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男達の密談

 大きなテーブルを男性十人が囲んでいた。国王エドワードとその側近のリアン、スティーヴン、フリードリヒ。向かいに王太子リチャードとその側近のエドガー、グレン、オースティン。そして宰相ウォーレンと部下ジェームズ。扉の近くにはオリバーとアレクサンダーが控える。

「明日の議会前に打ち合わせしたく、本日はお集まり頂きありがとうございます」

 沈黙を破ったのはウォーレン。当然全員がアリスの王位継承権についての話だと認識している。王宮内で噂になってしまったのだから、当然明日の議会でも持ち出される。その前に話を纏めておく必要があると、エドワードが招集をかけたのだ。

「リチャード殿下にお伺い致します。アリス殿下の王位継承権問題について、どのようにお考えでしょうか」

 何の前置きもなく話を振られ、リチャードは戸惑った。それをエドワードが見逃すはずもない。

「考えていなかったのか?」

「昨日の今日ではありませんか」

「レヴィ王家は嫡男が王太子と決まっている。アリスが言い出す前から己の考えを持っていたであろう。それを言葉にすればいい」

 レヴィ王国では代々嫡男が自動的に王太子になる為、任命などされない。周囲も慣例として代々対応している。この慣例を破って第二王子に王位継承権を、第一王子には国土の一部を別の国として与えた時は戦争になった。この何も生み出さなかった戦争を繰り返す事など、エドワードは望んでいない。

 しかしリチャードはどう言葉にすればいいのかわからない。彼は王太子として育てられていたが、自分が国王に向いているとは思っていなかった。アリスの方が国を上手く統治出来る気さえしている。しかしそれがアリスの幸せとは思えない。それを国の中枢人物が集まるこの場では到底口に出せなかった。

「王位をアリスに任せて楽になろうと思っているのか?」

 エドワードの声は冷ややかだ。このような場面で視線を外してはいけないとリチャードは本能で感じ、必死に父の視線を受け止める。

「その場合、リチャードはどの立ち位置に納まるつもりだ。公爵として支えるのか。側近として支えるのか。一生王位を奪い返せと囁く貴族達に振り回される人生になるが、そのような未来を望んでいるのか」

 エドワードの言葉にリチャードは眉を顰めた。アリスの方が有能そうだ、という声はリチャードの耳にも届いている。しかしアリスに譲った所で周囲は黙らないとエドワードに指摘され、リチャードは自分の考えの甘さを痛感した。

「陛下は私が王位に就いた方が、国が安定するとお考えでしょうか」

「私の意見は良い。リチャードの意見を聞きたい」

 エドワードだけでなく、全員の視線がリチャードに集まる。王太子ならば注目を集めても動じないものだが、リチャードは不安に満ちていた。明らかに自分より優れている人々に囲まれている。それでもこの場での地位ならばエドワードに継ぐのだ。

 リチャードも流されて生きてきたわけではない。王太子という肩書は重圧であったが、支えてくれる者にも恵まれ、彼なりに努力を重ねてきた。ただ、周囲は好き勝手に言うものだから気にするな、とは思うが簡単に割り切れる性格ではない。

「私は平和を望みます。姉と争いたくはありません」

「つまり、アリスが譲らないのなら王位を譲ると」

 エドワードの視線がより鋭くなる。しかしそれをリチャードは正面から受け止めた。リチャードは王太子の肩書に固執などしていない。それでも簡単に手放そうとしている訳ではないと理解して欲しかった。

「正直私は姉の本意が見えていません」

「それが見えないようなら将来が不安だな」

 エドワードの声色は淡々としている。決して見下してはいない。しかしリチャードには批判されているように聞こえた。

「陛下」

 ウォーレンは静かにエドワードに声を掛けた。エドワードはウォーレンに一瞬視線を向けた後、小さくため息を吐くと口を噤む。エドワードはリチャードを助けたつもりだったのだが、ウォーレンにしてみれば余計だったのだろう。確かに大国となったレヴィ王国の将来を決める大切な場である。リチャードの意見が重要だ。

「改めて御伺い致します。リチャード殿下の御意見をお聞かせ願います」

 リチャードも昨日の夕食後に考えた。アリスが王位を継ぐ場合と、自分が王位を継ぐ場合の未来の違い。しかしたった一日で考えなど纏まらなかった。彼はアリスが王位継承権を求めるなど夢にも思わなかったのだ。そもそもエドワードが弟の誰もが王位を求めなかったので仕方なくやっていると常々言っている。だから自分もその立ち位置なのだと漠然と思っていた。実際、弟達は誰一人として声を上げていない。

 それと結婚相手問題についても考えた。リチャードはエドワードから直接、政略結婚は不要だと伝えられていた。他の者は交代で休みがあるにも関わらず、国王は代わりがいないので実質休みがない。だから側に居てほしいと思う女性を選べばいい、もし身分に問題があれば何とでもすると言われていた。しかし彼が幼い頃から好意を寄せているのはスカーレットだ。しかも気付いたのはグレンとの婚約が正式に調ったと聞いた時。そもそも従兄妹婚は推奨されていないので、エドワードが首を縦に振るとは思えない。だから別の人を選ばなければと思っていたのだが、誰も選べないまま今に至る。

 リチャードは瞼を閉じて集中した。そして覚悟を決めて前を見据える。

「私は十五歳から公務に携わってきた。姉と比べれば目立たなくとも、自分なりに精一杯努めてきた」

 アリスの公務とリチャードの公務は方向性が違う。アリスが福祉関係なのに対し、リチャードは国家全体が滞りなく回るように調整している。各部署から上がってきた報告書を元に優先順位を考え、議会で議題を上げて元の部署に戻す。その成果は部署のものなので、目立った業績が示せないのだ。勿論、ここにいる者達は裏方に回っているリチャードの仕事を理解している。そもそも向いていそうだとエドワードが指示した執務だ。

「国王の姿は色々あってもいいと私は思う。しかし父と同じような国王が必要だというのならば、私には務まらない」

 エドワードとリチャードは親子であるが、持って生まれた資質も性格も違う。むしろエドワードとアリスの方が余程近い。国民がエドワードと同じ治世を望むのならば、それはリチャードにとって重荷にしかならない。

「性格的にも姉を裏から支える方が私には向いているのかもしれない。しかし、国王になった姉が幸せになれるとは思えない」

 エドワードが王位に就いてからレヴィ王国は平和である。同じ平和を享受する為に、アリスを望む声があっても仕方がないとリチャードも思う。しかしリチャードは王位を貧乏籤だとも思っていた。アリスが心から望むのならば考えるが、押し付ける気はない。

「アリス殿下と勝負をされるという事で宜しいでしょうか」

「戦いは望まないので、姉と話す機会を設けて欲しい。これはあくまで私達の問題であり、周囲から口を挟まれたくはない」

 リチャードは真剣な表情をウォーレンに向けた。ウォーレンはそれに満足したように頷く。そして座っている者達を見回した。

「殿下の意見はわかりました。明日の議会ではこの件について触れない、という事で宜しいでしょうか」

「それでいい」

 エドワードの答えにその場の他の者も頷いて肯定の意を示す。このやり取りを見ていたオリバーはそっとアレクサンダーの側に寄ると耳打ちをした。

「殿下の表情を見るに、アリス殿下の行動は無駄にならなさそうだな」

 アレクサンダーは横目でオリバーを見ると、そこには父親のような顔があった。アレクサンダーも兄のような表情を浮かべて小さく頷いて応える。アレクサンダーはリチャードが少し成長したように見えて嬉しかったのだ。年齢はアレクサンダーの方が三歳下であるが。

 こうしてアリスの王位継承権問題は議題にしない方向で話は纏まった。

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