら天晴はそこまでの剣闘士だったって事だから。
あとはカイル君の応援に回ればいいじゃねえか」
「で、鏑木さん。誰なんですか、その相手って」
「もちろん、ラグナロクの主神、オーディンの事だ」
* * *
所変わって……。
六人の男女が互いに睨み合っている波止場。
「兄さん……」
「ガラハド、そこをどけ」
「嫌です。アーサーは、俺が守ります」
「モテモテだねー、アーサー!
じゃ~、アタシはあっち相手にしてくるからっ。
その怖い顔した人はシクヨロ~♪」
「ちょ、ちょっと、トリスタン!」
「じゃーん、トリスたん参上~!
ガウェイン、お久しブリッツ~♪」
「……相変わらずですね、トリスタン。
いや、エリカ=ガーデンベルグお嬢様」
「ちょ、本名はやめろし」
「すみません、からかってみたくなっただけです」
「ガウェインを雇ってたのは小学校の頃なんだから~、そういう関係は忘れようって言ったじゃない」
「そうでしたね……。
では、昔のよしみで、アーサーと話をさせてくれませんか」
「却下~♪」
「……アーサー」
「……何しに来たの、モードレッド、いいえ、ヨトゥン。
あなたがラグナロクを追い出されたの、ちゃーんと知ってるわよ」
「……」
「今更戻ってきたいなんて言っても」
「違う」
──ギュアアィィン!
「……変わった音のギアね?」
「本島に少数流通している、新型だ。
不本意ながら、エクスカリバーJr.と名付けた」
「へえ、恥ずかしい名前ね」
「お前のギアがエクスカリバーなら、俺のエクスカリバーJr.がお前を打倒する。
そして、お前のワンマンチームではない、俺達の円卓を築く予定だ。
その為に、お前は邪魔なんだ、古き王」
──フィィィィン!
「別に私のギアはエクスカリバーなんて名前じゃないけど。
そこまで言うなら相手してあげるわ」
夜も更け、人気のなくなった波止場にて、六振りのギアブレードが交差し合う。
人知れず、円卓の騎士達の最後の戦いが始まっていた──。
* * *
カタカタ。
カタカタ。
カタッ……。
その報告に、男のキーボードを打つ手が止まる。
「そうか、思ったより早かったな」
「ああ、夜宮はいつでもいいそうだ」
もはやお馴染みとなった研究室。
ラグナロクの主神オーディンとトールの二人の会話。
「でもまさか、お前を指定してくるなんてな、オーディン」
「恐らく、夜宮が壁のようなものにぶち当たっているんだろう。
成長曲線は成熟するに従って緩やかになっていく。
緩やかになるという事は、成長を感じられなくなり、おのずと限界点を悟ってしまうものなんだ」
「それは……その気持ちは、俺にもわかる」
「トール、これはお前にも言える事だが、その限界点だと思っているその先に、真の強さがあるんだぜ。
ブラギならその壁を破る為のキーとして、俺とデュエルさせようとする……。
そう考えてもおかしくない」
「受けるのか? このデュエル……」
「受けない理由がない。
俺に求められている役目、十二分に果たさせてもらうが……。
夜宮にも、俺の理論の礎となってもらうつもりだ」
(そうか。ついに、この時が来たか……。
ラグナロク最強のブレイン、主神オーディンが出陣する時が)
「そういえば、デュエルは久しぶりだろ?
腕は鈍ってないのか?」
「確かに、対外デュエルは久しくしていなかったな。
だが、俺には最高の練習相手がいる事を忘れていないか、トール」
「……第2神、バルドル……!」
「そう、兄さんとは毎日ギアを打ち合っている。
おかげで腕も勘も鈍っていないし、対夜宮のシミュレーションは完璧に済ませてある。問題ないさ」
「恐ろしいぜ……だが、圧勝して勝負にもならないかもしれないな」
「圧勝か……そういう戦いも出来るが、俺は夜宮をあくまでサンプルとして見ている。
サンプルナンバー3、夜宮天晴は"戦いの中で進化する天才"。
だから、その素質を引き出すような戦い方をするつもりだ。
わかるか、勝ち負けは問題じゃないんだ、トール」
「デュエルをやるのに勝つ以外の意義を見出せるなんてお前ぐらいなもんだよ、オーディン。
だけどな、お前が負けたらラグナロクの地位は危うくなるぞ」
「その時はまた勝ち続けて、力で黙らせればいい。
有象無象が何人でかかってこようが、俺達ラグナロクの相手ではない」
「はは……。発言が異次元すぎる」
「トール、ラグナロクはそもそも俺達三人で始まったチームだ。
何があってもそこに戻るだけで、俺達が弱くなるわけじゃない。
俺の理論ばかり優先して悪いが、俺はラグナロクそのものに深い愛着があるわけじゃないんだ」
「……それは、薄々気付いちゃいたが、そうはっきり言われると、残念な気持ちだよ」
「今のラグナロクはトールが作ってくれたものだからな。
その事に感謝は尽きない。
だが、俺は自分の理論の完成を見たいんだ」
「わかってる、悪い。困らせるような事を言って。
それで、いつにする?」
「それについては少し考えている事がある。
また面倒事を頼むことになるが、シティホールでも貸し切ってくれ」
* * *
「夜宮、先方からの返事が来たぞ。
来週土曜日、15時にシティホールで会おうってさ」
「え、シティホールですか? めちゃくちゃお金かかってません?」
「オーディンはそういう奴なんだ、金の事は気にしなくていい。
14時にタクシーが迎えに来るそうだから、ちゃんと準備しておくんだぞ」
「た、タクシー……」
「もちろん、代金はオーディン持ちだから気にするな。
俺達も呼ばれてるから、店長さんにも話して臨時休業してもらう事になった」
「なんか…大ごとになってますね」
「それだけ注目されてるデュエルだって事だ。
もしかしたらギャラリーなんてレベルじゃなく観客がいるかもしれないが、アガるなよ?」
「い、いや、観客とか」
(観客がいるかも、と話しただけでこのアガりっぷり。
オーディンの予想通りか……。
それも含めてシティホールの選択。
精神的にも追い詰めようって魂胆だな、えげつねえ)
「……重く捉えるな、これまでだってギャラリー背負って戦った事はあるだろ」
「ま、まあ、そうですね」
「んー、鏑木くん、そのオーディンってやつは、そんなにやばいのか?」
「おじさん」
相変わらずのっそりとした動きで訓練場に入ってきた店長。
「はい、オーディンは剣島きってのデータ派で、ほとんど予想を外した事がありません。
あまりの予想の命中率に、絶対命中する予想"グングニル"だなんて呼ばれてるぐらいです」
「ほぇ~、また大層な名前がついてるね。
で、腕はどれぐらいやるの?」
「……失礼ですが、店長さん以上かと」
あまりに淡々とした事実を述べる鏑木。
伝説の剣豪以上という衝撃の発言に固まる天晴。
その言葉を受け、頬をかく店長。
「天晴、カイル君に倣って、師匠超え、しとくか?」