第1試合 - 剣闘
大歓声が会場を包む。
会場に設置された大画面モニターには、二人の剣士が映し出されていた。
一人は、挑戦者。
神童と称される、若干13歳の少年。
もう一人は暫定ディフェンディングチャンピオン。
その強さで6年前から王座の守護者を務める、未だ24歳という天才。
その二人の手に握られた、剣。
斬るのにも突くのにも向いていなさそうな柔らかなフォルムは、まるで子供の玩具のようであった。
しかし。
──ギュィィィン!
──フィィィィィン!
二人の剣から流れる独特の駆動音。
見た目には玩具のように見えるその剣は、機械仕掛けの代物であった。
駆動音そのものは大歓声によって、観衆には届かない。
だが当事者二人には、はっきりと聞こえていた。
──ピッ、ピッ。
試合が始まって既に3分が経過しているというのに、二人は斬り合うどころか、忙しなく機械の剣にカードの挿入を繰り返している。
これでは会場は盛り上がらないだろう……と思いきや。
『両者一歩も譲らない攻防! どうなりますかねぇ!』
『ここまで来れば両者の力の差はないと言えます。若い勢いも素晴らしいですが、こうなっては経験の差が出るのでは、と』
『となると……』
──ウォワァァァァァ!!
冷めるどころか、徐々に熱気を帯びヒートアップしていく場内。
カードの挿入は、駆け引きなのだ。
本来、本人達が打ち合うまでわからないはずのカード効果が、大画面モニターに映し出され、会場中にアナウンスされている。
それに合わせて実況と解説が会場を煽っていく。
二人のカード挿入の速度に合わせて、表示される効果が目まぐるしく入れ替わり、一歩も動かずに行われる激しい攻防。
モニターの表示は、当然カードの挿入を繰り返す二人も確認している。
どちらかが焦れて攻めるのか、はたまた手持ちのカードが尽きるのか、あるいは……。
二人の手がカシャカシャとカードを挿入し続ける。
入れては抜き、別のカードに持ち替え、また挿入。
挑戦者の顔には焦りが、暫定ディフェンディングチャンピオンは余裕の笑みを湛えて応戦している。
「……!」
"その時"は一瞬だった。
挑戦者が挿入するカードに迷ったのだ。
その隙を逃さなかった暫定ディフェンディングチャンピオンが、2メートルはあったであろう距離を一気に詰め、挑戦者の懐に飛び込んだ。
慌てて回避しようとするも、既に間合いは致命的。
カード効果は挑戦者側が不利。
全てにおいて一歩譲ってしまった。
機械の剣で応戦しようとするが……。
──パキンッ。ピーンッ……。
乾いた音と共に、機械の剣から核が排出される。
同時に機械の剣は動きを止め、カード効果も失われた。
『ギアブレード破損!!
挑戦者、惜しくも敗れましたァー!!』
ひと際大きな歓声に沸く会場。
暫定ディフェンディングチャンピオンが、テレビカメラに向かって爽やかな笑みで手を振っていた……。
* * *
剣闘──。
グラディエイトと呼ばれるその催しは、ある種、剣道に通じるものがあったと言われている。
ギアブレードという剣の形をしたモノを使う、島名物のお祭り事である。
内容はと言えば、傍目にはつまらない攻防が行われ、相手のギアブレードからコアを排出させ、決着をつける。
大会の様子は国中に放送され、大人も子供も、老若男女問わず誰もが夢中になっている……遊び。
そう、遊びだ。
たかが遊びに、なぜ誰も彼もが夢中になっているのか。
ギアブレードなどというオモチャを振り回して何が楽しいのか、俺にはさっぱりわからない。
ただ、この剣島では、剣闘はただの遊びではなく、300年も前から行われている由緒正しき祭事だ。
島民にとって生活の一部であることは疑いようがない。
「おい、天晴! 夜宮天晴!
昨日の大会、見たか!?
グランドフィナーレに相応しい、見事な攻防だったよな!」
学校の屋上で風を浴びていた俺に、不意に絡んでくる声。
「特に最後の、バフをかけるかデバフをかけるか!?
暫定ディフェンディングチャンピオンであるシュンの絶妙なカード選択にシビれたぜ!!
低レアリティのカードで挑戦者の動揺を誘うなんてマジの天才だよ、シュンは!」
そして情報量が多すぎて何も入ってこないマシンガントーク。
だけど不快じゃない。
俺の唯一、友人と呼べる人物の声だから。
「……見てないよ、カイル」
その人物の名は、カイル=エアシュート。
大の剣闘好きだが、下手の横好きというやつか、悲しい程に才能がない。
それでも、ひたむきに努力を続ける姿は、何にも興味を持てない俺にとってまぶしく見えるぐらいだ。
「えぇ!? 3年ぶりの大会だったんだぞ、見てないのかよ!
お前、本当に剣島の住人かぁ!?」
酷いオーバーアクションで驚くカイル。
「そんなに慌てなくてもまた3年後にやるだろ」
「ばっかだなぁ、3年後にはあの神童と呼ばれた挑戦者も16歳、俺達と同い年なんだぞ!」
「その時、俺達は19歳だけどな」
「だっからぁ、俺達も努力を続けたらあの挑戦者みたいになれるかもしれないじゃんかよ!」
カイルが努力するのはわかるが、なぜ俺を含めるのか。
「あんなカシャカシャしてよくわかんねーこと、やらねーよ?」
そうだ、剣闘なんてやってる事は単純で、別に面白いものではない。
カードをカシャカシャして、有利な状況になったら相手の剣を斬って終わり。
何が面白いのか、全然わからない。
「バッカだなぁ、カードの攻防がいいんじゃねえか~。
まあ、一昔前のストロングな斬り合いも嫌いじゃないけどなー。
バフなしでのガチ斬り合いは、今時、はやらねえんだわ」
「ふーん……」
カードを挿しているのは、バフと呼ばれる強化効果を得る為らしい。
カイルの話では、現在の剣闘ではバフとそれを打ち消すデバフの撃ちあいが主流なのだそうだ。
「そういや天晴、お前はギアブレード買わないの?」
どうしても剣闘の話がしたいらしい。
「いらないよ。何度も言ってるけど、何が楽しいのか全然わかんねーもんに金を使いたくない」
「剣島にいてギアブレード持ってないのなんて、お前ぐらいなもんだぜ~?」
「おじさんの家に古いギアブレードがあるから、それを振り回したりはするけど……」
言ってから、しまった、と気付く。
「古いギアブレードぉ~? まさかカードの挿入ができない、アドバンスドタイプなのか~?」
ほらツッコんできた。
カイルは高性能ギアブレード信者なのだ。
「タイプとかはよくわかんねーけど、カードの挿入口はないな」
「おいおい、オイオイオイオイ。
バフの使えないギアブレードなんてギアブレードじゃないぜ?
いいか~、よく聞けよ、ギアブレードってのはなぁ……」
始まったよ。
耳にタコができるぐらい聞かされたオールドタイプ系列と、高性能系列のギアブレードの話。
要するに、カードの挿入が出来るギアブレードを"高性能"って呼んでるだけだ。
実際、CPU制御されているから高性能なのは間違いないんだけど、価格がお高い。
カイルの家にもギアブレードはあるが、アドバンスドタイプよりさらに古いオールドタイプという型だ。
とりあえず形と基本的な機構だけはギアブレードだけど、流行りのカードカシャカシャは出来ないし、見た目も無骨だ。
「だからさぁ、俺も高性能ギアブレードが欲しいわけ!
遊びのオモチャじゃないから、ちょっと値が張るわけよ!」
「……へぇー、いくらぐらい」
正直言って全く興味がなかった。
「なんとびっくり! お手頃価格、30万!」
ぶっ。
「お、お前なぁ。オモチャに30万って、金銭感覚どうかしてるぞ」
「ギアブレードはオモチャじゃねぇよぉ!
お前が見なかったっていう大会の賞金知ってるか?
優勝で3000万、四天王入りで1200万だぞ!」
すっげ。
金ってあるところにはあるもんなんだな。
「ま、今回の挑戦者は四天王入りを蹴ったらしいけどな。
やっぱ神童と呼ばれるぐらい才能に溢れた人になると……」
──キーンコーンカーンコーン。
「授業始まるぞー」
カイルのギアブレードうんちくは大したものだ。
だが律儀に付き合っていたら、俺まで廊下に立たされる。
それは勘弁願いたい。
* * *
──キーンコーンカーンコーン。
奇しくも、午後の授業では剣闘の歴史について習った。
中学まででは教えてもらえなかった、少し深い歴史。
いや、歴史の闇ともいうべきか。
剣闘の成り立ちは遊びと一蹴することはできない、泥臭く、血なまぐさい政治に関わる内容だった。
当時、剣島は南北に分かれており、どちらが"天皇"と呼ばれる偉い人を擁するかを剣闘で決めていたというのだ。
50年ほど前にギアブレードが開発されるまでは、真剣で斬り合っていたらしく、当然死傷者も頻発したという。
現在のルールはお遊び、よく言えば健全なスポーツに近いものであるが、元々の成り立ちは権力争いによるものだったのだ。
さすがに驚きはしたが、現代を生きる俺達には何の関係もない話だ。
なのに、茫然としている男が一人……。
「カイル、帰らないのか?」
「……ああ、帰ろうか」
心なしか、気落ちした表情のカイル。
現在も続くお祭りとはいえ、昔話にショックを受けるなんて感受性の強いやつは大変だな。
帰り道、カイルは何かを考え込んでいるようで、一言も発する事がなかった。
俺も特に話す事はなかったので、帰宅途中の別れ道で挨拶を交わして自宅へと帰ってきた。
──蕎麦屋、とわり。
俺の自宅だが、厳密には俺の家ではない。
ここの店長にお世話になっているだけだ。
「ただいま、おじさん」
入口の扉を開けると、外観からは思いもよらないこじんまりとした店内が広がる。
店長の意向で、テーブル2台、カウンター6席という、本当に売り上げが大丈夫なのか心配になるレベルの店だ。
店内に客の姿は二人。
まだピークを迎えていない時間帯だから当然か。これから忙しくなる。
「おかえり、今日も無事だったか」
変わった挨拶で俺を迎えてくれたのは、俺を拾ってくれたおじさんだ。
──今から5年前、布団で寝ていたはずの俺は、いつの間にか山に捨てられていた。
目が覚めた時の非現実感は異常で、パニックになった。
夜の山は本当に暗くて、怖くて、とにかく息を殺して過ごした。
そんな時、俺を見つけてくれたのが、蕎麦打ちの修行で山籠もりしていたというおじさんだ。
そのままおじさんに拾われた俺は、学校にまで通わせてもらっている。
中学を出てすぐ働きたいと言った俺に、おじさんは高校は出とけ、と半ば強引に進学手続きを進めた。
反抗期だった事もあって、おじさんへの感謝を他所に「ここで働かせてください!」とわめいた時は「高校を出たら雇ってやる、次期店長としてだ」という言葉で説得された。
なんだかんだで、おじさんには感謝が尽きない。
「うん。何か手伝えること、ある?」
「ないよ、バイトちゃんも後で来るし」
「えっ、あのバイトのねーちゃん、また遅れてんのかよ」
「18時出勤なんだけどなぁ、不思議だな。うちの時計、進んでんのかな?」
「遅刻だよ、ち・こ・く!」
「はっははは!」
おじさんと軽いやり取りをして、店の二階に上がる。
二階はそのまま住居になっていて、わざわざ俺の為に、部屋をひとつ改築してくれた。
制服を部屋着に着替え、壁にかけられた古いオモチャを見る。
今日ぐらいいいだろ、あんな歴史も聞いた後だし、宿題もまだだし。
頭でそう反論しても、5年もの間培われたルーチンワークを体が止めることはない。
年季の入ったオモチャを手に握る。
ずっしりとした重みが、柄と手を吸着させるようだ。
不思議な安心感と高揚感が、高まってくる。
──体を動かしたい。
そう思うと同時に、一歩、二歩、三歩と踏み込んで、振る。
反対側を向いて、また、一歩、二歩、三歩。
そして、振る。
それだけが5年前から無意識に続けているルーチンワーク。
俺が手に持っているこのオモチャは、俺のものではない。
おじさんが持っていたものだ。
拾われてこの店に来た頃、これを見つけた俺は、飛びついて離さなかったらしい。
当時の記憶は曖昧だし、何でそんなことをしたのかも覚えていない。
ただ、不思議と手に馴染むこのオモチャを振る事は、俺の日課だった。
──30万。
突然思い出す、カイルの衝撃的な一言。
オモチャを振る手を止めて、まじまじと手に握ったものを見やる。
「……ばかばかしい」
このオモチャ……ギアブレードが、カイルの言う高性能型ではないことはわかる。
カードの挿入口、ソケットがないからだ。
じゃあアドバンスドタイプなのか、それより古いオールドタイプなのかと聞かれれば、わからない。
ただ年季が入っているから、相当古いものか、使い込まれたものだと思う。
こんな古そうなものを持っているおじさんはギアブレードマニアなのだろうか?
それなら、いつかアンティークに分類されるような古いギアブレードや、高性能型をプレゼントしてやりたいが……。
いやいや、マニアなら俺なんかに自分のギアブレードを触らせるわけがない。
剣島の住人として、一応振っていた時期があるんだろう。
「30万も出してオモチャ買って、恩返しです、って笑えない冗談だよな」
そうだ、オモチャなんかで遊んでないで、おじさんに恩返しする方法を考えないと。
とにかく高校は出る。
高校を出て、すぐに働くんだ。
進路は決めてある。
この蕎麦屋で働くつもりはない。
ここで働いても結果的におじさんに返せるお金の量が少なくなることに気が付いたからだ。
浮いたとしても遅刻魔のねーちゃんの人件費ぐらいしか得をしない。
その分の人件費を、より高いベースの金額で他所から稼いでくる方が、おじさんに恩返しできる。
──優勝で3000万、四天王入りで1200万──。
いやいや、ギアブレードなんてオモチャでそんなに上手くいくわけ……。
しかも高性能型は30万もする。
俺達高校生がバイトしても、いいとこ月10万だ。
オモチャに投資して、結果を出せませんでしたじゃ、計画とは言えない。
それに何より、ああいうのは一握りの天才がしのぎを削る選ばれし者達の祭典だ。
4年に一度やってるオリンピックみたいなもので……。
いや、待てよ。剣闘に出場するのはほとんどが島民だ。
全世界の祭典であるオリンピックに比べれば格段に競争率が低い。
もしかすると……。
……いやいや、俺にカードをカシャカシャするなんて技術はない。
(あれって要するに、何のカードに対して何のカードが有効かをすべて把握して、手持ちのカードから瞬時に取り出して挿しなおしてるわけだろ)
カードホルダーにぎっしりカードが詰まっている状態を想定し、その中から的確な一枚を取り出してギアブレードのソケットに挿入。
試しに一連の動作をやってみるが、明らかに遅い。
(超高速で行われる、後出しジャンケンみたいなもので、そのスピードに追い付けなかったやつが負ける、そういう仕組みだ)
一般人が辿り着けない領域でカシャカシャしてるからこそ、会場が沸くんだ。
ダメだ、カシャカシャ遊びは俺に向いてない。
カイルはよくこんなものを本気でやろうと思えるな。
夢ってそういうものなのかもしれないが。
「……俺は現実を考えよう」
そうして俺は、とりあえず目の前にある宿題を処理する為、机に向かった。
* * *
「……つまんね~の」
「最近の剣闘はカードをカシャカシャしてるだけだな」
「昔はもっとバチバチにヤりあってたモンだけどなぁ」
「高性能ギアブレードの台頭で、剣闘はつまらないものになった」
「じゃあ、今更アドバンスドに戻すのかぁ?」
「まさか」
手元で機械の剣──ギアブレードを手入れしながら、彼らは口々に愚痴を言い合っている。
「だから俺達がいる。
グラディエーターではない、俺達、デュエリストが変えるんだ」