第18試合 - 強襲1
「魚と山菜の味噌汁だ」
「うひょおお、美味そうです!
でも、たまには米とかパンとか食いたいです」
「……考えておく」
カイルの修行は中盤を迎えていた。
山籠もりで集中的な特訓を受け、カイル本人も気付かぬ程に、その成長は目覚ましいものがあった。
そんな中、お呼びでない来客が訪れる。
「楽しそうですなぁ、俺も修行仲間に加えてもらえませんか」
「何者だ」
(……だ、誰だ? ただものじゃないオーラを感じる。
今までになかった感覚だ、背筋がピリピリする)
実力のついてきたカイルは、剣闘士の実力を肌で感じる事ができるようになっていた。
「こぉんなところに隠れ住んでるなんて、水臭いですよ、神威さん。
ディフェンスタイプ使いは、みんなあなたに憧れてるんですから。
こんなガキ一人に構うなんて不公平ですよ」
「それはお前が決める事ではない」
一触即発。
これまでにない神威の警戒する姿に、カイルは恐怖にも似た、うすら寒いものを感じていた。
「いぃいですよ、デュエっても。
鉄壁の神威ディフェンスを打ち破れるか、同じディフェンス使いとしては興味があるんです」
「お前を相手にする時間はない、修行の邪魔になる。お引き取り願おう」
「へぇ、じゃあそっちの修行中のカレにお相手願おうかな?
四天王、神威に稽古つけてもらってるんだ、少しはやるんだろ?」
「えっ、あ、いや、俺は、まだ、全然まだまだで……」
「カイル、相手にするな」
「いいじゃないか、せっかくこんなへんぴな場所まで来たんだからさ~、神威仕込みのディフェンス、見せてくれよ、な?」
「い、いや、俺、ディフェンスじゃなくて、テクニカルタイプだし……」
余計な事を口にするカイルの軽口は治っていない。
「テクニカルだぁ!?
てめ~、なんでテクニカルなんてお門違いの奴が、神威の稽古受けられんだよ!!」
「ひぃぃ、そ、それは友達の、ツテで……」
「チッ、どんな業界も結局はコネかよ!
まぁいいわ、てめ~は気に食わね~。
だから、この場でゴッ倒す!」
「ひぃぃぇぇぇ、か、神威先生~!」
神威は悩んでいた。
このままではカイルは勝機の薄い戦いに身を投じる事になる。
敗北すれば、それはカイルの心を折ってしまう事にもなりかねない。
また、修行にも遅れが生じる。
かといって、自分が相手をするわけにはいかない。
これでも剣闘界の頂点の一人、四天王である。
野良デュエルを受ける事は、グラディエーターとして許されざる行為であった。
ならばいっそ、修行を受けさせるか?
いや、と神威はかぶりを振る。
神威の見立てでは、この使い手は相当な域にあると推察していた。
率直に言って修行の必要がないのだ。
さらに、神威の修めた流派の感性が、彼を否定していた。
("気"が汚れている。邪悪なデュエリストだ)
「やめろ。お前ほどの使い手ならわかるはずだ。
彼は未完成であると。
そんな相手に勝ったところで、お前が得るものは何もない」
「それはあなたが決めることではなぁい」
神威を相手に、心底バカにした表情で、その男は言い放った。
「……」
「おっと、勘違いするなよ?
先に言ったのはそっちだぜ、神威センセ♪」
鋼の意思を持つ男、神威はこの程度の挑発に乗る男ではない。
しかし、恩師をコケにされて黙っていられない男が近くにいた。
いや……いてしまった。
「お、お前! いい加減にしろよ!
神威先生、俺、やりますよ。
こんな奴に負けたら、それこそ先生に教えてもらう資格なんてないと思います!」
「カイル」
カイルの憤りを嬉しく思うと同時に、大きな危機感を覚える神威。
「……決めに行く時は、これを使え」
苦肉の策として、一枚のカードをカイルに投げ渡す。
(えっ、これは……)
予想外のそのカードに、一瞬身が強張るカイル。
だが、その希少なカードを使わせてもらえる、という事実にカイルの剣闘士としての心は歓喜に満ち溢れていた。
「おんぶにだっこってか~、甘やかされて強い剣闘士が育つのかね?
ま、相手しろや」
──ゴゴォォォォ……!
──ヴァヒュゥゥゥ!
「俺はチーム・シャングリラのカイル=エアシュート!
流派は神威先生流!」
「俺はチーム・ラグナロクの第7神、シグルズ。
流派は玄武水湖流だ。こいよ、小僧」
* * *
──ゴッッッ!!!
鈍い音が多目的ホールに広がる。
「何っ!?」
天晴の咄嗟の行動に驚愕したのは他ならぬランスロットであった。
「ぐあっ! ガハッ! げほげほっ!!」
(なんて威力だ、あばら骨が折れたかもしれない……!
息が、苦しい!)
「まさか、ギアをかばって体で受けるなんて……。
なんて無茶をするの、天晴くん!」
天晴は起き上がれない。
だが、ランスロットも居合の構えを解くはしない。
天晴のダメージは、戦闘不能になるほどではないと察知していたからだ。
居合の構えのまま、すり足で少しずつ距離を詰めていく。
(気の毒だが、そういう選択をしたのはお前自身だ。
次は間違いなくギアを叩く)
「このギアブレードは……おじさんのギアブレードだから……壊すわけにはいかない」
立ち上がる天晴。
──クゥゥゥン!
天晴の心に呼応するように、唸りをあげる天晴のギアブレード。
(……でも、今ので少しわかったぞ……。
相手のギアブレードには、堅い部分と、そうでない部分があるみたいだ。
攻撃用のブレード部分と、それを支える支柱のような部分に分かれているんだ、多分)
鋭い目つきのまま、居合の構えで近づいてくるランスロット。
(あの構えは、そのブレードの弱い部分を隠すと同時に、強い部分で確実に相手のギアブレードを叩くっていう、理に適った高等技術なんだ……!
凄い、凄いデュエリストだ!)
相手の実力を推し量り、素直に感嘆する天晴。
邪念が消え、純粋に相手の強さを見据えた今だからこそ、勝機は見いだされる。
(……つまり、支柱部分があのギアブレードの弱点!
そこを叩けば、俺にもチャンスはある!)
──クゥゥゥン!!
「天晴くんが飛び込んだ!?
ダメよ、それじゃまた居合で迎撃される!」
(見えているぞ、夜宮……!)
「うおおおおっ!」
(射程圏内!)
「天晴くん!」
(見えるぞ夜宮、お前のやろうとしている事が!
このアタックタイプの弱点を突こうとしている事が!
だが、俺は確実にアタックフロントでお前のギアを叩く!
……ここだ!)
ギュルッ!
(何ッ、距離が!)
(おじさんから教わった歩法で、僅かに距離を開けた!
これでポイントがずれたはず!)
(なめるな、俺とて円卓のランスロットだっっ!!)
強引に当てに行くランスロット。
そのランスロットのギアブレードを"後ろ"から叩く天晴のギアブレード。
──ピーン。
(……!)
──ウワァァァァ!!
ギャラリーから歓声が上がる。
──ランスロットが! 円卓のナンバーツーが負けた!!
「……見事だ、夜宮。
あんな回転攻撃、予想してなかった」
「そんな事ないです……。
あんな凄い居合を見せられたから、あなたの強さを理解できたっていうか……。
とにかく、さすがでした。"ランスロットさん"」
──クゥゥゥン!!
天晴のギアブレードも勝利の咆哮を出している。
「ランスロット……」
天晴が勝った。
天晴が勝つ事を望んでいた。
なのに、彼女は不思議な気分だった。
なぜあの場にいたのが自分ではないのか。
なぜあんな熱いデュエルに自分は参加できなかったのか。
一人の女性としてよりも、一人のデュエリストとして、彼女の心には熱い炎が燃えたぎっていたのである。
その熱に体を動かされた彼女は、自然と天晴の元へ歩き出していた。
「天晴くん」
「か、翔さん」
「一応聞くけど、どう? 円卓の騎士に入る?」
「い、いえ、申し訳ないんですけど、俺、どっかのチームに入る事は考えてなくて……」
その返答に不敵に笑う"アーサー"。
「そう、良かったわ。
同じチームだったら、こんな本気のデュエルは、できないもんね?」
「か、翔さん……?」
「次は私が相手をするわ。
円卓の騎士のリーダー、アーサーとしてね」
* * *
シグルズの居合の構えは鉄壁であった。
どのように近づいても迎撃され、遠距離攻撃のカードで攻めれば、逆に押し込まれる。
静と動の切り替えが、あまりに俊敏であった。
カイルに残された希望は、神威から受け取った、あのカード……。
(でも、どうやってあんなカードを使ったらいいんだ)
「ど~したぁ、亀のように縮こまっちゃってよ」
「か、亀のように縮こまってるのはそっちだろ!」
「いやいや、燕のように突っ込んでいってやってるでしょ?」
「く……!」
確かに攻め込んでくる瞬間はある。
だが、それはカイルが必ず反撃できないタイミングだ。
技量、戦術、すべてに置いて相手が上。
カイルの心は折れそうになっていた。
(やべえよ……こんなの勝てっこない)
ギアブレードを握りしめる手から力が抜ける。
すべてに置いて相手が上……否。
勝っている点はいくつかあった。
(せっかく親父にギアブレードを買ってもらったのに……)
それは、神威の指導を受け、カイルが頭角を現し始めていること。
次に、他の追随を許さない最新式のギアブレードを所持していること。
そして、神威から受け取ったレアカードの存在である。
それだけではない、カイルに勝機は残されていたのだ。
そう、彼のライバルがそれを武器に、勝ち続けてきたように、未完成ならではの武器がひとつ、存在する。
それは──。
(天晴、お前はこんなデュエルを何度もこなして来たんだよな。
改めて、お前の凄さがわかった気がする)
「……」
(神威先生、見ててください。
俺、なんとしてでも勝ちます。
グラディエーターじゃない、デュエリストだから!)
進化。
──ピッ。
カイルが自分のギアブレードにカードを通す。
(このアドバンスドテクニカルタイプは、カードを挿し込む従来のタイプと違い、カードをスキャニングして効果を発揮する。
従来と違って、挿し込む必要がないだけ、片手がすぐフリーになるっていうメリットがある)
(カードを変えたか……へっ、何をしてこようと無駄だ。
変な音がするギアだが、ぶつかってみれば、ただのテクニカルタイプのギア。
何にもビビるこた~ねえ。
なんたって、玄武水湖流の防御は一流。
ディフェンスタイプが、防御に長けた流派を習う事で、その防御力は完璧に近いものになる、ってオーディンが言ってたしな)
シグルズは気付いていない。
自分が普段よりも圧倒的に不利な状況で戦っている事を。
事前情報もなく、グングニルの知見もなく、ただ格下と見た相手をなぶるつもりでいる傲慢さ。
ラグナロクの第7神、シグルズ。
彼は今までの勝利に重要だったものを全て捨て、カイルとのデュエルに挑んでしまっていた。
「うわああああ!!」
「ここだぁぁぁ!!」
テクニカルタイプなど、ブレードの耐久値の低いギアブレードは、ディフェンスタイプの重量の乗った一撃で、簡単にコアを排出する。
今度の一合も、予定調和だった。
少なくとも、シグルズの中では。
──グンッ!!
ギアブレードとギアブレードが触れ合う瞬間、突然シグルズのギアブレードが重くなる。
──ガチッ。
剣戟というにはあまりに優しいブレード同士のフレンチ・キス。
(チッ、浅い!)
振り切る為により大きな力を加えた。
これが、決め手となった。
カイルがギアブレードを手放し、行き場を失ったシグルズのギアブレードは、その力のかかるまま腕ごと振り切ってしまう。
「うおおおおお!」
「何いいいい~!?」
さらに、その腕を掴まれ重心のバランスを崩したシグルズは、カイルの大外刈りをもろに受け、投げ倒された。
──ピッ。
「とどめだぁぁぁ!」
シグルズが面食らっているうちに、地面に投げ出されたシグルズのギアブレードをカイルが一閃する。
──ピーン。