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ろまけん - ロマンシング剣闘 -  作者: モノリノヒト
第肆部
26/37

第26試合 - 蕎麦屋奥義

 ここに来て、天晴は明らかな違和感を覚え始めていた。


(……!)


 攻撃が当たらない、当たってもひどく浅い。

 まるでこちらの攻撃のタイミングがわかっているかのように、カイルにかわされてしまう。


(何をされてるんだ!? マジで気がヘンになりそうだ!

 こいつ、本当にカイルなのか!?

 カイルにセンスがないって、おじさんがでたらめを言ったのか!?)


 焦った天晴はがむしゃらにギアブレードを振るうが、カイルはしっかりとその動きを見定め、回避している。


(センスなんてもんじゃない。

 俺だってカイルにセンスはない、そう思ってたはずだ。

 じゃあ、これは、この動きは……!!


 センスとは関係がない"理論的な行動"って事か……!)


 ようやくその正体を掴み始めた頃には既に遅かった。

 傍目から見ればほんの僅かな差だったが、当人達にとっては埋まりようのない明確な差が生じていた。


(天晴、お前はやっぱすげえ。

 でも神威先生の方が、もっとすげえ!

 だから、俺が勝つ!!)


 ──ピッ。


 その瞬間、天晴の視界の端に、カイルがカードをスキャンした姿が見える。

 苦し紛れに、ホルダーに収まっているカードを一枚引き抜き、使用する。


 ──ピッ。


 * * *


「わかったぞ、カイルのあの動き、四天王の伊達神威の動きに似ている!

 あれが神威気功術の神髄ってわけか!」

「ええ!? じゃあ天晴くんは神威と戦ってるようなものってこと?

 それじゃ、それじゃ……」


「カイルは強い。あれは俺でも歯が立たない。

 宮永、お前ならどうだ……?」

「……悔しいけど、微妙。勝ち負けになると思う」


「ナンバーズに並ぶ野良デュエリストがこんなところにもいるなんてな。

 オーディンがデュエリストにこだわる理由がわかる気がする」

「もうはっきりわかるわ。カイルくんは強い!

 でもその強さが、天晴くんについてる勝利の女神の目を覚まさせるっ!」


 * * *


 天晴のその動きは無意識であった。

 理論的にも、オカルト的にも、何の意味もない動き。


 その動きが一瞬、カイルの気配取りを狂わせた。


「あ」

「えっ」


 明鏡止水の心持ちとでもいうべきか、無一物の境地とでも表すべきか。

 その瞬間、天晴の頭はカラッポであった。


 あれほど暴力的に溢れていたオーラでさえ、カイルが感じ取る事ができないほど、消えてしまった。


 それは近くで見ていたユッコと鏑木にとっても同様で、当の本人でさえ「あ」などという間抜けな声が出てしまう程である。


 そして開かれる視界。

 あまりに鮮明に広がる視界と情報。


 カイルの動揺と次の動きがよく見える。

 まるで未来が見えているかのような動きで、天晴のギアブレードがカイルのギアブレードに吸い込まれていく。


 ──ガッ!


「!!」


 ギャリギャリギャリ!!


 ギアブレードが当たった事を知覚したカイルはダメージを受け流そうと動かすが、天晴のギアブレードが吸い付くようにして離れない。


(ここでマグネットかぁぁぁ!!)


 何という運命の悪戯であろうか。

 気まぐれな勝利の女神は、カイルを応援しているように見せかけて、ふと天晴のカードを指さしてしまった。


 カード戦の苦手な天晴がホルダーに仕舞っていたのは、最初に使ったカーリッジを含めても3枚。

 ホルダーに残った2枚のうち、マグネットを無意識に引き当てさせた。


 天晴自身も、よく知っているはずだった未知の強敵に、覚醒した。


 蓄積し続けた店長の指導、ユッコと鏑木のアドバイスによる覚醒へのとっかかり、そして、カイルという最高の強敵。


 今、この瞬間の天晴は、かつてない程の強さを持っていた。


「いっけぇえええ!!」


 天晴とギアブレードが一体となって、光のオーラに包まれる。

 静かに、だが大きなその流れはカイルごとギアブレードを呑み込んでいく。


(ダメだ、受け流しきれない、ちくしょ……ちくしょうっ!)


 ──ピーンッ!


 * * *


「……」

「……」


「カイル……その」


「あー、負けた負けた!

 自信あったんだけどな」


 悔しがりながらも負けて悔いなし、というカイルは、大の字に倒れ込む。


「カイル……。

 お前、強かったよ、今までの、誰よりも」


「勝っちまったか」

「店長」


 いつの間にか剣闘を見ていた店長が天晴とカイルに近づく。


「俺の見立てではカイルくんの方が上手うわてだと思ったんだがな」

「お、おじさん……」


 まるで天晴が負ける事を望んでいたかのような店長の言動に、眉をしかめる天晴。


「そろそろきちんと負けた方がいいと思ったんだけどな。

 負けから得られるものは多い。

 勝ち続けてるだけでは、わからない事が多く手に入る」

「そんなこと言われても、わざと負けるなんてできないよ」


「わかってる。それに、俺がお前をノしても意味がないんだよなぁ。

 あくまで対等の相手にしっかりと負ける事が必要なんだ」

「……」


 言外にロキとのデュエルは無効だと告げられ、黙り込む天晴。


「あ、おじさん。もしわかったらでいいんですけど、俺、天晴とのデュエル中に気になった事があったんですよ」

「……なんだ?」


「突然、天晴のオーラが消えて、気配が読めなくなったんです。

 天晴は天晴で「あ」とか間の抜けた声出しちゃうし、何が起きたのか全然わかんなかったんです」

「ふーん……。

 天晴、その時の感覚、思い出せるか?」


「え、うん、多分。

 なんか、視界がバァーっと広がって、見えてなかったところまで見えるようになったっていうか……」

「ほう……」


「おじさん、わかります?」

「そりゃわかる。

 いよいよ天晴にも芽吹き始めたか」


 その場の全員が固唾を飲んで、店長の次の言葉を待つ。


「天晴のその感覚は、俺の我流剣術の奥義。

 いわば蕎麦屋奥義だな。

 その名は、明鏡止水」


「明鏡止水……」


「いつも出せるわけじゃないが、バトルがある程度の段階まで到達した時に起きる、ランナーズハイに似た現象だ。

 脳内の分泌物がどうたらこうたらで、普通は見えないものまで見えるようになるし、時間がやたらゆっくりと進んで見える」


「確かに、そんな感じだった……」


「シュン曰く、脳のリミッターが外れた状態だから、長く続けるのは危険だって言ってたけどな。

 たかが剣闘でリミッターを外せるまでに鍛えられているならいい傾向じゃねえか」

「た、たかが剣闘って、店長!」


 ユッコが食ってかかる。


「蕎麦屋奥義だって言っただろ、俺の蕎麦は明鏡止水で打ってる蕎麦だぞ」


「……」


 あまりな使われ方をする奥義に、一同は言葉を失った……。


 * * *


「楽しかったよ、またデュエルしような天晴」

「ああ……カイル、お前マジで強くなったよ。

 前、センスないなんて言ってごめんな」


「なんだ、そんな事気にしてたのか?

 センスはやり方や努力を工夫すれば、どうにかなるってわかったからさ」

「……そっか」


(……でも、才能ってやつはその上を簡単に行っちまうんだなぁ。

 次やったらもう天晴には勝てないかも。俺ももっと努力しなきゃ)


「カイルくん、神威の奴は何か言ってたか?」

「あ、はい。教える事はもうないから、後は経験を積めって」


「あいつらしいな。

 で、カイルくんはうちのチームに来るのかい?」

「おじさん、それは!」


 天晴が驚きの声を上げる。

 だが、予想に反してカイルはゆっくりとかぶりを振る。


「俺は天晴のライバルですから!

 トモ先輩と一緒にシャングリラで頑張りますよ!!」


「そうか、まあ、頑張れよ。

 神威がそこまで仕込んだんだ、もうお前も"狙われる側"だからな。

 いつまでも挑戦者の気でいちゃダメだぞ」


 それはカイルに向けての言葉だったが、天晴の耳にも痛い程響いた。


(俺、カイルと戦って、今回初めてはっきり格上とは言えない相手と戦ったんだ。

 これが、挑戦される側の気持ちか)


 この場に居合わせた僅か5人しか知らない昼過ぎの熱いデュエルはこうして幕を閉じた。


 * * *


「なるほど、報告ご苦労だった。

 引き続き、何かあれば頼む」


 研究室でカタカタとキーボードを打ち込んでいた男、オーディンは電話を持っていた手を離し、コーヒーを手に取る。


「おっと、俺としたことがブラックだったか」

「違う、それは俺のコーヒーだ」


 オーディンが気が付かない程、接近を許した男。


「兄さんか、来ていたなら話しかけてくれればいいのに」

「忙しそうだったしな、俺は気を遣えるやつなんだ」

「フフ」


 ラグナロクの第2神バルドル。

 ナンバーズとしてはオーディンに次ぐ第2神ではあるが、純粋な剣闘技術はもはやプロの領域に達している達人中の達人である。


「夜宮の相手になりそうな奴がもういないだろう。

 そろそろ俺の出番かと思って来た」

「はは、兄さんの出番はまだ早いよ」


「トールじゃ情報収集にもなるまい。

 先にお前が出る気か、オーディン」

「もちろん俺自身が実際にぶつかって見るのもいい方法だと思ってるけど、そろそろ何らかの動きがあるんじゃないかなと思ってる」


「問題児のか」

「そう、悪戯好きな神が何をやらかしてくれるのか、楽しみでね」


 バタン!


 ノックもなくぶしつけに開かれる扉。


「大変だぞ、オーディン!」


 

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