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ろまけん - ロマンシング剣闘 -  作者: モノリノヒト
第参部
20/37

第20試合 - 分裂

 天晴はゆっくりとした時間の中で、砕け散るブレードの破片ひとつひとつを、初めて排出される自分のギアブレードのコアを目で追っていた。


 本来の時間にしては一瞬。

 だが、天晴にはとても長い時間に思えた。


 コアが地面に放り出された頃、勝者は吐き捨てる。


「もっろ。そんな旧式使ってるからだよ。

 面白くないなぁ。ねえ、夜宮天晴。

 あんたにやる気があるなら、次はちゃんとしたギア持ってきてよ。

 そしたら、特別にまた相手してあげるからさ」


「……」


「つまんな。帰ろ」


 天晴は茫然としていた。


 これまで5年間共に居たギアブレード。

 内容の濃い4戦を共に戦ってきた店長のギアブレードが、こんなにあっさりと壊れてしまった。


 ギアブレードの破壊と共に、思い出までも壊されたような気がした天晴は、ついに、心が折れてしまう。


「う……ううう、あああああ……!!」


 * * *


「そんで、病院行ってないのか」

「……」


 こくり、と頷くだけで精一杯だった。

 心身共にぼろぼろになりながらも、何とか蕎麦屋まで帰ってこれたのは、ぎりぎりの帰巣本能によるものだったのかもしれない。


 営業中ではあるが、客のいない蕎麦屋のテーブルの上に、ブレード部分の消えたギアブレードが置かれている。


「こりゃ、また綺麗に壊されたもんだな」

「……」


 店長がコアをはめ込み、スイッチを入れる。


 ──クゥゥゥン!!!


 ピーン。


 内部のギアが駆動すると同時に、排出されるコア。


「なるほど。もう限界だったんだな、こいつも」

「……」


「こいつは静音シリーズって言ってな。クゥゥゥン……っていう静かな駆動音が特徴なんだ。

 でも今、駆動させてみたら、すげえ音してやんの。

 つまりもう、寿命だったんだよ、限界。

 お前のせいじゃねえ」


「……おじさん、俺、俺……」

「天晴、大事に使ってくれて、ありがとな。

 それと、無事で良かった」


「……うわあああああ……!!」


 * * *


 ひとしきり泣いた天晴は、覚束おぼつかない足取りではあったが、部屋に戻ってきていた。

 いつもギアブレードを立てかけていた壁を見るが、そこには何もない。


『こいつは静音シリーズって言ってな。クゥゥゥン……っていう静かな駆動音が特徴なんだ。

 でも今、駆動させてみたら、すげえ音してやんの』


(静かな駆動音……。

 思い返してみれば、今日の昼から、違和感はあった。


 多目的ホールだから音が響いてるだけかと思って気にしてなかったけど、あれはもうギアブレードが限界を訴えてる音だったんだ……)



 ──クゥゥゥン……!

 ──いつもよりひと際、大きな音を立てる静音タイプのギアブレード──


 ──クゥゥゥン!

 ──天晴の心に呼応するように、唸りをあげる天晴のギアブレード──


(──つまり、支柱部分があのギアブレードの弱点!

 そこを叩けば、俺にもチャンスはある!──)

 ──クゥゥゥン!!



 思い返される昼のデュエルの出来事。


(どうしてもっと、ギアブレードの声を聴いてやれなかったんだろう。

 危険だってわかってたのに、どうしてあの時、逃げなかったんだろう。

 やらないって言ってれば、壊れる事なんてなかったのに)



 ──ああそうだ、ギアブレード、メンテしてやるよ──

 ──多分、今回は大丈夫。体張って守ったから──



(全然大丈夫なんかじゃなかっただろ……!

 どうしておじさんの好意に素直に甘えなかったんだ……!)



 ──バキッ。

 ──クゥゥゥ……ゥゥゥン……。



「……っ!」


 布団を被り、何度となく今日の出来事を思い返しては、後悔が渦巻く。


(俺、ギアブレードの事、何にもわかってないんだな……)


 今日び、子供でもギアブレードのメンテナンスや改造を行う時代である。

 それに比べると、天晴の知識は圧倒的に不足していた。


 これほどの素人が、他の追随を許さない程の技術を持っている事がそもそも異常なのである。


 加えて店長こと伝説の剣豪、塚原日剋にも問題があった。


 ギアブレードのメンテナンスを一人で行ってしまっている事が、天晴の知識不足を招く一因となり……。


 日々の修行についても、本人に意味を考えさせようとするあまり、多くを語らない。

質問されれば答えるが、そういった修行方法は天晴には向いていなかった。


 ──言う事は聞くし、やることはよく出来てる。

 だけどなんかなぁ、俺の予定通りに育っているところがいまいちだなぁ──


 それもその通りである。

 基本的に天晴は店長を心底信頼しており、言われる事に疑問をもたず、愚直に遂行するタイプだった。


 結果、めきめきと伸びる技量だけが一人歩きし、知識や理論が全く追い付いていないという、類を見ないちぐはぐな剣闘士が出来上がってしまったのだ。


 こうした様々な要因が重なり合い、ギアブレードの駆動音の異常に気付けなかった天晴は、酷く後悔にさいなまれていた。


 * * *


「何? ロキが動いた?

 詳しく聞かせてくれ、トール」

「ああ、夜宮に剣闘を挑んで、ギアを破壊したらしい」


「破壊? 破損ではなく?」

「そうらしい……本人の話ではブレードを粉砕したそうだ」


「そうか……悪戯いたずらの神らしい余計な事をしてくれるな……」

「今度の事でラグナロク内でも、ロキの信奉者が出始めた。

 オーディン、お前の指示なしでナンバーズが勝ったという事実が大きいみたいだ」


「それを確かめるために、ロキに挑む奴が現れてもおかしくないな」

「残念ながら、もうヨトゥンが挑んで、負けている。

 どうする、妙なカリスマを持った奴の台頭はまずくないか」


「ふむ……。

 俺が思っているよりも事態が進んでいるようだな」

「ヨルズとフリッグの様子もおかしいし、一枚岩だったはずの俺達ラグナロクが……どうなってしまうんだ」


「心配するな、トール。

 少なくとも第4神であるお前とバルドルは、俺についてきてくれるんだろう?」

「もちろんだ。ラグナロク結成当初は俺達3人だったんだからな。

 それに、俺が強くなるには、お前の指導が必要だ、オーディン」


 口頭とはいえ、絆の強さを示した上で、自らの受けるメリットも語るトール。

 彼の強みはこうした人心掌握術にあると言っても過言ではない。


 それゆえにオーディンにとってトールの存在は欠かせない人物であった。


「チームというのは、持ちつ持たれつの関係が理想なんだ。

 少なくとも俺がいることで、メンバーにはメリットがあるし、俺もメンバーがいる事でメリットを享受きょうじゅしている。

 仮にロキがラグナロクを割ったとして、さて、ロキにメリットがあるかな?」


「……やけに落ち着いてると思ったら、そう言う事か……」


「それよりトール、さっきの話に出たヨルズだがな。

 面白い事を始めようとしているみたいだぜ」

「面白い事?」


「ああ、実は既にヨルズと会って話したんだ。

 開口一番、ラグナロクに夜宮を勧誘した事を謝ってきたよ」

「夜宮を勧誘だって? それが成功してたら、お前の計画は……」


「まあ落ち着けトール。

 勧誘自体は失敗したそうだがな、場合によってはラグナロクを抜けると言い出した」

「そんな勝手な……」


「いいんだ、俺に言わせればあいつは塚原日剋の蕎麦屋を突き止め、夜宮天晴という新星を掘り出した。

 それだけで、十二分に役目を果たしてくれている。

 ……面白いのはこれからなんだ」

「……というと?」


「あいつ、仮にラグナロクを抜ける事になっても、俺の力を貸してほしいと言ってきた」

「か、勝手にも程があるだろう」


「あまりにわがまますぎてね、思わず吹き出してしまった。

 俺の予想を超える突飛な行動、ヨルズはそこが面白い」


 はっは、と思い出し笑いをしてしまうオーディン。


「笑いごとじゃないだろう」

「それも心配するな、俺にメリットがなければ断るつもりだ」


「……返事を保留しているのが、気にかかるがな」

「保留も何も、言いたいだけ言って出て行ったからな。

 返事は後日、ヨルズがラグナロクを抜けるとなった時にする予定だ。

 いや、まったく、嵐のような女だよ、ヨルズは」


 はっはっは、と再び笑うオーディン。


 ラグナロクの危機にも、あまりに迷いなく愉快そうに笑うその姿に、トールは不思議と安心感を覚えていた。


「おっと、そう言えばな、オーディン。

 シグルズが野良のデュエルで負けたらしいぞ」

「シグルズ……? ああ、第7神か。

 放っておけ、大勢に影響はない」


「お前はシグルズに冷たいよな」

「そうか? まあ、全て自分の実力だと勘違いしている傲慢な男だからな。

 しかもそうやって調子に乗せておいた方が強い。

 ある意味で扱いやすく、ある意味で救えない男だ」


「酷い言いようだな」

「悪意はないんだ。だが少なくとも、俺の計画に適した人物ではない。

 それよりもギアを破壊された夜宮が、どうなるのかが気にかかる」


「ああ、そこは……気は進まないがヨルズに任せるべきなんだろうな」


 * * *


「えええええええええ!?

 天晴くんのギアブレード、壊されちゃったんですかぁ!?」

「ユッコちゃん、ねぇ、そんな大きい声出さなくても。

 ギアブレードなんて壊れるもんでしょうが」


「だってだって、あのギアブレードって、店長のギアブレードでしょ!

"てっぺん"を獲ったギアブレードですよ!?」

「時代が変わったって事だよ、うんうん」


「そんなの……そんなのって……」

「おいおい、なんで泣きそうな顔になってるんだ」


「私がもっと強く、勧誘してたら……」


「んっ?」


「い、いえ……。

 それより、修理できそうなんですか、ギアブレード」


 ふぅ、とため息をつきながらブレードの破壊されたギアブレードを手に取る店長。


「見ろ、ブレードの破損はもちろんだが、衝撃で内部のギアまで歪んでしまっている。

 これを修理するなら、全とっかえが必要だ」


 その事に少なからずショックを受けるユッコ。


「全とっかえって、新しいの買うってことですか?

 天晴くんは、この店長のおんぼろギアブレードで、新型に勝っていくから強さが際立っていたのに……」

「お、おんぼろとは酷いな。

 せめてロートルと言ってくれ」

「言葉を変えても意味のヒドさはあんまり変わってませんけど……」


「いいんだよ、シュナイダーみたいなもんだ」

「シュナイダー、ですか?」

「仕立屋さんって意味だ。意味の割にかっこいいだろ?」


「店長の感性って独特ですよね……」

「ユッコちゃんに言われちゃ、俺もオシマイだなぁ、わっはっは!」


 愛剣を破壊されたというのに、まるで悲壮感のない店長。


「店長……もしかして、予備がもう一本あるとか!?」

「どうした急に。

 ないよ。このギアブレードは正真正銘、6年前に大会で俺が使っていたギアブレードだ」


「うっ……こんな旧式で、あの天才シュンを倒したなんて信じられないです……。

 デュエリストにとって神器みたいなものなんですよ、このギアブレードは……」

 

「まあ、ギアブレードはお祭り用のオモチャだからね。

 壊れるまで遊んでもらえて、こいつも幸せだっただろう」

「店長までそんな事言うなんて、なんか、悲しいです」


「ま、天晴の事は頼むよ、ユッコちゃん。

 あいつ、女の子にもフられたみたいだしさ」

「へ、へぇ~」


 不謹慎とわかってはいるが、自分にもチャンスが巡ってきたかもしれない、そう考えてしまうユッコであった。



 * * *



「待て、モードレッド!」

「止めるな、ランスロット」


「そうよ、止めなくていいわ」

「アーサー、お前まで何を言うんだ!」


「ふふ、モードレッド、もう情報収集はいいの?」

「……!!」


「あなたを円卓の騎士に受け入れた時、円卓の裏切者であるモードレッドの名を与えたのは、なぜだと思う?」

「……お見通しだったというのか、アーサー」


「そうよ、モードレッド、いえ、ラグナロクのヨトゥン」

「なんだって!?」


「……驚いた。ただの小娘だと思っていたが、そんな事まで掴んでいたのか」

「私だってバカじゃないもの、あなたの正体にはとっくに気付いていたわ!」


「そうか、ならば元の鞘に収まるまで。さらばだ、アーサー」

「さようならモードレッド、次に会う時は私が相手してあげるわ」



「……アーサー、どういう事だ。

 モードレッドが裏切者とは」

「聞いてたでしょ? ラグナロクの回し者だったのよ、彼」


「信じられない。モードレッドとは良好な関係を築いてきた。

 俺達は真の仲間だったはずだ」

「ランスロット……。ごめんね、あなたがそう考えてる事もわかってた。

 だから言えなかったのよ、彼が裏切者だって事」


「その話、他に誰かにしたのか?」

「いいえ、誰にもしてないわ」


「なら、偶然か……」

「偶然?」


「マーリンとパーシヴァルが円卓を抜けるそうだ。

 その話を伝えに来たんだが、こんな事になっていて」

「ええ!? ウソ!? 私、あの子達に恨まれるような事はしてないはずだけど!?」


「……本当にそう思っているのか?」

「もちろんよ!」


「どうやら、本当におごっているのは、お前だったようだな、アーサー。

 それとも、夜宮に熱を上げ過ぎたか?」

「どういう意味よ、ランスロット!」


「俺も円卓を抜けさせてもらう。

 モードレッドは仲間だ、俺は今でもそう思っている。

 だから、奴を追う」


「そんなこと、意味ないじゃない! やめなさい!」


「意味があるかは俺が決める。

 翔、俺達はお前の部下じゃない、仲間だったろ。

 いつからそんなに身勝手になったんだ」

「え……」



「そういう事なら、俺も抜けますよ」

「ガウェインか、お前もモードレッドを連れ戻すのを手伝ってくれるのか?」


「ええ、ランスロットさんの言う通り、あのバカは仲間ですからね。

 ラグナロクなんて怪しいチームの木っ端で操られてていい奴じゃないんです」

「ありがとう、助かる」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「ガラハド、行くぞ」

「……兄さん」

「ガラハド!? あなたまで」


「兄さん、ボクは、いや俺は、アーサーの元に残る」


「……そうか、それがお前の選択なら何も言うまい。

 次に剣闘士として会う時は、互いにギアを交えよう。

 行こう、ガウェイン」

「はい、行きましょう」


「え、あ、待って、待ってよ、ランスロット、ガウェイン……」


 アーサーの力ない声に反応することなく、二人は去っていく。


 剣島のデュエリスト達に、激震が走ろうとしていた……。


 

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