第11試合 - 黒澤勇気という男
(俺は……とんでもない相手に挑んでしまったんじゃ)
今まさに、天晴の心は折れかけていた。
二度のダウンをさせられ、手のひらで踊らされた天晴は、圧倒的な力量差を肌で感じ取っていた。
力が抜けそうになる足腰を踏ん張り、再び相手に向き直る。
(なんだ……? オーラみたいなものが、見える……)
それは錯視か、気の迷いか。
天晴の目には、黒澤を包む、淡いオーラが見えていた。
説明のできない、強さの証。
そのオーラは強力なデュエリストのみが放つ、剣闘士のオーラに間違いなかった。
(くそっ、負けてたまるか!)
* * *
「気合だけで突っ込んでるわね」
「同じディフェンスタイプ同士だと、地味な内容になりやすいが……。
ギアの差がある上、力量差がここまであると、こうも一方的な戦いになるのか……。
こんなのは、もはやデュエルとは言えない」
「ランスロットは気が短いわね~。
ここまでの力量差を見せつけられて心が折れないなんて、夜宮、相当よ」
「ああ、相当の馬鹿だ」
「もしくは、相当の大物……かもね?」
* * *
「オーディン、さすがに夜宮は苦しくないか」
「苦しいだろうな。
夜宮の武器である"勢い"を、完全にころされている」
「上手いぜ、黒澤の奴。
さすがディフェンスタイプで名を馳せてるだけはある」
「トール、お前ならどう戦う?」
「もっと足を止めて斬りこむ。
黒澤のでかいギアなら、振り回させればギアと使い手の耐久力勝負に持ち込める」
「そうだな。同じディフェンスタイプ使いのトールなら、下手なテクニックを駆使するより、そういったフィジカル面での勝負に持ち込んだ方が良い。
そしてこれは、オールドタイプ使いの夜宮にも言える事だ」
「夜宮にも?」
「アドバンスドタイプを覚えているか?」
「もちろんだ。オールドタイプの正統発展形として発売されたシリーズだろ」
「アドバンスドタイプはオールドタイプに比べ、重量が軽く、取り回しが良くなった。形状も時代を反映して安全性が考慮されており、全体的に丸みが増した」
「と聞くと良くなったように聞こえるが、実際は剣らしい見た目を損なってダサくなった上、脆くなったんだよな。
その上、高性能ギアの登場で、一年ともたなかった。
激しい値崩れの影響で、今でも貧乏な野良デュエリストが振り回してるよ」
「そうだ、アドバンスドタイプは脆い。
だが、初期型であるオールドタイプは、年式によって多少の差異はあれど、全般的に重く、頑丈なんだ」
「……ディフェンスタイプに近いってわけか」
「もちろん、最新の高性能ギアとは比較する方がおかしいがな。
だが、ギア性能を抜きにして戦術を語るなら、トールの言った通り、黒澤にギアを振らせる事が、このデュエルの結末の扉を開く、鍵になる」
「黒澤にギアを振らせるって言っても……」
* * *
「くそっ!」
激しい攻めを見せる天晴だが、黒澤には紙一重でかわされてしまう。
(どんなに攻め込んでも隙を見せない。
ギアブレードを振るう事なく、体術で対処されてしまっている……)
「どうした、そんなものか」
あくまで余裕を見せる黒澤。
事実、この時点の黒澤には余裕があった。
(いつも通りだ。最後まで行動ルーチンを崩さない。
守るべき時は守り、攻めは最小限かつ有効打を外さない。
相手が崩れたところにとどめを刺せば、いつも通りに勝つ。
俺にとっては、いつもの勝ち方だ……ん?)
眼前の天晴がゆっくりと立ち上がり、どっしりと構える。
下段に構えた黒澤とは違い、ギアブレードを正眼に構えている。
(俺の真似か? 小癪な)
もちろん、天晴には真似をしている気など毛頭ない。
ただ、天晴の気付きが、天性の勘が、正眼に構えさせたのだ。
(体術で対処されるなら……あくまでギアブレード同士の戦いに持ち込む。
おじさんから習った足さばきを基本にするんだ。
足腰を下げて、足首を回すように動かす)
「やあっ!」
上段からの鋭い振り下ろし。
黒澤は半身になって紙一重で回避し、一歩踏み込む。
強く地面を叩く天晴のギアブレード。
「フンッ」
(反撃が、来る!)
天晴にしてみれば、この反撃は期待した通りのものだった。
「はあっ!」
──ガキン!!
* * *
──ウォォォ!!
先ほどまで静まり返っていたギャラリーが沸く。
「わぁ! 凄いわ、燕返しよ!」
「なんだ、今のは!?
夜宮の斬り上げが早すぎる、カードでも使っているのか!?」
「違うわよお、足さばきだけでスウェーバックしたの。
同時に地面にギアを叩きつけた反動で振り上げて、黒澤のギアに自分のギアを当てたんだわ」
「な、なるほど……理屈は、わかるが……。
どうかしてるぞ!
ギアが地面につくのは、公式ルールでは有効を取られる暴挙。
その上、あんなに強く地面を叩いたら、一歩間違えればギアに許容量を超えるダメージが蓄積されて、コアを排出してしまう!
夜宮の奴、ギアの事をわかってないんじゃないか!?」
「それはそうだけど、結果的に夜宮のギアは無事だったし、少なくとも流れは変わったわね!」
「……わかっててやったなら、あいつの頭のネジは何本か吹っ飛んでる。
完全な自滅行為だ。そうまでしてこの状況を引き出したかったのか……?」
「ほらほら、打ち合いが始まったわね、ぞくぞくしちゃう」
「互いに足を止めての打ち合いか。
ギアの差で夜宮が絶対的に不利なのは変わらない。
一体、何を考えている、夜宮天晴……!」
* * *
「フッ」
「黒澤のギアを振らせた……!」
「見たか、トール。
重心を下げたまま、足さばきだけであれほどの移動攻撃ができるとは、よほど体幹が鍛えられていなければ出来ない芸当だ」
「俺は燕返しに驚いたよ。
ギアブレードという精密機械を、そんな荒っぽい使い方する奴がいるなんてことに」
「最新型のCPUを搭載していない、オールドタイプならでは、だろう?」
「それに、さっきまでとは明確に戦い方が変わった。
俺達のような、ディフェンスタイプっぽい戦い方だ」
「一方的だった流れを変えたが、それだけでは黒澤から金星は奪えない。
さあ、次は何を見せてくれるんだ、夜宮天晴」
* * *
(上手くいった……!
でも、ギアブレードにかなりのダメージを与えてしまった。
このまま打ち合いしてたら、絶対、先に負ける)
傍目には、ようやく天晴が黒澤に追い付いたかに見える打ち合いだが、実情は決して天晴が有利ではない。
それがわかっているからこそ、黒澤は打ち合いに応じている。
(妙な曲芸をしやがって……。
だが、そっちが打ち合いを望むなら、パターンBに移行するのみ。
そのダメージの蓄積されたオールドタイプで、この最新型のディフェンスタイプに打ち合いで勝てると思うなよ)
──ガキン! キン!
重なり合うギアブレード。
──ゴゴォォォォォン……!
──クゥゥ……ゥゥゥン……。
唸るギアの駆動音。
圧倒的有利な立場にいながらも、黒澤は不思議な違和感に包まれていた。
(それにしても、なんだ……?
何か変だ。いつも通りの打ち合い、俺が圧倒的有利な打ち合いのはずだ。
だが、いつもと感じが違う。
この違和感は、なんだ……?)
* * *
「頑張れ夜宮ー!」
「あ、アーサー、あまり目立たないでくれ」
「いいじゃない、やっとまともな勝負になりかけてるんだから」
「……やっぱり、気付いているのか」
「そりゃそうよ、やっとまともな勝負に"なりかけてる"の。
黒澤に何か予想外の事が起こらない限り、夜宮のコアがピーンって排出されちゃうわね」
「黒澤の動きは完璧だ。あいつが自ら崩れるとは考えにくい。
このままだと、夜宮は本当に負けてしまうぞ」
* * *
「デュエルは第二段階に進んでいる」
「第二段階か……何段階まで想定しているんだ?」
「おいおい、そういう質問は意地が悪すぎるぜ、トール」
「つい、な。第二段階って事は、こうなる事はお前の予想通りだったんだろう?」
「さすがに燕返しなんて芸当は予想していなかったがな。
デュエルの中で夜宮自身が進化し、打ち合いに持ち込む事は予想していた」
「進化のスピードまでも、お前の予想通りというわけか」
「データを元に、結構高めに予想したんだが、それよりやや上振れしている。
予想を逸脱してはいないが、凄まじい進化だぜ」
「夜宮の進化とかは、俺にはわからないが……。
驚いたのはあのオールドタイプのギアだ。
現代のカードありきの剣闘、しかもデュエルについてくるなんて」
「俺の感想は逆だ。デュエルだからこそ、あのオールドタイプは一級品のギアと対等に戦えていると思う。
デュエルなら、地形を利用するような無茶な使い方が許されるし、正道では許されない格闘技で戦力差をカバーする事もできる」
「正直、ショックだぜ。俺達が見捨てたオールドタイプが、ここまでやれるギアだった事にさ」
「トール、確かに夜宮は奇跡的な健闘を見せているが、ガチのぶつかり合いならオールドタイプが現代のディフェンスタイプに勝てる要素は全くないんだぜ」
「何? それじゃ、夜宮はこのまま負けるのか?」
「さっき言っただろう、夜宮の勝機は、黒澤のバトルスタイルそのものにある、と」
「黒澤の……スタイル……!?」
(あの完璧な戦いをする黒澤の、どこにそんな弱点があるっていうんだ……?
オーディン……お前は一体、どこまで見据えているんだ……)
* * *
オーディンの予想は的確であった。
打ち合いを続ける中、圧倒的優勢のはずの黒澤が、ダメージの蓄積された天晴のギアブレードを破損できないのである。
(いくらなんでもおかしい。
これだけ打ち込めば、並のディフェンスタイプでもコアを排出する。
くっ、夜宮天晴のギアブレードには、鉛でも入っているのか!?
それとも、さっきの衝撃で、ブレードの耐久値管理システムがぶっ壊れてんじゃねえのか……!)
黒澤の焦りも最もであった。
だがもちろん、天晴のギアブレードのシステムが破損しているわけではない。
その事は、天晴本人が一番危機感を覚えていた。
(このまま打ち合ってたら、もたない……!
もう、ギリギリだ。
なんでこんなに打ち合えてるのか、不思議なぐらいだ。
相手のギアブレードが不調なのか?
何とか、もう一歩、攻め込まないと……!)
──クゥゥゥン……。
(持ってくれよ、俺のギアブレード!)
* * *
「来るわね……!」
「夜宮が仕掛けようとしている……!」
「でも、アタックタイプやテクニカルタイプと違って、ブレードに弱点のないディフェンスタイプだからね。
そのまま叩いても効果は薄いわ」
「行けると思うか?」
「う~ん、私の中での常識ではムリ!
でも、夜宮なら、夜宮の使うあのオールドタイプなら!」
(アーサーは夜宮に期待しているようだが……。
無理だ、ここまでよく戦ったが、攻めに行っても負ける。
かと言って、膠着してもジリ貧、また距離を取っても負ける。
終わりだ……夜宮は)
* * *
「なあ、オーディン。そろそろ教えてくれないか」
「何をだ?」
「黒澤ならではの弱点ってやつだよ、最初に言っていただろう」
「ああ、単純な事だ。
黒澤という男は、至極冷静に見えるが、実際は熱くて頭に血が上りやすい男なんだ。
その熱さを封じ込める為に、いくつもの戦闘パターンを用意して戦っている。
そのパターンをなぞっている限り、黒澤がいかに熱くなろうと剣先がブレる事はないからな」
「へぇ、そんな男だったのか」
「逆に言えば、決まった戦い方しか出来ない。
油断をしないが故に、オールドタイプの弱点をつけない。
最初の追撃をやめた事もそうだ。あそこは攻め込むべきだった」
「確かに……俺なら攻め込んでいた」
「それで正しいんだ、トール。
あとはもうひとつ、カードの選択ミスがある」
「え、カードに問題があるのか?」
「これも単純な事でな。
"マグネットのカード"で戦っている本人が一番、違和感に気付いているはずだ」
「どういう事だ、マグネットは相手のギアを吸い付けて、近接戦に持ち込む為のカード。
正直に言って、格下相手に削り合いに持ち込むには最適解だと思うんだが」
「フッ、トール。俺はこうも言ったな。
奴は夜宮の研究が足りない、と」
「あ、ああ……それってどういうことなんだ?」
「オールドタイプはアドバンスドタイプ以降のギアと違ってブレードの材質が違うんだ。
端的に言えば"マグネット"は通じない」
「なんだって……!?
それじゃ、奴はカードなしで戦っているのと同じじゃないか!」
「だが、黒澤はその違和感に気付いても戦闘パターンを変える事はしない。
変えてしまえば、後は経験と勘とデュエルセンスの世界。
決まった戦闘パターンをなぞる事に慣れた男が、そんな領域で戦えると思うか」
「……なんてことだ」
「夜宮のデュエルセンスが黒澤を上回れば、ワンチャンス。
世にも奇妙なジャイアントキリングが起こる。
今夜のギャラリーの一部は、きっとその奇跡を見に来ているんだぜ」
「それが、夜宮の勝機……!」
* * *
(くそっ、違和感が拭えねえ! この野郎いつまで耐えやがる!)
もはや何合目の打ち合いかわからない。
いつもと変わらぬ踏み込み、ギアブレードの感触も良好、おかしなところは何もない。
だが、確かに黒澤は違和感を覚えていた。
(夜宮の技術が突出しているわけじゃねえ……。
俺は的確に弾いている。普段なら絶対に相手が音を上げているはず……。
だが、こいつは、耐え続けてやがる……!
くそったれ、時代遅れのオールドタイプめ!
やっぱりシステムがイカれてんじゃねえのか!)
──ガキッ!
触れ合うブレードとブレード。
その刹那、黒澤に一瞬の閃き。
(! まさか……カードか?)