結婚
良く晴れた昼過ぎ、スミス公爵家の庭でエドガーとアリスの結婚式が行われた。ナタリーが母から受け継いだウェディングドレスはダイヤモンドを散りばめた豪華なもので、それを纏うアリスは誰よりも輝いて見える。レヴィ王国は国家宗教を定めていないが信仰は自由である。しかしスミス家は無宗教の為、招待客の前で結婚しますと誓うだけの簡単な結婚式であり、豪華な茶会のようなものだった。
リアンやナタリーなど親世代が退場して庭には幼なじみだけになる。グレンはスカーレットに手を差し出した。スカーレットは微笑みながら手を繋ぐと、二人は本日の主役であるアリスとエドガーに向かって歩いていく。
「結婚おめでとう」
「それはこちらの台詞よ。私より先に結婚するとは思っていなかったわ」
スカーレットの言葉にアリスが呆れて返す。グレンの求婚を受けてから、話はあっという間に纏まった。元々はスカーレットが成人した十五歳で結婚する予定だったので、反対する者などいるはずもない。そしてグレンもスカーレットも結婚式をする意思がなく、婚姻届に署名をして夫婦となった。二人の指には例の店で購入した結婚指輪が輝いている。
「私も今日から王宮を出るけれどね」
アリスの護衛騎士を最後までやり遂げる為、スカーレットは婚姻届を出した後も王宮で暮らしていた。今日もアリスやナタリーを乗せた馬車を護衛して来た為に、彼女はドレスではなく軍服を着ている。しかしこれも今日で着納めだ。スカーレットの荷物はハリスン家に運び込まれている頃だろう。
「それでも王宮へは通うのでしょう?」
「えぇ。公務の手伝いがあるから。父が赤鷲隊の厩舎に馬を預けていいと言ってくれたの」
「まさか乗馬で通うの?」
「乗馬の方が楽だもの」
アリスは呆れながら笑顔を浮かべた。窘めるのが正しいのかもしれないが、スカーレットが彼女らしく生きていくのをアリスは望んでいる。そもそもハリスン家の人間は現在自由人しかいない。それに隣にいるグレンが笑顔でいるのだから、アリスが口を挟むべきではないだろう。
「グレン、レティを絶対に幸せにしてよね」
「絶対に幸せにします。お二人の幸せも願っています」
「私達は言われなくても幸せになるわ、ねぇ。エドガー」
「勿論。愛しているよ、アリス」
「私も愛しているわ。エドガー」
本日の主役二人がいちゃつき始めたので、グレンとスカーレットは一礼をしてその場を去る。国政に休みなどはないが、今日はリチャードをはじめ幼なじみ全員が揃っている。本人は参加していないが、エドワードが取り計らったのだ。
「レティ、結婚おめでとう」
呼びかけに振り返るとそこにはグレースとケイトが立っていた。スカーレットは笑顔で応える。
「ありがとう、グレース」
「グレン、レティ、結婚おめでとう。私もサージさんと婚約をしたの」
グレースに背中を押され、ケイトが口を開く。そして左手薬指に光る婚約指輪を見せる。
「そうなの? おめでとう」
「これからも仲良くしてくれる?」
「えぇ。また皆で茶会をしようね」
「ケイト! 大切な兄を放っておかないでくれ」
四人で話しているとジェームズが割り込んでくる。ケイトは冷めた視線を、グレースは嫌そうな表情を浮かべた。
「お兄様もいい加減誰かと結婚をして下さい」
「そうよ、ケイトが可哀想でしょう?」
「グレースが私と結婚してくれるというなら考える」
ジェームズは何事でもないようにさらっと言い放った。グレースは一瞬ぽかんとした後、内容を理解して不機嫌になる。
「嫌。他を当たって」
「グレースの結婚の条件に私は当てはまると思うのだけれど」
「当てはまらないわよ。ジミーと恋愛している私なんて想像出来ない」
「そうか? 私は想像出来る」
何故か自信満々に言い切るジェームズに、グレースは苛立ちを募らせる。
「私は出来ないの。アレックス! この酔っ払いを回収して」
グレースは離れた所でリチャードと話をしているアレクサンダーに声を掛けた。アレクサンダーは笑顔を浮かべながら頭の上で両手を交差して拒否の意を示す。
「どうして」
「アレックスはシェッドから戻ってきたばかりだから休ませてあげるべきだ。そして私は酔っ払っていない」
「素面なら尚更冗談が過ぎる」
グレースは怒りを隠さないが、ジェームズをはじめ他の人達は笑っている。久しぶりに集まった幼なじみ達はこうして会話を楽しんだ。
結婚式を終えて、グレンとスカーレットはハリスン公爵家の本邸に戻ってきた。ハリスン公爵家には王都に邸宅がふたつあり、一方は当主ウォーレンが、もう一方はその弟カイル家族が暮らしている。しかし結婚を機に次期当主と周知する為に、二人はウォーレンが暮らす本邸で新生活を始める事になった。彼女は今日から暮らし始めるのだが、準備に何度も通っているので使用人達とは打ち解けている。
グレンとスカーレットは部屋着に着替えて、居間のソファーに隣り合わせで腰掛けていた。テーブルの上には葡萄酒とつまみが置かれている。
「楽しい一日だったね」
「あぁ」
ウォーレンと暮らすと言っても、屋敷が広いので意識しなければ顔を会わせない状況だ。そもそも彼から不干渉を言い渡されている。長らく一人で生きてきた男は必要以上に家族として関わりたくないらしい。それでもスカーレットの美しさを気に入っているので、定期的に顔を見せるようには言われている。
「そう言えばアレックスから何を貰っていたの?」
スカーレットがグレンと帰ろうとした時、アレクサンダーは妹を呼び止めて袋を差し出した。結婚祝いではなくシェッドの土産と渡された物は、彼女には理解不能だった。
「干し肉」
「え?」
グレンは思わず聞き返した。聞き間違いではないとは思ったものの、幼なじみの結婚式の日にわざわざ渡すものとは思えなかったのだ。
「だからここに置いてある干し肉。レヴィのよりも美味しかったからお裾分けと言われたのだけれど、そもそも私はレヴィの干し肉を食べた事がない」
スカーレットはテーブルの上に置かれている皿を指し示した。対応に困ったのでハリスン家の使用人に渡した所、何故かつまみとして供されてしまったのだ。
「私も食べた記憶はないな。余程疲れていて判断力が鈍っていたのだろうか」
アレクサンダーはリチャード提案の書類を持っていった後で、皇妃アナスタシアの要請を受けて通訳の仕事をした。相手は聖地巡礼と称して公国から脱出してきた公国民で、彼等の説得に時間がかかったのだ。アリスの結婚式の日程は出かける前にわかっていたので、何とか片付けて昨日戻ってきたばかりである。
「ヒルデガルト嬢と教皇の孫ユーグとの婚姻によって、公国がシェッド連邦の一部になる。本当に出来るのかしら」
「アレックスが言うにはユーグ様なら手綱を握れるかもしれないらしい」
「レヴィを巻き込まないでいてくれるのなら何でもいいけれど」
「そうだね」
グレンは折角だからとアレクサンダーの土産に手を伸ばす。そしてゆっくりと味わった。
「普通に美味しいよ。レティも食べてみたら?」
「えぇ? 干し肉は美味しくないって兄から散々聞いていたのだけれど」
「私もレヴィの干し肉は知らないけれど、これは美味しいから。ほら」
グレンは干し肉をスカーレットの口元へと運ぶ。彼女は抵抗するものの、笑顔で薦めてくる彼に根負けし、干し肉を口にした。そして嫌々口を動かし、首を傾げる。
「結構美味しい?」
「土産として正しいかはわからないけど美味しいよ。明日会ったら礼を言おう」
エドガーは結婚式から三日間の休みを取っているが、グレンは通常通りである。側近が二人同時に休むのがおかしいからではなく、グレンは必要ないと思ったからだ。グレンからしてみれば婚約の延長期間を待たずして結婚をしたのだから、これからゆっくりと二人の時間を過ごせればいいのである。
「私は明日パウリナ殿下への返事を書こうと思っているの。また添削してね」
「勿論」
ボジェナが話を通してくれたので、スカーレットとパウリナの文通は始まっていた。まだ表面的な文章ではあるが、徐々に親しみが込められるようになればいいと思っている。
「スカーレット」
急に真面目な口調で呼びかけられ、スカーレットは真剣な表情をグレンに向ける。
「アリス殿下に誓った言葉に嘘はない。二人で幸せになろう」
「えぇ。私達らしく楽しく暮らしていきましょう」
スカーレットは結婚した事により公爵家の人という肩書は手に入れたものの、グレンには爵位がないのでまだ不安定ではある。しかし彼女にとって肩書など、どうでもいいものになっていた。何をするにしても受け入れてくれるであろう彼と共に人生を歩める幸せを噛み締めながら、自分らしく生きていこうと誓った。
「グレン、愛しているわ。まだグレンには追い付けていないけれど、追いつくつもりだから覚悟しておいてね」
「あぁ、楽しみにしているよ」
二人は見つめ合い、そして微笑み合った。
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