第12試合 - 追撃のパルテノン
黒澤が使用しているカードは、まさしくマグネットであった。
ディフェンスタイプ使いなら必携とされる、優良カードである。
黒澤自身もマグネットを愛用し、何度も勝利してきた。
もちろん、最新型のギアブレードを相手にである。
しかし、アドバンスドタイプを相手にした事はあっても、オールドタイプを相手にする事は初めての事であった。
時間こそかかったが、黒澤も一角のデュエリストである。
一度その閃きが脳内を駆け巡れば、今まで培ってきた知識と経験から、そうとしか考えられなくなっていた。
(まさか……マグネットが通じねえのか!?)
黒澤の打ち合いスタイルは、マグネットによる補正を前提としている。
どんな攻撃が来ても対応できる十分な安全マージンを取り、かすめる程度に相手のブレードを削る。
通常の高性能ギアブレードが相手であれば、そのまま打ち合いを繰り返すだけで、勝手に相手のブレードは疲弊していくのだ。
もちろん同格以上のディフェンスタイプが相手ならば通用しない。
マグネットが通じないという今の状況が、攻撃を浅くし、偶然にもそれと同じ状況を作り出しているのだとしたら。
(カードを……変えるか?)
確信が持てない。
脳内では、カードが原因だと考えているのに、それまでに培ってきた必勝パターンの経験が、黒澤のデュエリストとしての勘を否定していた。
「うおおおお!」
天晴の咆哮。
(ッ! ざけんな、そんなに打ち合いたいなら、相手してやる!!)
黒澤が、天晴のギアブレードに狙いを定め、半歩分、大きく踏み込んだ。
──ガッ!!
ピーン……。
一瞬、全ての音が消え、1フレームを体験するかのように、二人のデュエリストはコアが排出される瞬間を見ていた──。
* * *
──ウォアアアアア!!!
決着がついた。
ギャラリーは大いに沸き、興奮が夜の山に響き渡った。
「キャーーーー!! 夜宮あああ!!」
「あ、アーサー、落ち着いてくれ、恥ずかしい」
「やばいやばい! やばいわよ、ランスロット!」
「円卓のリーダーとして、その雑な感想はどうなんだ……」
「だって、だってーー!!」
* * *
「うわああああああ!!
天晴ーーーー!!」
カイルが半泣きになりながら、天晴に駆け寄る。
膝をついたまま、放心状態になっている天晴の肩を強く揺さぶる。
「……」
* * *
「フッ、帰るぜ、トール」
「あ、ああ……」
「今夜は大収穫だったな。
早速帰って、夜宮のデータは作り直しだ」
「なあ、夜宮は膝をついたままだが放っておいていいのか」
「俺達は奴の保護者じゃない。
デュエルが終わって、気が抜けたんだろう」
(凄まじい体幹だぜ。
真っ向勝負と見せかけて、ドローイングバックしながら、柄頭でブレードを叩くとはな)
「……黒澤のブレード、あれはイったな」
「奴のブレードそのものが死角になって、見事なまでのカウンターだったからな……」
「獲物は育てば育つほど美味しくなる。
トール、一度やってみるか?」
「俺は構わんが、ラグナロクが出る程の相手か?
あの夜宮が」
「手加減はお前の得意技だろう、トール。
ま、実のところ、俺としては奴を新たなサンプルとして観察したいと考えている。
奴の芽をこのまま伸ばせるだけ伸ばすんだ。
その上でラグナロクが叩く。それが理想だ」
「おいおい、妙に肩入れしていると思ったら、そんなえげつない事を考えていたのか」
「どのサンプルが最も結果を出せるか……。
その確認には敵という存在が必要不可欠。
ラグナロクに敵がいないなら、敵を育てればいい。
一般的にはパルテノンも円卓も俺達と並ぶと言われているが、俺のデータでは黒澤はもちろん、アーサーすら相手にならん」
「俺はアーサーと戦うのは少し遠慮したいがな……」
「心配するな、仮にアーサーとデュエルしてもデータ上はお前が勝つ。
型落ちのギアブレードを扱うという点ではアーサーは夜宮に似ているが……奇をてらったところで俺達には通じない。……だろ?」
「もちろんだ。
オーディン、お前の予想は絶対命中する"グングニル"だからな。
お前を信じて、ついていくさ」
* * *
──新進気鋭のデュエリスト、夜宮天晴、勝利!
パルテノンの黒澤を破ったという情報は、その夜、剣島中に響き渡った。
「……そうか、天晴のやつ、勝ったのか」
「ですです、ホットな情報ですよ、店長!」
(ブレードカバーを補強しておいたのが功を奏したかな……。
まあ、勝ったならいいか)
「相手はディフェンスタイプで名を売ってた奴だったんだろ?
よく勝ったもんだ」
「パルテノンっていう、かなり有名なチームのリーダーで、すっごく強いんですよ! もしかしたら店長より強いかも?」
「いやいやユッコちゃん、それはない。
いくら何でも元チャンピオンをそんなに軽く見て欲しくないな~」
「うふふ、冗談ですよっ。
あ、あと、天晴くん、流派は蕎麦屋とわりって名乗ってるらしいです」
「ぶっ! な、何を勝手に名乗ってるんだ、天晴のやつ!」
「お客さん、増えそうですね?」
「客のガラが悪くなりそうで胃が痛いよ……」
* * *
「クッククク……笑いが止まんねェ!」
その男は、心底愉快そうに笑い始めた。
「黒澤の奴、150万もする自慢のブレード割られて半泣きしてたぜ!
こんな楽しいことあるかよ!」
一切の悪意なく、いや、もはや悪意とわからないほど純粋な悪意の塊である高笑いが廃工場に響き渡る。
「目の上のたんこぶが取れて、すっきりした気分だぜェ。
なぁ、鏑木?」
「……俺はパルテノンの今後が心配だ」
「だァいじょうぶだって、俺がいるからよォ、な?」
「国生、何を考えてる」
「も・ち・ろ・ん、我らがリーダーの仇討ちだぜ、あ・だ・う・ち」
「夜宮は黒澤が仕留めきれなかった相手だぞ。
ただのオールドタイプだと思わない方がいい」
「いいーーんだよ、オールドタイプはオールドタイプ。
夜宮のフィジカルが凄いだけだ。
何もまともに打ち合うこたぁねェ」
「そりゃ、お前はテクニカルタイプだからな……」
「そーいう意味じゃねェ。
夜宮のフィジカルを封じればいいんだ、おあつらえ向きのいい場所があるだろ~?」
「まさか……あそこでやる気なのか!?」
「蕎麦屋に危害を加えるって言えば、どこにでも出張ってくるんだろ?
早速、呼び出しくんを使ってくれよ、鏑木ィ」
「……どうしても、やるのか。
そんなデュエルで、パルテノンの名声が戻るとは思えないが」
「ノンノン、パルテノンの名声は後で取り戻せばいいんだよォ。
まずは、黒澤ではなく、俺が!
この国生啓太様がパルテノンのナンバーワンだって事を島中に知らしめるんだよォ!」
「……」
* * *
数日後、またも天晴の元に凶報が届いた。
見る見る険しくなる天晴の顔。
今にも飛び出しそうな天晴を止めるカイルの姿があった。
「おい、天晴、やめとけって!
絶対罠だぜ!」
「罠でも何でも、店に危害を加えるなんて言う奴は許せねえ!」
「お前がそうやってすぐキレるから、体よく店を利用されてるだけだって!
店にはおじさんもいるし、なんかあったら警察も動くから、今度ばかりはやめとけ、天晴!」
「おじさんがいたってどうにもならないだろ!
この前も言ったけど、店に何かあってからじゃ、遅いんだ。
絶対に後悔する。俺のせいでおじさんが、おじさんの大事な店が壊されちまうんだぞ!
犯人が捕まったとしても、それじゃ俺の気も済まない!」
「大丈夫だって、だって、お前のおじさんは──!」
「どいてくれ、カイル!」
強引にカイルを引き離し、天晴は憤怒の形相で指定された場所へと向かった……。
* * *
「夜宮天晴ッスか」
「そうだ、俺の相手は誰だ……!」
「奥ッス。
おっと、"靴"はそのまま来てもらうッスよ……」
建物の入り口で待っていた男に案内されるまま、建物内へと入る天晴。
建物の奥にある分厚い扉を開けると、凍えるような冷気が肌を刺す。
「よぉく逃げずに来たじゃねェか」
「おい! ふざけるなよ!
何で俺とバトルするのに、いちいち店を巻き込むんだ!」
「夜宮くんは、そうでもしねェと出てこないチキンだって聞いたからよォ?
俺達も手荒なマネはしたくねェんだわ、ホントよ、これェ……」
完全なる悪意の塊。他人を舐め切った態度。
余人の神経を逆なでする口調。
ある意味で、国生という男は完成していた。
「さっさと降りてこいよォ。
そんでヤろうぜェ?
お前んとこのショボい店の命運を賭けた、デュエルをよォ!」
「てめえ!」
勢いよく勝負の舞台に降りる天晴。
(く、思ったより滑る──!)
ふらふらしながらも、鍛えられた足腰と体幹によるバランス感覚で、何とかギアブレードを構える天晴。
──クゥゥゥン……。
──ヴァァァァァン!
「パルテノンの国生啓太だ。
流派は朱雀飛天流」
「夜宮天晴だ、流派は蕎麦屋とわり!」
剣闘開始!!
* * *
「おお、寒い寒い」
「あ、鏑木さん、チッス。今始まったとこッスよ」
「そうか、伝言役、ご苦労だったな」
「いや、俺パルテノンが憧れだったんで。
傘下の弱小チーム員でも役に立てて光栄ッス」
「悪いな。パルテノンは今日で終わりかもしれん」
「そんな……国生さんに万が一があっても、鏑木さんがいるッスから」
「……それにしても国生がここでデュエルするなんてな。
夜宮を警戒してるのか、本当に気に入らないのか、真意はわかりかねる」
「国生さんのホームグラウンド"スケートリンク"ッスからね。
しかも夜宮の靴は普通のスニーカー。
国生さんは雪国仕様の滑りにくいやつッスよ、えげつねえッス」
* * *
聞いた事のない駆動音だ、天晴はそう思った。
だが、音でタイプを判別できるほど、まだ天晴の知識は深くない。
しかし、その音が今まで聞いたことのない種類であることは理解できた。
そしてスニーカーでスケートリンクの上という足場の悪条件。
辛うじて立ってはいられるものの、靴と氷の摩擦係数は小さく、僅かに足を動かすだけで不意に股が開く。
「ビビってんのかよォ?
それとも立ってるだけで精一杯ってかァ?」
対して相手は足をあげたり、跳ねたりと自在に動いている。
さすがの天晴も、このデュエルは今までの剣闘とは違う意味で、不利な条件に立たされている事がわかっている。
そう、天晴は国生の罠にかかったのだ。
「ほら、いくぜェ!」
ピッ!
──ヴァァァァァン!!
カードが挿入され、唸りを上げる国生のギアブレード。
本来、天晴はカードの挿入がない分、先手を取れるはずだが、足場の不利によってかなり立ち遅れてしまう。
──パチン!
「!?」
ギアブレードへの不意の衝撃。
手放してしまうほどの衝撃ではないが、バランスを崩し、足が滑る。
国生との距離は十分に離れている。
物理的に攻撃など届くはずがない、それでもギアブレードを通して感じた衝撃は本物であった。
(何をされたんだ……?)
──パチン!
2回目の衝撃。
来るかもしれない、と構えていても、滑りやすい氷の上である。
天晴のバランス感覚をもってしても、尻餅をついてしまう。
(なんだ、一体何をされているんだ……?)




