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ろまけん - ロマンシング剣闘 -  作者: モノリノヒト
第弐部
10/37

第10試合 - カガク山での剣闘

 天晴は疲労していた。

 時刻は夜10時を過ぎたところ。


(せ、せめて自転車でくれば良かった……)


「お、おい、天晴……」


 二人が到着したカガク山二合目。

 高所からナイター用のライトが照らされたパーキングエリアは、眩しいほどに視界を確保できた。

 危惧していた蒸発現象や目つぶしの危険性などは感じない。


 それより二人が驚いたのは──。


 ワッ──!


「きたぞー!」

「やっとお出ましかよ!」

「若いな、新進気鋭のデュエリスト!」


 ずらりと並んだ人の列が、リングを形作っていたことだ。


「遅かったな、夜宮天晴」


 人海リングの中心に立つ男──黒澤が、天晴に声をかけた。


「これ、どういうことだよ」

「俺も知らん。どっかのバカが今日の事をネットか何かで流したらしい。

 それでこんなにギャラリーが集まっちまった」


 黒澤はチッと吐き捨てると。


「どうせラグナロクの誰かだろ。頼んでもいねえのに、こんなライトつけやがってよ。ムダ金使うのが本当に好きな奴らだぜ……」


 と苦々しそうに愚痴った。


 十分な明るさのあるナイター用のライトは、二合目のパーキングエリアだけを昼間のような明るさにしてくれている。


 不本意だと言わんばかりの黒澤の態度に、カイルが食ってかかる。


「けーっ! こっそり闇討ちで、自分だけ有利にやろうったってそうはいかねえぞー!」

「ざけんな、正々堂々と勝たねえと意味ねえだろうが」

「デュエリストから正々堂々なんて言葉が出てくるなんて世も末だなー!

 ま、天晴はお前ごときには負けないけど!」

「なんだとコラァ!」

「うひぃ!」


 ビビって後ずさるカイル。


「カイル、俺の代わりに啖呵たんか切ってくれてありがとう。

 ちょっとこの状況に驚いて、全然気合入ってなかった」

「天晴……そうだよな、こんなにギャラリー背負うの初めてだもんな」

「そもそも、剣闘自体が2回目だよ……」


 すぅ、と息を呑む。


「後は、離れて見ててくれ。必ず勝つ。

 店は俺が守る」


 * * *


「あらっ、やっぱり可愛い子じゃない!」

「10時を過ぎた時は、どうなることかと思ったよ」


 ギャラリーの一角、スタイルの良い女と、背の高い男が天晴を見ていた。


「ランスロットは心配性ねー」

「違う、時間にルーズな奴が嫌いなだけだ。

 それより、反対側を見ろ」


「……ラグナロクじゃない」

「モードレッドからの情報通りだ。

 オーディンとトールが来ている」


「うふふ、私のギアがちょっとアガっちゃうかも」

「……やめてくれ、今日は夜宮を見に来たんだろう」


 * * *


「始まるぞ、トール」

「冷や冷やさせるな、ルーキーは。

 危うくライト設置が無駄になるところだった」


「少しでも奴の不利を解消してやりたくてな。

 ま、今となってはいらぬ世話だったような気もしている」

「というと?」

「あの気迫、何があったか知らないが、今夜のあいつは……強い」


「……」


 核心に迫るオーディンの発言に、ごくりと生唾を飲み込むトール。


「それにしてもパルテノン側の応援は、なしか」

「鏑木はともかく、国生の動きがおかしいという噂は耳にしている。

 もし今夜、夜宮が黒澤を下すような事があれば……荒れるぜ」


「パルテノンとその傘下が、解散、とかか……?」

「さあ、そこまでは。

 だがアテネという崇めるべき対象のいないパルテノンが、どこまで存続できるかははなはだ疑問だがな」


 * * *


 ギャラリーに囲まれ、二人は間合い2メートルまで近づく。


「負けるとわかってて来るなんて、いい度胸だ」


 黒澤が天晴を挑発する。


「てめえが店に手を出すのを止めるためだ」


 先ほどまでは雰囲気に呑まれていた天晴も、今の気迫では負けていない。

 何の為にここに来たかを、十分に認識している。


「いいぜ……お前が勝てば、店には手を出さないでおいてやる」

「約束は守れよ……!」


 二人がギアを構える。


「パルテノンのリーダー、黒澤勇気。

 流派は青牙竜神技、免許皆伝」


「無所属、夜宮天晴。

 流派は蕎麦屋とわり、次期店長候補」


 ──ゴゴォォォォ……!

 ──クゥゥゥン……。


「「剣闘開始!!」」



 ピッ!



 * * *


「カードの挿入が早い! やるわね、さすがパルテノンの黒澤!」

「どのカードを使うか、予め決めていたようだな。

 夜宮は一歩立ち遅れたか……」


「バカね、ランスロット。

 夜宮のギアはオールドタイプなんですってよ」

「お、オールドタイプ?

 冗談だろう、カードなしでどうやって最新の高性能ギアに立ち向かう気だ」


「それが見どころなのよ」


 今までにないデュエルに期待する者たち。


 * * *


 片や、情報分析に勤しむ者たち。


「始まったな」

「オーディン、互いのギアはどんな感じだ?」


「黒澤のギアは情報通りのディフェンスタイプ。

 音を聞く限り、特筆すべきところはない。

 即座にカードを挿入したが、おそらくマグネットだろう」

「ギアを吸い付けて接近戦に持ち込みやすくするカードか……」


「ディフェンスタイプとしては堅い選択だ。

 だが、奴は夜宮の研究が足りないようだな」

「え、それはどういう……」


「そんなことより、夜宮の方だが、噂に聞くほど化け物なギアではない。

 あの珍しい駆動音は、16年ほど前に販売された静音シリーズだろう。

 渋いぜ、動いている現物を拝めるとはな」

「ふうん……」


「となると、パルテノンの塚原を倒したのは、まぐれか、それとも……」

「それとも?」


(……ギアではなく、使い手の技量か……?)


 * * *


 ──クゥゥゥン……。


 天晴のギアブレードの駆動音が夜の山に静かに響く。

 距離を詰めると、その音をかき消す低い重低音が、内臓をグンと押し下げる重圧を持って立ちふさがる。


 ──ゴゴォォォォ……!


 "来い、受けて立つ"

 そう言わんばかりの圧倒的存在感を持って、天晴の前に立つ黒澤のギアブレード。

 夜の闇と同化しそうな漆黒のブレードは、ライトによって怪しく黒光りしている。


(おじさんは近づくなって言ったけど、攻め込まないと……)


 天晴はディフェンスタイプに対して非常に警戒していた。

 高性能ギアブレードの中でも、本人が最も強そうだと感じたタイプだからだ。


 さらに黒澤はデュエリスト界隈では名の知れたディフェンスタイプの使い手。

 超接近戦は圧倒的不利。


 がむしゃらに攻め込むしか、手札のない今の天晴には、ただただやりにくい相手である。

 その事実が、天晴の踏み込みを甘くしていた。


 さらに、もうひとつの誤算。


「でやあっ!!」

「ふん」


 大振りでの豪快な空振り。

 ディフェンスタイプならば受け止めてくるだろう、という天晴の勘違い。淡い期待。甘い読み。


 ──防御って、何の事だと思う?──

 ──えっと、ギアブレードが壊れないように立ち回ること?──


 本質は掴んでいるのに、ディフェンスタイプという存在への、ある種の信頼感が、ちぐはぐな行動を生む。


 そして、その隙を逃すほど黒澤は甘くない。


「こんなものか!」

「くっ!」


 体を丸めて無様に地面を転がり、距離をとる天晴。

 辛うじて攻撃はかわした。



 黒澤は追撃せず、再び元の位置に戻り、おもむろに下段に構えなおす。


 * * *


「あっぶな~、夜宮、ピンチじゃない」


 見ているだけなのに、じわりと冷や汗をかく女、アーサー。


「相手が達人で良かったな、素人なら間違いなく追撃に行っていたところだ」


 あくまで冷静に、しかし鋭い眼光で剣闘を見守るランスロット。


「え~、私なら追撃しちゃうけどな~」

「ディフェンスタイプはゆっくりと相手を追い詰めればいいからな、

 無理な追撃は自分の隙を晒す事になる」


「まあ、どこまで行ってもディフェンスタイプだものね。

 根本こんぽんが変わらないから、私は好きじゃないわ」

「アーサー、お前は特殊すぎるんだ……」


「ふふん。

 ……それにしてもあの下段の構え、嫌らしいわ。

 長期戦バッチコイ、みたいな感じが、いや~な雰囲気」

「確かに、随分な消耗戦になりそうだ。

 夜宮はついていけるのか……?」


 * * *


「トール、ディフェンスタイプの弱点は何だ?」

「そりゃ、重量だ。

 頑丈だけど、重くて取り回しは利かないし、長期戦になるほど使い手に負担がかかって不利になる」


「その通りだ、さすがディフェンスタイプ使い。的確だな」

「そこを行くと、あの黒澤、長期戦に自信があるみたいだな」


「データにはないが、相当タフなんだろう。

 伊達にパルテノンのナンバーワンではないな」

「夜宮を下に見ているわけでもなさそうだ。

 獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす、というわけか」


「そのようだな。精神面での隙は期待できそうにない。

 現時点での勝率は、7%程度」

「少し上がったな……ピックアップ中のSSRぐらいか。

 いや、それでもまだ低いが」


「既に黒澤ならではの弱点が露呈している。

 そこを突く攻撃ができれば、夜宮の勝率はぐっと高まる」

「黒澤ならではの、弱点?」


「獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす、というところだ。

 果たして、全力を尽くしたところで、100%狩れるかな」


 * * *


 天晴は焦っていた。

 なぜ追撃されなかったのか、理解ができない。


 混乱する頭でよろよろと立ち上がり、悠然と構える黒澤を見つめる。


 まるで、樹齢千年の大木相手に打ち込んでいるような圧迫感。

 ギアブレードで斬っても、傷一つつかないどころか、反対に自分のギアブレードが傷つきそうなぐらいである。


 かと思えば、どっしりと構えた大木は突如として蜃気楼のように消え去り、その巨大な枝を振ってくるのだ。


(……やばいかも)


 天晴は、相手に吞まれつつあった……。


 対して黒澤は、至極冷静に行動を分析していた。


(追撃をしなかったのは予定調和だ。

 あそこで無理に追撃を行い、決められなかった場合、俺はこのクソ重いギアの反動を受ける事になる。

 それは相手に僅かながら勝機と希望を与えてしまう)


 黒澤はぐっと、ギアブレードを握りなおす。


(一切の希望を与えず、倒せない相手だと思わせ、精神を折る。

 無理に勝つ必要はない。相手が勝手に自滅するのを待てばいい。

 ディフェンス使いの真骨頂は、この安定感にこそある……!)


「くっ、うおおお!」


 天晴の鋭い飛び込み攻撃。


 受けるか、かわすか?

 その判断を相手に委ねている時点で、天晴の攻撃は失敗している。


(フン)


 黒澤は円を描くように体を回転させ、天晴をスルー。

 勢い余った天晴はギアブレードごと倒れ込んでしまう。 


 * * *


「あちゃあ……あの倒れ方はまずいわ」

「あれは、ギアにダメージがいってしまったな」


「夜宮、完全に黒澤に呑まれてるわね」

「傍目から見ても明確だからな。

 あまりに無様すぎて、ギャラリーが静まり返っているよ」


「大型ルーキーと戦うには、黒澤は相手が悪すぎたわね~」

「正直、黒澤は俺でもなめてかかれる相手じゃない。

 油断していれば、ばっさりともっていかれる相手だ。

 ルーキーに荷が勝ちすぎている事は……同感だ」


 * * *


「ここまで差があるとは……。

 オーディン、データの取り直しが必要じゃないか?」

「必要ない。

 ブランクを感じさせない黒澤の体捌きは見事だが、成長曲線を著しく外れる進化を見せているわけじゃない」


「……じゃあ、俺達が夜宮を買いかぶりすぎていた可能性は」

「ない。俺は自分が集めたデータを信じる。

 この局面を超えた時……夜宮は大きく進化する。

 その時、7%しかない勝率が、初めて現実的なものとなる」


「……お前の予想は正確だからな……。

 絶対命中するということになぞらえて"グングニル"と呼ばれるほどに」


「それこそ買い被りすぎだ。

 俺だって予想を外す事はある。

 ラグナロクならバルドル、円卓ならアーサー、この二人は見る度に俺の予想を超えてくる」


 バルドルの進化は凄い。

 強敵と戦うほどに超進化を見せ、さらにオーディンの知識・アドバイスを吸収して成長していく。

 その事は、バルドルを近くで見てきたトールにも容易に理解できた。


 ギャラリーとして対面にいるアーサーもそうだ。

 トールが見つけた頃は、ただの野良の腕自慢だった彼女が、チームのリーダーとなり、いつの間にかラグナロクと肩を並べるまでに成長している。

 しかも"あんな"ギアブレードでだ。


「そして恐らく、夜宮。

 こいつも、俺の予想を覆してくる可能性を秘めている。

 楽しみだよ、トール。

 世の中はわからない事が多い方が、楽しめるんだ」


 

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